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ep.19

ラズさんを起こすことに成功した私はラズさんと供に食卓に着いた。


「朝からこんな贅沢していいのか...」

「ちょっと待ってくださいね。温めなおすので」


前回に続いて今回もやや過剰に喜んでいるラズさんはいったん無視して、並べられた料理に意識を向ける。

使うのは炎魔法、だが炎は出さない。あくまで温める事が目的なため、イメージするのは物質を構成する電子の振動である。

少しの間そのままでいると、料理から湯気が上がってきた。あまり熱すぎても食べるのに苦労するのでここらでやめておく。


「そんな事まで出来んだな」

「これは結構練習しましたね。ちょっと気を抜くと炎が出ちゃって丸焦げですし」

「...まぁ言いたいことは山ほどあるが飯の前だ。今は食材とお前の努力に感謝だけしとくわ」

「師匠に褒めてもらえるなら頑張った甲斐ありです」


頂きますと言って、まずは魚に箸をつけると、想定していたものよりも身が柔らかく、箸でつついただけでほろりと崩れてしまった。一口大にしたものに醤油を垂らすと身に脂がのっているのかそのほとんどを弾いてしまう。それでも幾分かは染みただろうと余り気にせずに口に運ぶと、想像通り身には脂がのっていて魚の脂由来の甘みが強い。やはり見た目よりも染みている醤油がそれと混じって甘じょっぱくなっていて非常にご飯が進む。魚の身の淡白さが食べ進める箸に重りをつけないのでつい夢中になって食べていると、正面から苦しげな声が聞こえた。

胸をバシバシ叩いているところを見るに詰まらせたのだろう。そういえばお茶を注ぐのを忘れていた。


「師匠、上向いて口開けてください」


怪訝な顔をするものの黙って従うラズさんがちょっとかわいい。もっとも、苦しくて喋れないだけではあるが。

ぽっかりと開けられた口に水魔法で作った一口分の水を流し込む。というかラズさんも魔法使いなのだから同じようにすればいいものを何故バタバタと苦しんでいたんだろうか。


「助かっ...た?」


何故か疑問形で呟いているが聞きたいのはこちらである。

疑問から驚愕、畏怖、最後に呆れを滲ませたラズさんは残っていたご飯を一瞬で平らげて「食べ終わったら授業だな」とにっこり笑った。

笑っているはずの顔は酷く冷えて見えた。




ご飯を食べた後はラズさんの部屋に連行された。腕を取られたわけでも、圧をかけられたわけでもないのだが、後ろからついてくるラズさんの雰囲気が嫌に怖い。


「さてと。話したいことは山ほどある。まずは昨日話したかった事。そんでさっきの件。最後に一般的な魔法の事について話す」

「はい」

「じゃあ昨日言いたかったことだけど、お前のソレは正確に言うと魔法ではないかもしれない」

「え?」


薄々可能性を感じてはいたが、それなら私の能力は何なのだろうか。


「俺たちの使う魔法ってのは、式を立てて発動するんだ」

「式?」

「そう。発動したい魔法によってその式の中身をちょっとずつ変えて使うんだよ。式は頭の中で組み立てるんだけど、他のこと考えてたり、集中してなかったりすると上手く発動しないんだ」

「なるほど」

「で、式、立ててる?」

「全く?」


式なんて考えたこともなかった。というか最初に使った時が感覚的なものだったから、そこから何とか体に流れてる魔力の流れを把握して...といった具合だ。

やはりこの場合は全く別物なんだろうか。いやまだ私がなんの知識もなかったが故の、原始的な魔法を使っているというだけかもしれない。


「じゃあやっぱり別物かな」

「あの...師匠たちが使う魔法の進化前...というか、未発達なだけという可能性は―」

「ないな」


一縷の望みをかけての問いはぴしゃりと否定される。


「ぶっちゃけ現代魔法の課題は式の省略なんだよ。それをすっ飛ばしてるお前のソレは魔法の完成形か全く別の何かだけど、どれだけ省略しようと式がゼロになることはないから全く別の物で考えた方が妥当だな」

