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ep.92

朝ごはんを食べ終えた私達は、事後処理という形でいろいろなところを飛び回った。魔法院に顔を出したり、国王に報告がてら謁見したりとそれはそれは各地を巡り、すべて終えたころにはすっかり日も暮れて、軒が次々と降りていくのを横目に見ながら帰路に就いた。

ラズさんが家の鍵をポケットから探っている間、お昼ご飯を食べていないことに今更ながらに気づいて、「師匠」と声をかける。


「んー?」

「夕食、どうしますか?食べたいものとか」

「あーー」


ラズさんは考え込みながら鍵を開け、扉を開けたまま、私が入るのを待った。

昔は”優しいなぁ”と思う位だったのだが、こうして年齢が近くなってくると、それと同時にやや気恥ずかしくなってしまう。恐らく自分が思っている以上にぺこぺこしながら中に入り、カチャンと鍵を閉め、遅れて靴を脱いでいるラズさんから荷物と上着を預かって部屋に戻す。昔の私がしっかり口を酸っぱくして言っていたのか、ラズさんは特に何を言わなくともいそいそと洗面台に向かい、手を洗っているようだ。私もそれに倣い、キッチンでよくよく手を洗った。

ガチャ、リビングの扉を開けたラズさんは、頭だけひょっこりと覗かせて、私のほうを見た。


「食べやすい野菜系とかって、いけます?」

「野菜系...ですか...?」


ラズさんは野菜が苦手だったはずなので確認の意も込めて、懐疑たっぷりに聞き返すと、ラズさんはドアノブに肘を掛けながら、頬をぽりぽりとかいた。


「克服しようかなぁって。ちょっとずつやってけばいずれ食えるようになるかもしんないしさ」

「...分かりました。程よいもの考えます」

「...あー、すまん。めんどい注文になっちまったか」

「い、いえいえ!私としても師匠が望むものを作りたいですし!むしろその試みは素晴らしいというか嬉しいというか!」

「お、おう」

「兎に角、負担とか、そんなのは全然、です!」

「わかったわかった。...ありがとう」


どうしたものか、と考え込むそぶりがいけなかったのか、あらぬ方向の勘違いを必死に弁解すると、ラズさんも熱量に押されたように引き下がって、引っ込み際に目が合った時には何とも言えない幼い笑みを残していった。

恐らくはラフな格好に着替えにいったであろうラズさんを見送った私は、冷蔵庫を開けて暫し悩んだ。

幸い、フェリアと生活していた名残で、野菜もパンも在庫に困ることはない。

私が作れる野菜ベースの料理だと、やはりポトフだろうか。と、そこまで考えて思いとどまる。おぼろげな記憶にはなるが、三年前、以南地域に向かう少し前に、ポトフを振舞ったことがあったはずだ。そうと分かれば今日、ラズさんが野菜嫌いを克服しようとしていたことにも納得がいく。あの時はお世辞でもなんでもなく、ちゃんとおいしく食べてくれたようだし、契機としては充分だったのだろう。

しかし、いかんせん昔の記憶すぎてラズさんの体感で何日前なのかが分からない。昔の私は、飽きが来ないようになるべく同じ料理は日を開けていたはずだし、その信念を崩すつもりもないので、一週間程度は開いていないとかなり抵抗がある。

では代わりの何か、と考えてみたが、生憎、実家がそれほど葉野菜が好きではなかったので、レシピには芋類やネギ類、根菜を使ったものしかない。サラダなんかのレシピはあるにはあるが、ラズさんに出すものと考えるとかなりハードルが高い。


