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ep.4

先ほど散策した際にそれらしい建物を見つけていたのでそこに向かうと、大きな扉から剣や弓を携えた人たちが五、六人出てきた。いかにも狩人という風体である。

先頭に立っていた長髪の剣士が扉に続く階段の上から仰々しくマントを翻した。そして辺りを一望した後、ぴたりと私に焦点を合わせる。私も彼を見ていたから、当然目が合うわけだが、彼の視線といったらもう人様に向けるものとは思えないようなものだった。死んだ獣か、或いは腐った野菜を見るような目つきだ。


「おい、娘!」


嫌な予感はしていたが、それが殆ど最悪の形で当たってしまった。その剣士は、一体どこから出しているのか聞きたくなるほど大きな声で吠えた。

私は少し迷った後、剣士の言葉にはすぐには応えず、階段を上っていく。


「おい!聞こえないのか!」


無視された形になった剣士は当然怒って私を怒鳴りつけたが、意にも介さず階段を登り切る。これで、ようやっと会話ができるというものだ。あんなに距離が空いていては、声を張らないことには相手に声が聞こえまい。


「何か、御用でしょうか」


さて、と私が剣士に正面から向き合うと、剣士は怒りで顔が真っ赤になって、わなわなと拳を震わせていた。


「何かもへったくれもあるものか!お前のような()()()がなぜここに踏み入れているんだ!ここにお前ができることなど何一つない!今すぐにここから出ていけ!そして道の真ん中で這いつくばって詫びろ!」


はて。

一気に沢山の事を捲し立てられたが、そのどれもに覚えがない。そんなことを言われる筋合いはない。

何かしてしまったのだろうか。いや、彼は確か私を”子供の女”と形容したはずだ。それではなんだ、この村では相手が子供で女というだけで罵詈雑言を浴びせられる権利を得られるとでもいうのだろうか。

私が考えている間にも例の剣士はわぁわぁと騒ぎ続けていて、その声に釣られたのか階段の下には野次馬が集まってきた。

あらあらこれは大事(おおごと)に、なんて思っていると、野次馬の中から見覚えのある人が出てきた。


「お嬢ちゃん!何してるんだい!早く降りてきな!」


女将さんだ。騒ぎを聞きつけてやってきたんだろう。宿とこことはそこまで距離が離れていないし、ともするとこの剣士の怒号が直接聞こえてきたのかもしれない。

女将さんが言うなら、と渋々階段を下っていくと、数段降りたところでドンと背中に衝撃が走った。ちらりと見えた光景からするに、剣士が私の背中を蹴ったようだ。

ごろごろと階段を転げ落ちていくものの、何とか致命傷になりそうな当たり方を避けた結果、地面に落ちた後一息の間もなく立ち上がることができた。流石に私も少し不愉快で、悠々と階段を下りてくる剣士に不満の視線をなげる。

あっけにとられたような静寂が一瞬流れたが、女将さんがすぐに駆け寄ってきてくれて、庇うように私の半歩前に出た。


「宿屋の婆さんか。何のつもりだ」

「ご無礼をお赦し下さいハリル様。この子は旅の者でありますから、この土地の決まりに疎いのです。どうか手心を頂けませんか」

「違う。俺が聞いているのは、何の関係、何の因果があってお前が出てきたのかだ。それともなんだ。何の正当性もないままに、あの(むすめ)の代わりにお前を裁けというのか」

「理由ならございます。この子は昨日この町に来て、私の宿に泊まっていきました。その時、注意しなければいけない事を伝え忘れたのは私の落ち度です」

「ほう?」


どうやら女でも子供じゃなければ話ができるようだ。それに、私に向かって吠えていた時は理性のかけらもない音をしていたが、女将さんと話しているときは理性的で、どこか厳かな雰囲気さえある。もしかすると、この町ではかなり偉い人なのかもしれない。

成り行きに身を任せていると、剣士がまた階段を下り始め、女将さんの正面、三段目のところで静止した。


「片腕だ」


剣士は短く言った。女将さんは体が触れている私にしか分からないくらい小さく震えた後、覚悟を決めたかのようにさっと左腕を差し出した。

私は驚きのあまり目をまんまるにした。そんなことがあるのだろうか。本当に?だとしたら、なんて救い難い溝なのだろうか。

郷に入っては郷に従え。そう思っていたが、やめだ。愚かしいものは正さなければいけない。それがどんなに乱暴だろうと。


「まて」


私は、丁度家畜に言い聞かせるときのように言った。それから、女将さんをふわりと浮かせて私の後ろに置く。


「えっ」

「...な、なんのまじないだ」


女将さんは驚いてほとんど声も出せないようだ。剣士は困惑の表情を浮かべている。

私は淡々と言った。


「あなた方の正義はなんですか?信仰はなんですか?人を傷つける大義名分は、なんですか?」


剣士はその言葉に気圧されるように半歩引いたが、負けじと声を張った。


「魔獣狩りの証だ。俺たちがいなければ、この町は魔獣の襲撃にあってすぐに崩壊する。俺たちは希少で、必要不可欠な存在だ。」

「そうですか」


やはりだ。私が村にいた時にも、私がいなければどうなっていたか分からないようなことが何度もあった。魔獣の被害はどこにいっても重大で、それに対処するのが魔法の使えない人間となると、神聖視されるのも分からなくはない。

