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ep.23

例のパスタ屋に向かっている途中、ラズさんが思い出したように話し始めた。


「お前の能力の事なんだが」

「はい?」

「もしかしたらものすごく危険なものかもしれないから実態がある程度わかるまで使うのを控えてくれないか?」

「分かりましけど...危険というと?」


ラズさんに正規の魔法の参考書も買って貰ったことだし、徐々に私オリジナルの魔法からそちらに移行できたらとは思っていたが、危険というのはどうゆう意味だろうか。

それで言えば、攻撃的な魔法になってしまう正規の物の方が余程危険な気がするのだが。


「ニュアンス的には周りに対しての危険って意味じゃなくてお前自身が危ないかもってことだな」

「なるほど?」

「魔法の知識として覚えといて欲しいんだが、魔力ってのは魔法を生み出す素材っていうよりも、魔法っていう奇跡を起こすことへの()()の身代わりってイメージが近いんだ」

「えっと...」


という事は、魔力を持っている人がそれを素材にして魔法を使うというわけではなく、魔法を使えることと魔力を持っている事はあくまで別の要素で、魔法を使った時のデメリットの相殺役として魔力がある、という事なんだろうか。

だから魔力を持っていても魔法を使えない人がいると考えれば辻褄があう。


「何となく分かりました。続けてください」

「ん。で、その魔力をどれだけ使うかってのは式に代入して設定する。式を使わずに魔法を使っているお前は、身代わりの設定をしてないから、魔法を使うことに対する代償をもろに食らってる可能性がある」

「あー、なるほど」


確かにそれは危険かもしれない。

どの程度の魔法を使うとどの程度の代償が来るのかは分からないが、少なくとも放置して良い問題ではなさそうだ。


「どっかのタイミングで俺の友達の研究医に診てもらおうと思ってるんだけど、それでいいか?」

「是非お願いします」


友達に研究医とは、顔が広いのかたまたま友人がそれだったのか分からないが、都合のいい事もあるものである。

そんな事を話しながらもせかせか歩いていると、ラズさんが足を止めた。どうやらお目当てのお店についたようだ。

反射的にお腹をさすりながら、私はお店に足を踏み入れた。

店内は雑多でまとまりがないものの、そこに親近感がわくような、言うなれば実家のような安心感のある雰囲気だ。

店員さんに席に案内してもらい、二人でメニューを開くとパスタは見開きで三ページ分ほどあり、その他にもスイーツやお酒、つまみなどが所狭しと並んでいる。


「色々ありますね」

「そうだな。まぁ、ここ夜はパブだし」

「おぉー、これが噂の」

「べつに噂にはなってねぇよ」

「んふっ。それはそれで失礼じゃないです?」

「やべっ」


故郷に住んでいた時は父と母がよく近所のパブに行っていた。いつかに『私も行きたい』とごねてみたのだが、二人は『夜も遅いから』と言って頑として首を縦に振らなかったため、私は泣く泣く家でお留守番をしていた。

そんなわけで、ちょっとだけパブという物に憧れがあった私は、先ほどより幾分輝いた目で店内を一瞥した後、メニューに戻ってきた。

ミートソースやカルボナーラ、ジェノベーゼ辺りが美味しそうだ。


「決まりました?」

「んー、どれが正解かわかんから悩んでるやつ全部頼んじゃうことにしたわ」

「お残しはダメですよ?」

「舐めんな」


私も相当悩んだつもりだったが、私と同じぐらい悩んでいたらしいラズさんはめぼしい物を全て頼むつもりらしい。

ラズさんとはいえ少し心配になって釘を刺すと、にやりと笑って流された。


店員さんに注文を済ませると、ラズさんがカウンターの奥に見える厨房を見ながら話し始めた。


「故郷にパブは無かったのか?」

「いえ、ありましたし親はよく行ってましたけど子供が入る場所じゃないと連れて行って貰えなくて」

「あー」


親には連れて行って貰えなかったことを話すとラズさんは若干気まずそうだ。「親御さんに顔が立たんなこりゃ」とこぼしているのが何よりの証左である。


「ていうか、お前の親御さんたちはお前のことどうだったんだよ」


ふわっと聞いているが、概ね全容が聞きたいのだろう。どのように扱われていたかや、この家出についてどう思ってるのかなど。


「家族は…というか故郷の人達は皆いい人ばかりでしたよ。私を蔑視する訳でも、全く知らないふりをする訳でもなく、生活に活かせるところはお小遣いを餌に手伝いを頼んできたり、かと言って過剰に持て囃したり、変だと差別することも無く、丁度いい距離感で接してくれました」

「へぇ、できた人達だ」

「でしょう?」


最初は心配そうな顔をしていたラズさんだが、私の話を聞くうちに次第に安心したような顔に変化していった。自分で口に出してみると改めて有難いことだと身に染みる。

なんとなく得意げになってしまった私を特に咎めるわけでもなく、「いじめられててもおかしくないからな。それなら良かった」と、ただ安堵を零すラズさんもまた彼らに引けを取らないほどできた人間なのだろう。

