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ep.95

風が吹いた。その加減を知らない冷たさに、私は思わずふるりと体を震わせて、少し前に出来上がったばかりのマフラーを首にしっかりと巻き直した。

冬も冬。今日は外に出るのさえ躊躇うような寒さだというのに、年末が近いこともあってか街中は人や荷車が跋扈していてかなり騒がしかった。案外、窓の外から見える枯れた木や吐いた白い息よりも、忙しい人の雑踏を聞いている方が季節を痛感するのだが、ラズさんに言わせればこれは少数派らしい。私としては、年がら寒かったり暑かったりする国に行けば季節の風流なんて感じようがないのだから、人の動きで判断するのはむしろ自然だと思うのだが、残念ながら共感を得ることはできなかった。

前から歩いてきた子供たちが、わざとらしく息をはあっと吐いては、楽しそうにきゃっきゃと笑う姿を見て、私はマフラーを口元まで持ち上げる。しかしまぁ、折角素敵な季節のある国に生まれたのだから、愉しんだって罰は当たらないだろう。少なくとも、頑なになる必要なんて全くない。冬らしいベタ塗りのような快晴が、ほんのり解れた価値観を青々と照らしているようで、いつもは喉がちくりと痛む乾いた空気も、今はやけに美味しかった。

しばらく大通りを歩き、お世話になっている精肉店を右に曲がる。そこからは風景もがらっと毛色を変えて、見栄えの良い家が建ちならぶ住宅街が続いている。このあたりで偶に見かける赤い首輪をつけた白猫が、私なんてお構いなしといったように道を横切って行くのを眺めたり、身なりのいい老夫婦が低い腰をさらに折って挨拶してくるのを返していると、あっという間にすっかりと見慣れた目的地に着いた。


「こんにちわーー」


丁度庭の手入れをしていたメイドさんに声をかけると、少し気後れしてしまいそうな速度で駆け寄ってきて、庭扉を開けてくれた。


「こんにちわ、マリエル様。寒い中御足労頂き有難うございます」

「いえいえ。お気遣いなく。メイドさんこそ、お仕事お疲れ様です」


真っ白なゲートを開け、庭の少しだけ奥にある家まで案内してくれるメイドさんは何度か見かけたことがある。確か長に近い役職の方で、みんなが嫌がるであろう仕事を率先してやってくれる、と評判も高い人だったはずだ。前に見たのは厨房にお邪魔したときで、あちらこちらに指示を飛ばしながらテキパキとメニューを完成させていく様は圧巻だった。そんな人がこんな寒い日に外番をやっているのは、粗方自分から手を挙げて苦しい仕事を請け負ったのだろう。たまに来る一介の客人をしっかり覚えているところからも、彼女の仕事っぷりが良く分かる。


「勿体のないお言葉で御座います」

「今日は一日外に?」

「はい。と言いましても、それほど長くは居りませんが」

「なるほど......」


確かにまだ太陽が頂点を目指して上に上にと昇っているので、働き始めてからそれほど時間は立っていないのだろう。が、今日の冷え方はそんな生易しいものではない。


「ちょっと、手を出してもらってもいいですか?」

「...は、はい」


先ほど扉を開けてもらった時にちらっと見えた指先は、遠目で見ても分かるほどに真っ赤だった。おずおずと差し出された手に触れると、凍傷を疑うほど冷え切っていて、かなりの冷え性である私ですら、あまりの冷たさに驚いてしまう。

わざわざ手まで出してもらったのは、冷たいですねぇ、なんて感想を漏らすためではないので、私はそさくさと魔法陣を起動する。たちまちお互いの手が布団に包まっている時の様にぬくぬくと温まっていき、メイドさんの指の赤味もかなり引いた。


