ep.8
しばらく行ったところで大通りが見えてきた。大通りというだけあって道も広ければ人も多い。馬車も結構な数行き来してるので周りに気を張りながら道を渡って右に行くと、こじんまりとした喫茶店然とした建物が左手に見えた。
ドアには木製のドアプレートがかけられており、そこには年季を感じさせる字で”オズ”と書いてあった。
同じく木製のドアを開けると「いらっしゃい」としゃがれた声が聞こえる。彼の言う『ジジィ』とはこの声の主の事だろうか。
「ひとりかい?」
「いえ、少ししたらもう一人来ます」
「二人だね。窓際に二人席がいくつかあるから好きなとこに座っておくれ」
ニコっと人好きしそうな笑みを浮かべながら丁寧に腰を折ってお辞儀した後、ケーキの入ったショーケースの横からその内側に入った。
そこで彼に言われたことを思い出して「あの」と再度おじいさんに声をかける。
「このショーケースの中のケーキって注文できるんですか?」
「もちろんできるよ。ただ先にお代頂いてるんだけどお嬢さん持ち合わせはあるかい?」
「はい。お小遣い頂きましたので」
どうやらおじいさんは最初から私が自分で会計するとは思っていなかったようで先払いの件を話して持ち合わせを聞いてきた。
...そんなに子供っぽく見えるんだろうか。いや、見えるか。というか事実か。
大丈夫だというとおじいさんはにっこり笑って「好きなのを選びなさい?どれもおいしいよ」と下のショーケースを指すので、私もそれに倣ってどれにしようかと中のケーキをまじまじと見る。
個人的にはショートケーキが好きだが、喫茶店で食べるチョコレートケーキはコーヒーに合うように作られているせいか普通の店とはまた違った良さがあって捨てがたい。この端っこにあるバスクチーズケーキも一度存在を耳にしてからずっと食べたかったものだし、いかにも卵たっぷりですといわんばかりのロールケーキはさぞおいしいだろう。いよいよどうしよかとうんうん唸っていると、それを見ていたおじいさんが愉快そうに笑った。
「はっはっは。まぁまぁそう悩まないでも。今回選んだのがおいしかったら、また来て他のも食べればいいじゃない」
「むむ...そ、そうですね。ちなみにおじいさんのおすすめは?」
おじいさんのいう事はごもっともなのだが、いかにまた来れるからといっても一回一回後悔しない選択をしたいところである。女の子はカロリーに敏感なのだ。
「うーん。今の時期だとちょうどイチゴが旬だしショートケーキはどうかな?いつにも増して甘くておいしいと思うよ?」
「それで!!」
旬と。
旬は本当に侮ってはいけない。今まで本領発揮できずにいた食材が自分のステージに立った時の本気度合いは目を見張るものがあるのだ。
半ば食い気味に答えた私におじいさんはまた笑って目の前でケーキを切り分けた。
ナイフがホイップに触れると微かにシュワッという音が聞こえたのでクリームは軽めなのだろう。もったりとした濃厚なクリームも好きだが、個人的には軽めでいくらでも食べれてしまいそうなクリームの方が好みだ。
一切のもれなく理想のケーキを前にまだかまだかとおじいさんのやや緩慢な動作を見ていると、切り終えたケーキを器に乗せてこちらに差し出してくる。
料金を支払って受け取るとおじいさんは笑いながら言った。
「席にはメニューが置いてあるから美味しそうなものがあったら呼んでね」
「わかりました」
「ところで、お嬢さんコーヒーは飲めるのかい?」
「よく飲みます。朝に出てくることが多かったので。本格的なものこそ飲んだ事はないですけどそれでも美味しいなと思います」
「そういうことならうちのもぜひ飲んでいってよ。自分で言うのもなんだけど、ここらへんじゃ一番だって評判なんだよ?」
「そうなんですか!楽しみです」