しかしそれにしてもやりすぎだ。そして、もっと根本的な部分に、彼らには言い訳の利かない落ち度がある。


「では、私が魔獣を狩れないと、誰から聞いたんですか?」


そう言うと、剣士は今まで強張っていた表情を緩めて、キンキンと喧しく嗤った。


「お前みたいな貧弱な小娘に何ができる。魔獣どころか、ただの獣でさえ殺すことはできまい」

「じゃあ証明すればいいんですね?」


私は右手を胸の高さまで上げて、拳を握った。それと同時に、ガラスが粉々に砕けた時のような破砕音が鳴った。


静寂


それを破ったのは剣士の持つ剣の柄が地面に落ちた音だった。

剣士は目をひん剥いて己の腰にある鞘を傾けた。すると、さらさらと、砂よりかは幾分目の粗い粉が地面に溜まる。


「......な、なんの...手品だ」


私は首をかしげて言う。


「さっきも見ましたよね?女将さんが浮いてるところ。忘れちゃったんですか?」

「ま、まやかし......そうだ、まやかしだ!」


いい加減私も辛抱が利かなくなって、少し手荒に氷魔法を使った。私の背後から何本もの氷柱が豪速で飛んでいき、剣士を型取るようにスレスレで外れて階段を抉る。


「な......」

「もういいですかね?あなたに魔獣が殺せるなら、あなたを殺せる私も、魔獣を殺せます」


剣士はあっけにとられて口をわなわなと震わせるだけになってしまった。まわりの野次馬たちも、事の解釈に行き詰ってその場から動こうとしない。

私はひとつため息をついた後、すぐ後ろで呆然としている女将さん起こした。


「行きましょう?」

「え、えぇ」


私と女将さんが人の群れを割って進むと、人々はどこかバツが悪そうに散っていった。

女将さんと宿の前まで歩いた私は、何か言おうか少し悩んで、結局「それでは」と一言だけ残してその場を去った。


「お嬢ちゃん!」


少し歩いて、もうそろそろ曲がるというところで、女将さんに声をかけられた。少し息が上がっているから、恐らく私の背を追って走ってきたのだろう。

私の真ん前で止まった女将さんは、一息ついてから、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう」

「い、いやいや。そもそも私を庇ってくれたのが発端なんですから、感謝すべきは私ですよ...」

「ううん。大人として、お嬢ちゃんを庇うのは当たり前よ。あそこに居た人たちも、私と同じ立場だったらそうするわ。だからあの人達の事を責めないであげてね」

「えっと......は、はい」


そもそもあの野次馬達に期待はしていなかったし、人間はそういうものだと思っているから責めようとも思わない。けれど、女将さんはそれが気がかりなようで私の手を取って言葉を連ねた。


「私......私、お嬢ちゃんのことがとても心配だわ」

「どうしてですか?」

「だってあなたあの時、人に頼る事なんて微塵も考えていなかったでしょう?あなたは優しい子だって私には分かるわ。でも、それと同じくらい、あなたは人に冷たいのよね。見せてくれた不思議な力があるからかしら。でもね、あの力はあなたを守ってくれているわけじゃないのよ。だって、今のあなたの心はきっとものすごく冷たいんでしょう?」

「......そうなんでしょうか...」


己の心に訊いてみる。けれども分からない。

私は、冷たい人間なんだろうか。




その後、私は例の魔獣狩り本部にもう一度赴き、しっかりと依頼を受けてしばらく放浪できるであろう分の日銭を稼いだのち、町から出発した。

それからは町から町を転々とする日々が続いた。

来る日も来る日も大小さまざまな町に足を運び、魔法使いについて尋ね、必要があれば魔獣を狩る。

旅自体は楽しかった。最初に訪れた町の女将さんを初めとして会う人の大半は親切にしてくれるし、くいっぱぐれる心配もないのだから悠々自適に過ごせる。


―ただ、このまま旅をしていったとして魔法使いは見つかるのかという不安は日に日に影を増していた。

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