「あ、ありがとうございます...申し訳御座いません、お手を煩わせてしまい...」

「いえ、手が冷えていたので暖が欲しかっただけですよ。体温、高いんですね?」

「...ご配慮痛み入ります」


お互い腹の内は伝わっている事だし、私もこれ以上は何も言わず、綺麗にお辞儀をするメイドさんに、にこりと笑う。原因療法なぞなんぼのもんじゃいといわんばかりの解決ではあるが、彼女らもお給料をもらってここで働いているプロなのだ。ここで私がでしゃばるのはおかと違いというものである。ただ、これくらいの気まぐれならば許されるだろう。

案内を再開したメイドさんについていき、ギィっと開かれた扉に入ると、中で各々仕事をしていた数人のメイドさんが「いらっしゃいませ。マリエル様」と声を揃えて言った。


「こんにちわぁー...」


毎度こうされる度に私は居心地が悪くなって腰を低くしてしまう。なんというか、むず痒くて、いつまで経っても慣れないのだ。

音を聞きつけたのか、よく話す顔見知りのメイドさんが二階からぱたぱたと降りてきて、少し焦った様子で言う。


「こんにちわマリエル様。お嬢様ですが、昨夜は寝付けなかったようでして、つい先ほど起きたばかりですので少々お待ちいただけますか?」

「あー、そうなんですね。全然大丈夫ですよ」


あまりの”らしさ”につい笑ってしまってから、答えると、メイドさんも困ったように笑いながら客室の方を腕で指した。


「お茶を用意しますので、こちらにどうぞ」

「すみません。わざわざ」

「とんでもないです。確かココアも取り置きがあったはずですが、そちらにしますか?」

「わ...は、はい!お願いします!」

「畏まりました。......では、少々お待ちください」


さりげなく好物が憶えられている事に大人げなく嬉しくなってしまって、やや大きい声が出てしまった。招かれた大きな部屋に声が響いてしまい、はっとしてから赤くなって縮こまっていると、メイドさんは『なにも気にしてないですよ』というのをありありと表に出して、客室を後にする。


「...恥ずかしい............」


熱を持っている顔を手で覆って蹲っていると、先のメイドさんが去ってからまだ一分も経っていないというのにも関わらず、どたどたと足音が近づいてきて、バンと扉が開かれた。


「ゴメン、マリエル!寝坊した!!!」


ぼさぼさの髪で部屋に突撃してきたのは、この家の一人娘であり、本日一級魔法使いの試験を控えている少女、フェリアだ。

この寒さでは些か心もとない白いネグリジェに、申し訳程度に大きめのカーディガンを羽織っていて、あちらこちらに跳ねている髪も相まって、いかにもベットからそのまま来ましたと言わんばかりの装いに、つい先ほどの羞恥なんてすっかりと引っ込んで、私はくすくすと笑った。


「いえ、まだまだ時間に余裕はありますし、ゆっくりでも大丈夫ですよ?」

「うーー...ごめん!すぐ準備するから!」


言うだけ言ってどたばたと部屋を出ていってしまった彼女に、「話、聞いてるのかなぁ」なんて零していると、閉じられたばかりの扉がすぐさまコンコンとノックされて、あれやこれやという間にホットココアとひざ掛け、いくつかのフルーツでもてなされてしまった。恐らくはこの国でも一二を争う大商人のお抱えメイドという事もあって流石の仕事ぶりといったところではあるが、こうして手厚くもてなされる度に友人の御身分を思い知ってしまうわけで、嫌な気持ちは微塵もないが、なんだか複雑ではある。あの子を三年近く拘束してしまったのはとんでもない業なのではないかと思えて仕方がないのだ。


「なんだかなぁ...」


目を伏せる。

手持ち無沙汰になって飲んだココアはほんのり苦かった。




「なぁるほどねぇーー」


魔法院へと向かう道すがら、私の様子が普段と少し違うことを見抜いてきたフェリアに問い詰められ、この子にはどうせ隠せないのだろうと諦めて白状すると、フェリアはにっこりと笑ったかと思えば次の瞬間には私のおでこを弾いた。