「...うーん」


冷蔵庫の前でしばらく考え込んでいると、だぼっとした長袖のシャツに半ズボンを履いたラズさんがリビングに戻ってくる。


「師匠ーー」

「んー?」


キッチンから少し離れたソファに座るラズさんを、やや声を張って呼ぶと、ラズさんはわざわざこちらまで歩いてきて、すぐ近くにある食卓に座った。


「ポトフってどれくらい前に食べましたか?」

「そんな前じゃないぞ?確か...四日か五日前かな?」

「あーー...分かりました」


要領を得ないように不思議そうな顔をしているラズさんを他所に、いよいよどうしようかと頭を捻る。時間も遅いし、あんまりだらだらしていると気づけば深夜になってしまう。

........いや、それだ。

こんな時間、目が冴えてしまって多分寝られないと悟った日、そんな私を見かねた友人が作ってくれた夕食があったじゃないか。

決まってしまえば早いもので、私はいくつかの食材と器具を出して準備を始めた。




「なんか...すげぇな...」

「今日は寒かったですし、いいかなって」


机の上にはとりわけ用の小皿や調味料が所狭しと並んでいた。その中心には、どどんと大きな鍋が一つと、その下に木の箱の上に鉄板が乗った物体が一つ。

私は木の箱のたんすの様になっている側面を引っ張って開けた。


「ナニコレ」

「多分見たらわかります。ここに、炎の魔石を入れてみてください」

「魔石?」


懐疑的な目をしながらも、ポンっと瞬く間に魔石を作って見せたラズさんは、そのままそれを中に放り投げた。

すると、じわじわと鉄板が熱くなりはじめ、しっかりと煮込んでからこちらに持ってきた鍋がぐつぐつと沸き始める。......あれ?

鍋どころか、こちらまで段々と熱くなってきて、違和感を感じていると、箱の中で魔力がぐらりと大きく揺れた。


「やばっ......!!」


瞬く間に暴走し始めた魔力が、制御管やらなんやらを突き破って爆発しそうになるのを、すんでのところで相殺する。


(........ラズさんに何の説明もなく魔石を作らせたらそりゃ過剰になるに決まってるじゃん...)


あわや家を半壊させるところだった、と冷や汗を垂れ流す私に、ラズさんは「弟子、これは...?」と困惑しきった声をかけてくる。...見たらわかると言われたからやってみたらこうなったのだ。困惑するのも無理はない。


「あのぉ...これは一応簡易的なコンロでして、火で温めるのではなくて魔石を通して温めた鉄板の上にフライパンやらなんやらを置いて調理するってものなんですが、...説明不足で暴走しかけました...すみません」

「お、おう...」

「えと...本来はこうやって...」


申し訳なさで小さくなりながら、私は一時間は持つであろう量の魔力を込めた魔石を作り、中に入れる。

すると、コンロの鉄板は程よく温まったようで、先ほどと比べ少しかさの減った気がする鍋のスープがこぽこぽと揺れだした。


「程よい魔石を入れてあげると、この大きさでどこでも料理できるんですよ」

「はぇー。こんなん昔からあったっけか?」

「い、いえ。師匠が臥せってるときに作ってみたんです」

「...................は」


昔からあるも何も、フェリアに鍋を作ってもらった時に、鍋がだんだんと冷めていってしまったところから着想を得たものなので、知らないのも無理はない。専門の職人さんに作ってもらえばもっと見た目も利便性も上がるのかもしれないが、今のところ不便していないのでこのままこの子にはがんばってもらうつもりだ。

何故か不自然に固まったしまったラズさんを不思議に思いつつ、準備も整ったことだし、とお椀に鍋をよそい始める。鶏のつみれや豚バラ、豆腐、白滝と入れていったところで野菜を全く入れていない事に気づき、慌てて白菜やニンジン、ごぼうを入れた。どうやら私の中で、ラズさんと野菜嫌いの二つが完全に等号で結ばれてしまっているらしく、全くの無意識で避けていたことに一周回って感動する。


「ししょー?」

「.......はっ...あ、ありがと」

「?...大丈夫ですか?」

「いやだいじょぶだいじょぶ。マジで」

「ならいいんですけど...」


ラズさんはなんだか狐につままれたように呆けていて、少し心配になったのだが、お椀を渡すと目に生気が戻り頬がわずかに綻んだ。

少年のような仕草にほっこりしつつ、自分の分もがさっと鍋からよそう。


「じゃあ、食べましょうか」

「いただきまーす」

「いただきます」


律儀に私を待っていたラズさんと供にいただきますを言い、肉も野菜も一緒くたにして一口食べたラズさんの瞳がぱぁっと輝いたのを見てから、私も自分のお椀にスプーンを入れた。


「美味い!」

「ふふっ...良かったです」



夜の宴は始まったばかりだ。

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