ep.94
自室のドレッサーの前に座り、控え目に施したメイクに違和感がないか確認していると、コンコンと扉が叩かれて愛しい声が聞こえてきた。
「準備できたかー?」
「も、もう行きます!」
入念に確認したので恐らくはどこにも変な場所はないはずだが、いざ最終確認となるとすこし心が落ち着かなくなってしまい、私はもう一度、メイクとヘアセットと服装を鏡で確認する。くるりと半回転してみると、春を先取りしたようなフレアスカートが優雅に広がり、フェリアに半ば押し付けられる形でもらったヘアオイルが爽やかに香った。...多分大丈夫。...多分。......大丈夫だよね?...大丈夫かなぁ!?
―若干見ただけでも、これはキリがないな、と確信するには十分だったので、私は張り付いてしまったかのような視線をべりべりと剥がして、後ろ髪を引かれる思いで自室のドアを開けた。
「すみません。お待たせしました」
「...いや、大丈夫。...したら、行くか」
「はい」
扉の前で待ってくれていたらしいラズさんは、私の姿を見るなりふっと目を背けてしまって、どこか落ち着かないといったような雰囲気をまといながら、玄関の方へと歩いて行った。
元々計画していた通りの時間には間に合っているのだが、ラズさんは今朝ご飯を済ませてから早々に準備を終えてしまったので待たせすぎてしまったかもしれない、と少し縮こまっていると、靴を履いていたラズさんが、「あー...」と気まずそうな声を出した。
「そのー...服、似合ってる...と、思う」
一瞬何を言われたのか理解できず、ぽかんと間抜けに口を開け放ってしまったが、少ししてようやく頭が追い付いてくると、気づいた時には笑っていた。
「ふふっ」と笑う私をみて、恐らくは半分程宜しくないように捉えてしまったラズさんが「なんだよ」と不満そうな視線を送ってきたが、それすら私にとっては懐かしくて、悪いと思いながらもけらけらと笑ってしまった。
「おい...勘弁してくれ...」
「はははっ...ふふっ、いえ、すみません。...ちょっと戻りましたね?」
「何が?」
「対応が、です。昔はようやく砕けてきてたのに、今はすっかりカチコチですね」
「......カチコチでも思ったことを言わないよりマシだろ」
「ふふふっ...はい、それが良いと思いますよ。...嬉しいですから」
「...そうか」
逃げるように視線をまた靴へと向けたラズさんの隣に座り、私も最近下ろしたブーツを履き始める。
些か苦労して履き終えたタイミングでごく自然に差し伸べられた手を取って立ち上がると、ふわりとまた懐かしい感覚が風の様に頬をくすぐった。用済みと言わんばかりに下がりかけてしまった手をぎゅっと握り、感触を確かめるように、ふにふにと押してみたり輪郭をなぞっていると、ラズさんは「......遅刻するぞ」と言い訳のようにこぼし、ポケットに手を突っ込んで逃げるように戸を開けてしまう。
恐らくは気恥ずかしくなったのだろうが、好意から逃げるというのならむしろそれは逆効果だ。
へそを曲げてしまったラズさんにバレないよう、私はかかとを直すふりをして顔を俯けた。
「ふふっ...かわいい」
冬の眩しすぎる陽光に満ちた部屋で一通り話が決着すると、ラズさんは「はぁーーー」と花火のようなため息をつき、乱暴に扉を開けた。ラズさんのあんまりな様子に私も最初は苦笑いをしていたが、あわや置いて行かれそうになり慌てて後ろをついていく。
「すみませーん!失礼しましたー!」
部屋を出る瞬間、何とかそれだけ伝えると、中に座る皆々様が大変だねぇなんて声が聞こえてきそうな顔で笑った。
「しーーしょー!あんな出かたしたら感じ悪くなっちゃいます!」
「知らん。そもそもあいつらがまともにこっちの話を聞かないからだろうが」
「”こっち”って私も巻き込んでますよね」
珍しく歩幅も合わせずつかつかと歩いていくラズさんについていきながら顔を覗き込むと、ラズさんは少しばかり虚を突かれたように首を引いた。
「...お前もこういうの苦手なクチじゃなかったか」