「っ...いっっったぁ...」


割と冗談抜きにフェリアのデコピンは骨が無事か心配になるレベルで痛いのだが、今回もその例にもれず冷や汗のでるような音とともに激しい痛みがおでこを襲った。

なにもそこまでしなくたっていいのに、とフェリアを涙目で伺うと、なんとびっくりにこやかな笑みをたたえたまま次弾を装填し終えているのが見えて、私は慌てて距離を取る。


「わ、分かりました分かりました!私が悪かったです!」

「............はぁぁぁぁぁ」


片方の手でおでこを抑えながら、もう片方をぶんぶんと振りながら謝ると、憑き物が取れたように呆れ顔になってくれたフェリアがでかでかとため息をついた。


「なんかさぁ、マリエルって頭でちゃんと分かってるのに変にネガティブになる癖あるよね」

「い、いやぁ...そうなんですかね...」

「絶対そう。だって、私がこの三年間で何も得るものがなかったって思ってたら、マリエルはそもそももっと早い段階で私を突き放してたと思うよ」

「あぁ...まぁ、たし、かに...?」

「マリエルはね、自分にどれだけ余裕がない時でも、主観と客観が分かれてるんだと思うの。で、その重要性の天秤は常に客観のほうに傾いてる。『こうあるべきじゃない』って思ったら是が非でも状況を変えようとするよ、マリエルは」


あんまりにも確信をついてくるものだからぐうの音も出せずにいると、フェリアは右手を凶器の形にして素振りしながら「次からその類の事言う度弾こうかな」なんて怖すぎることをつぶやいた。


「あのぉ...ソレ、ホントに痛いんですけど...」

「.......ふぅむ」


泣く泣く懇願すると、フェリアも思うところはあったのか、ぱっと手をほどいてなにやら考え込んでしまった。自分の試験がすぐそこまで迫っているというのに他人の心配をしていていいのかと言いたくなるが、正直なところ、フェリアで不合格なら誰が合格するんだと聞きたくなる程度の難易度なので文句も言えない。それはそれとして、前日はしっかり寝付けなくなる辺り、本当にフェリアらしいというかなんというか...。


「あ、そうじゃん」

「はい?」


しばらくの間考え込んでいたフェリアは、ぱっと顔を上げるなりしたり顔で頷いた。


「そういえば私、一級の試験行くんじゃんね」

「え...は、はい」

「私、この三年間は魔学院でほとんど何も学んでないから、これで受かったらマリエルのお陰ってことで」

「い、いやぁ...私、言うほどフェリアに魔法教えれてないですし、私のお陰というよりかはフェリアの才能と努力のなせる業だと思うんですが...」

「えぇー?ないない。散々言ってるけど、マリエルに会うまで、別に魔法得意って訳じゃなかったからね?そりゃ他人よりちょっとは出来たけど、それも魔学院の中で成績優秀って感じだったし」

「う...」


ダメだ。こうなったフェリアはあまりにも強すぎる。自分に自信が無くなると、いつもどこからかすっ飛んできてバシバシと背中を叩いてくるのだから息をつく間もない。一体誰から仕込まれたのかと気になってしまうほどには、フェリアの正論は強いのだ。


「ほーーら、いい加減観念しなよ。...じゃあご褒美ってことで、ね?」

「わかりましたよ...もう」


そう言われてしまえば断りづらく、しぶしぶ頷くと、フェリアは満足そうに鼻を鳴らしてご機嫌に歩いた。


(まぁ...可愛いからいいや)


こうして”してやったり”と歩くフェリアは、いつもより少し幼く見えて、守られてばかりの三年間だったこともあってか、新鮮で愛おしく思ってしまう。

考えてみれば確かに、立場が逆なら私もフェリアと同じことを言っていたかもしれない。


「あ」

「ん?どうかした?」

「い、いえ...何でもないです」


...これが所謂、身から出た錆、というものらしい。

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