ep.2
少しだけ後悔している。『やめておけば』とまではいかないものの、小匙ほどの計画性が自分にあったならと唸る。
六時間ほど歩いただろうか。日の出と供に村を出発したはずだが、太陽はすっかり天高く上り、肌寒い空気をジリジリと温めていた。
私は自他ともに認める健康優良児で、アクティブな性格である。休日は基本的に外に出ているし、密閉された空間よりも開放的な空間のほうが落ち着く性質だ。
勿論それに伴って日々の運動量も多いため、こと体力には自信がある。
「って言ったってコレはきついよぉ...」
ただし何にでも限度というものはあるようで、六時間、それも道の整備のされていない森の中を倒木や川を乗り越えながら歩き続けるというのは、まだ十三歳の私には堪えるものがある。
額には汗がじっとりと滲み、丁寧に手入れしてきた白銀の髪が肌に張り付いて少し気持ち悪い。
途中で休むことも考えたが夜になった時のことを考えると背筋は伸び、足は留まることを忘れてしまった。
幸い魔法で飲料水は確保できるし、動物を狩って炎の魔法で焼けば飢えるということもなさそうだ。
森には多かれ少なかれ魔獣がいるが、これについてはまな板の上に転がった魚を捌くのと同じようなものだ。
村にいたときは小遣い稼ぎとしてよく近隣の森の魔獣を狩っていた。
村の人に言わせれば魔獣というのは”突然変異の凶暴化した動物”だそうだが、私にはそれが魔力を持っていることが分かった。
狩っていたというと聞こえはいいがそう大したものでもなく、ただ意識を辺りにぴんと張って、その膜に魔獣が反応したら氷魔法でサクッと首を落とすだけである。
自分の身に危険が及ぶどころか、大抵視野に入れる前に処理してしまうので命のやり取りという感覚は全くない。
そんなわけで森の中に数日居ること自体は問題にはならなかった。
―夜の暗闇が怖いことを除いたら...だけど。
いくらアグレッシブな私と言えど『森に住んでみたい!!』と村を飛び出したわけでは断じてない。
端的に言えば家出である。
家出というと親や兄弟との諍いが解決しない場合の最終手段として行われることが多いが、私の場合少し事情は変わってくる。ただ私が”普通”でいればさえよかった、それだけの話だった。
私は特異体質だ。村の人間には誰一人できない奇跡のようなことを私は起こせた。
どうやらこれは魔法というらしく、村の長い歴史の中にも旅の人が自らを”魔法使い”と名乗った一件を除けば一切記録はなかった。
身近な人たちは本当に理解があったように思う。
理解の範疇を超えたモノに対し差別するわけでも、排斥するわけでもなく、優しく寄り添ってくれた。
だからこそというべきか、私にはそれが酷く歪で不可解なものに感じられた。
今思えば、というか冷静な時であれば村の人たちが本当は訝って畏れていたのを、幼い私に隠し、不安を与えないようにと気遣って支えてくれていたことは身に染みて分かる。
ただ、ふと一人の時に感じる孤独は氾濫した川の流れのように到底せき止められるものではなかった。
『どうして私だけ』と、どこまでも卑屈に、どこまでも疑心暗鬼になってしまう。
繰り返すがなんにでも限度というものはあるのだ。そんな精神を行ったり来たりしているうちに、このままでは自分が壊れてしまうことを悟った。
幼い私が思いついた解決案は一つだけだった。
それは、私と同じ魔法を使える人間を探すこと。
丁度一年前だったか。私は暗い部屋のベットの中で独り『誰かが連れ出してくれたら』などと考えたことがあったが、一年経って私の出した答えは
『そうですか!来ないんですね!わかりました!なら私から行きますね!!』だ。
基本的に思い立ったが吉日を軸に行動している私は覚悟を決めるなり最低限の準備をし、太陽が出てくる方に向かって歩き始めた......のだが今の率直な感想は冒頭のものである。
さらに三時間ほど歩いたところでようやく人里を発見することができた。
途中、方向感覚がおかしくなってずっと同じところをぐるぐる回っているような感覚に襲われた時はさすがに焦った。傾いた太陽だけを目印にしてなんとかここまでこれた。太陽さまさまである。
『太陽には足を向けて寝れないな』なんてくだらない事を考えるぐらいには疲労が溜まっていた。
目前に広がる村は、村というには少しばかり広いだろうか。故郷の村と比べると人が多い。商売人の売り文句や馬車を引く音、何やら建物を建てている音など、森の静けさから一転して人の営みが喧騒として感じられて肩から力が抜けていくのがわかる。
まずは日銭を稼ぐために仕事を見つけなければいけないが、魔獣退治はこの町でも職になりうるんだろうか...................................眠い。
―いや眠いな。寝よう。
太陽はまだまだ高いところで地面を照らしているが、歩きっぱなしに加えてよく昼寝をする習慣のせいで相当に眠い。
門衛の人にぺこりとお辞儀をしてすれ違い、眠い目をこすりながら恐らく宿屋であろう建物に入ると、まさか真昼間から客が来るとは思っていなかったのか少し焦ったように女将さんが出てくる。
「いらっしゃい!こんな時間から泊っていくのかい?」
溌溂とした人だなとぼんやりした頭で考えて、ぶっ続けで森の中を歩いてきた旨を伝えると、二階の小綺麗に掃除された部屋に通された。
「朝食を出すけど八時頃には起きられるかい?」
「おきられます。ごていねいにありがとうございます」
最後の力を振り絞って何とかそれだけ返すと、そさくさとベットに入り目を閉じた。
考えるべきことは山ほどある気がしたが、まぁ明日でいいだろうと楽観的になってしまえばいよいよ意識が沈んでいく。
明日の私よ頑張ってくれ...