「ほかの事ならそうかもしれませんけど、今回のは別ですよ。...いいじゃないですか。ギフテッド復活祭」
「あーー、もう、聞いただけでダサすぎるマジで。嫌すぎ。無理すぎ」
「まぁ私も名称は如何なものかと思いますけど」
今日私達をかりだしたのは、丸一日以上ろくな情報を貰えずしびれを切らした魔法院だ。昨日もここに来た事には来たのだが、後ろに控えていたのが王の謁見だったのと、二人してやや寝坊した事が重なって、本当に挨拶だけして解散、という形になってしまっていた。そのフランクさ足るや、という具合だったが、去り際にキッチリ『明日の二時にもう一度来い』と釘を刺されてしまったので、鍋による夜更かしで未だ上がりきらない眼を擦って準備をし、約束通りキチンとした報告をしに来たのだ。
私達から話したのは、ラズさんが目覚めたあの日の事と、ラズさん視点の極北討伐の概要だ。事前に何か潜在的な問題があれば、当事者であるラズさんの証言は重要なものになっただろうが、その類の事は私とガブエラさんでおおよそ片づけてしまったので、特にこれといった緊張感もなく報告は終わった。のだが、その後に話された内容で、ラズさんは盛大にごね、話し合いは当初の予定を大幅に超過して今に至る。
あまり慣れない沈みすぎる椅子のせいでうっすらと疲労感のある太ももを擦りながら、不機嫌にずんずんと歩くラズさんの手をぐいっと引っ張ってその場に留める。
「師匠、...ちょっと」
「...なんだよ」
ぎゅっと握った手にはうっすらと汗が滲んでいて、辛すぎるというほどではないが、いつもよりは格段に心拍数が高い。
最初こそ拗ねたような声音で返答したラズさんだったが、少し息も上がっている私を見て、大きく目を見開いた後、私の肩に手を添えた。
「おい...具合悪いのか?」
「い、いえ...ただ少し疲れただけです」
「疲れたってお前.........待てよ...まさか体力落ちたのか?」
ラズさんに言われてはっとした。そういえば私は昔かなりの体力お化けでその手の話となればラズさんを思い切り振り回していたではないか。この三年、運動するような機会もなければそんな気にも全くならなかったせいで忘れていた。
そんな時期もあったなぁとしみじみしながら、一転この体たらくが恥ずかしくて、私は言い訳をするように視線をそらした。
「だって、そんな気力、なかったですもん」
「...まぁ、そうだわな。ごめん」
すっかり萎れてしまったラズさんに、ついつい反射でフォローを入れてしまいそうになったが、そこをぐっとこらえ、心を鬼にして、私はちくりと追撃をする。
「師匠...。あんなに好きだった運動も手に付かなくなるくらいだったんですよ...?それが、やっと帰ってきてくれたんです。お祝いの一つくらい、したくなってしまうのはダメなんですか...?」
「ぐ.........」
流石にあれほど愚図っていたラズさんといえどこれは効いたようで、ぐうの音を出すので精いっぱいらしい。
「分かったよ...俺がまちがって、た...ってお前コラ」
観念したように力なく言ったラズさんは、私を見るなりハっとした顔になりしてやられたといわんばかりに歯を食いしばった。
あれ、と自分の表情筋に意識を向けると面白いぐらいににんまりと頬が緩んでいて、まだまだ私も詰めが甘いなぁなんて他人事の様に思う。
「騙しやがったなこのやろ」
「もとを辿れば師匠が意固地なのがいけないんでしょう?もう言質取りましたからね!向こうの人には後で私から言っておきますから」
「...クッッッソ.........!」
「まだまだですねぇ師匠も。惚れた弱みってやつですかね?」
純度九割五分の冗談ではあるが、ちょっとした期待も込めて鎌をかけてみると、ラズさんはキョトンとした顔をしてからニヤッと笑い、「かもな」と吐き捨ててツカツカと歩いて行ってしまった。
「え..................」
私がその場から動き出したのは、ラズさんが長い長い廊下を抜けてからだった。
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