俄然楽しみになってきて、私は「失礼しますね」と告げて速足で席を探した。
朝の時間帯は過ぎているものの昼にはまだ早いというような中途半端な時間にもかかわらず、席には人がちらほらいる。
窓際の端っこの席が空いていたのでそこに座ってケーキを置いた。
コーヒーが来てから食べ始めるか、先に食べてしまうかで少し悩んで、待ちきれないので注文するだけして食べてしまうことにした。
メニューを開くとコーヒーはもちろん、軽食やケーキ以外のデザートもあるようだ。
手早く決めて机端の呼び鈴を鳴らすとおじいさんがやってきた。どうやらこの店はおじいさん一人で経営しているようだ。
ウィンナーコーヒーを頼むとおじいさんはニコリと笑って下がっていった。
さてケーキを食べようとフォークを持ったところで、ドアにつけられた鈴が控えめになった。
見てみれば彼が来たようだ。
如何にも魔法使いというような真っ黒のローブに身を包んでいて、さっき見た時よりは幾分かキッチリした印象を受けるが髪が若干は跳ねているせいで最初のイメージは拭えない。
「ジジィ、こんぐらいのガキが来なかったか」
「ラズじゃないか、珍しい。お嬢さんなら窓際の席にいるよ。家族が後から来るのかと思えばお前さんのツレか。...なぁ、可愛いとは思うが未成年じゃろ...?」
「あ?そうだけど、問題あるか?」
「...いやなにちょっとした冗談じゃよ。いろいろあるんだろう?」
「まぁそんなとこだ、もう行くぞ」
このぐらい、と彼が示した身長は六つか七つぐらいの子供の身長で突っ込みたくなるのだがいかんせん距離が遠い。
彼はラズというらしい。
少し離れたところからこっそり見ていると、気づいたらしい彼、ラズさんはこちらに歩いてくる。
「待たせたな。まぁ食べながらしゃべるのも...な。先に食ってくれ。美味いぞ」
「わかりました。いただきます」
机に置かれたケーキを見てラズさんが言う。
人を待たせながら食べるというのも少しだけ罪悪感があるものの、直々に許可も下りたし、私としても食べながら話すというのは食べ物にも話し相手にも失礼に当たるため避けたかったので、ここはお言葉に甘えることにする。
フォークをもって一口大に切り分けると、シュワッという音が聞こえてきて、私はいよいよ我慢できずに口に放り込んだ。
案の定クリームは軽めで、甘さは抑えられている。これはコーヒーを飲んだ時に味の差異で苦くなりすぎないためのものな気がするが、旬が来てとことん甘くなったイチゴとマッチしていて物足りなさを完全に払拭している。
はっきり言って絶品だった。今まで食べてきたものの中でこれが一番おいしいと胸を張って言える程に。
夢中になって食べ勧めるとケーキはあっとゆうまに消えてしまったらしい。
人前で夢中で食べていたことを思い出して、少し頬を赤らめながらラズさんを伺うと、微笑ましそうな目でこちらを見ているのでたまったものではない。
「あの、忘れてください...」
「美味いだろ、ココ。俺が最初に来た時はまだ今ほど有名じゃなかったんだけどな。最近じゃすっかり繁盛店だ」
羞恥心を飲み込もうにも中々うまくいかず苦心しているとおじいさんがコーヒーを持ってきた。
「失礼しますね、ウィンナーコーヒーです」
「ありがとうございます」
「ジジィ、いつものくれ」
「はいはい、わかりましたよ」
ラズさんは入れ違いで飲み物を注文したらしい。”いつもの”で通るのはラズさんが常連だという証拠だろう。おじいさんも慣れた様子なのでなおさら。
「それで...ええっと」
「まぁお互い話したい事聞きたい事あると思うんだが、まず聞いてもいいか?」
「な、なんでしょう」
ラズさんは一息おいてから問うた。
「お前、魔法を使えるんだな?」
こうして私とラズさんのお茶会が始まった。