思えばラズさんは私のことについて根掘り葉掘り聞くことは無かった。普通に考えれば、森の中に子供が倒れていて、その子供が住み込みで自分の家に来る事になったら、身元だったり事情を確認しそうなものだが、ラズさんはそれらをあっさりと終わらせてしまった。

先程の言い方から察するに、こちら側に思い出したくない事情があるかもしれないと気を使った結果だろうか。

心の中のラズさんに確認してみたが、『面倒だった』と零すだけで、はぐらかされてしまった。


「家に帰りたくなる時はないのか?」


答えはもう既に出ているが、私はもう一度それが正しいか確認してから口を開いた。


「ありますよ、勿論」


一瞬の静寂が訪れた。どうしてか、席に座っている人たちの雑談も厨房から聞こえてくる調理音もなくなって、空気がピンと張ったように凍った。

できるだけ深刻に聞こえないようにあっけらかんとしたように言ったつもりだったが、そんな状況だったからか私の口からこぼれた音は想定よりも遥かに重い響きを持っていて、ラズさんの雰囲気が固くなったのを感じた。

このまま重い雰囲気にしたままというのも本望ではないので「でも」とラズさんが何か言う前に続けた。


「でも、古郷から出ていくことを決めたのは私です。それに、さっきも言ったように古郷の人々は皆良くしてくれたのにも関わらず、です」


そこで一息ついて自分の中で言葉をまとめた。決意を固めるように、確認するように。


「良くしてもらった場所から飛び出した身として、中途半端で帰りたくないんです。どこまで行っても自分勝手になってしまうことはわかっていますが、せめて、私が求めたものを手にするまで村の人に顔を合わせたくないんです。いつか帰った時には『幸せになったよ』って言いたいんです」

「...なるほどね」


できる限りプラスの方向に持っていこうとしたが、依然として雰囲気はやや重たい。

ご飯の前だっていうのに失敗したな、と思いながらラズさんを伺うと、最近見慣れてきた顔でにやりと笑って言った。


「俺といて幸せになれそうかよ?」

「......あぁ言い忘れてました」


聞く前から答えはお互いにわかっていそうなものだが、まぁ確認作業というのも大事だろう。


「ラズさんが付いてきてくれるならいつだって故郷に帰ってもいいですよ?」


ラズさんと両親が話しているところをぼんやりと想像しながら言うと、ラズさんは「もっと立派になったら考えてやる」と言った。


「そういえば、魔法使いに階級とかってあるんですか?」


立派と聞いて思い出した。

ラズさんはギフテッド様、なんて呼ばれているが、それは階級というよりかは通称みたいなものだろう。


「結構細かくあるぞ、まず初めに魔法使い見習い。この中に三級から一級まであって、この一級の試験に合格することと、師匠の承認を得ると晴れて見習いから正式な魔法使いになれる」

「そこまで行ったら弟子卒業ってことですか?」

「大概はそうだな」


師匠は弟子を卒業した後も面倒を見てくれるのだろうか。自立して、面倒をかけたくないという思いと同じくらい、ラズさんとの繋がりを大切にしたい思いがある。


「んで魔法使いの中でも勿論階級が分けられてる。見習いと同じように三級から一級で分かれてるんだが、見習いの階級が単に一人前になるための試験っていう意味が強いのに対して魔法使いのそれは権力に直結するもんだから、魔法使いとしての出世はすなわち階級が上がることって考えていい」

「なるほど」

「んで、その一つ上に魔導士がある。これが一番上だな」

「ラズさんは...」

「まぁ一応ここかな」

「おぉぉ...ってことは私すごい人に弟子入りしたってことですか?」

「すごい人ねぇ......賛否あるだろうが、まぁ恥ずかしくはないぐらいだと思っててくれ」


周りの人から”様”と言われていたり、そもそもギフテッドというのはそのほかと比べると別格なような気がするのでラズさんが最高位なことは分かっていたのだが、改めて考えると本当にすごい人に弟子入りしてしまったという実感がわいてくる。

今までの話や魔法の精度を考えて、どう考えてもすぐれた人物であることは疑いようがないと思うのだが、当の本人はどこまで謙虚なのか”すごい人”というアバウトな誉め言葉でさえしっくりこないようだ。

自分のことをなかなか認めようとしないので、ほんのりと不満を表情に乗せると、なにを勘違いしたのか「お前が誇れるように頑張るよ」と的外れなことを言っている。

そう言ってくれるのは嬉しいのだが全くもってそうじゃない。誤解を解くために口を開けようとしたところで注文していた料理が届いた。

予想よりもかなり大きいカルボナーラをくるくるとフォークで巻き取りながら、『そうじゃないんだけどなぁ』と言葉にできないわだかまりに蓋をした。

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