「そうですか...」

「まぁ後で詳しい奴に聞きに行こうか」

「わかりました」

「......なんか、落ち込んでる?」


正直ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ落ち込みはした。

元々は自分の同類を求めて始めた旅だったわけで、私のこれが魔法じゃないという事実はほんの少しだけ気分に影を差す。

けどほんの少しだ。

もっと本質的なことを考えれば、私は自分と全く同じ能力を持った人間に固執していたわけではなく、私と同じような、いわば”魔法のような”ことができる人間を探していたわけで。


「そうですね。師匠とおそろいじゃないのは残念ですよ?」

「何ともないようで何よりです」

「ししょー、照れなくてもいいんですよー?」

「うぜぇ」


本当に強い言葉を投げられた割に私になんのダメージもないのが面白い。やはりラズさんは素直じゃない、とこの流れでいってしまうのは流石に卑怯だろうか。


「じゃあその件は後で聞くとして、えっと...確か、説明しておくことがあるんでしたっけ?」

「あぁ。お前は昨日俺の魔力を相殺しただろ?」

「はい...」

「いや、責めようってんじゃなくてな?」


つい眉が下がってしまった私にすかさずフォローを入れてくる。


「まぁ危なかったから止めたんだと思うんだけど合ってる?」

「合ってます」


一度森を更地にしているので危険性は骨身に染みている。


「まぁ、あの時点で止めたのは賢明だよ。それこそ一握りの魔法使いしかあの場で動く事は出来なかったと思うし」

「えっと...ありがとうございます?」


なんだかここで下手なことを言うと、また呆れられそうな気がしたので素直に頷いておくと、ぱちりと驚いたように目を瞬かせた後「いいね、それ」と頭を撫でてくれた。

やっぱりラズさんに撫でてもらうのは好きだ。


「俺なぁ...何つーか、まぁギフテッドってやつなんだけど、簡単に言えば、式を一段下まで細かく設定できるんだよ」

「式を細かく?」

「魔法は式の段ってのがあって、その現象を細かく設定できる、つまり式の段数を増やせるとより威力の高い魔法になるんだ」


なるほど?つまりどういう事だ?

思い切り分からないと言う様な顔をしていたらしく、微笑ましい様な視線を投げてくるが、こればかりは初めて聞く上に割と複雑そうで咀嚼に時間がかかりそうだ。

頭にはてなを浮かべているとラズさんが「つまりな」と説明してくれる。


「こっからは魔法の事についてなんだけど、魔法ってのは式で発動するって言っただろ?その式を構成する一個一個の付与特性を数学に倣って項って言うんだけど、その項は一段に入れられる量に限りがあるんだ。ここで段を増やすわけだけど...ここまで大丈夫?」

「えっと...ちょっと待ってください」


数学の方程式みたいなものだろうか。それなら実家の書斎にあった本をなめるように読んだので知っている知識だ。一つの式に入る項に制限があり、一回で計算できる式の数は修練次第、という事だろうか。


「ま、まぁなんとなく分かりました」

「理解が速くて助かる」


正直半分も飲み込めてないが一応頷いておく。


「でだな、その段にも上限があるんだけど、この上限はギフテッド以外は一律で同じなんだ」

「なるほど。それで一段深い...と」

「そう」


ようやっと話の全貌が見えてスッキリした私を見て、ラズさんは満足げにパチンと指を鳴らした。これが様になるのだから美形はずるい。


「んで、項の一個一個は魔法の発動原理を突き詰めたようなもんで、例えば、炎魔法を使うときに、何をどうやって炎を出すのかを細かく並べられれば並べられるほど威力が増すんだ。ギフテッドはその最小単位の”原子生成”から行える。だから他より一個多くなるってわけ」

「ほえー」


何というか、非常に難しい話である事は分かるのだが、ラズさんの雑なようで分かりやすい若干砕けた説明はざっくりとした内容理解にはとても効果的らしく内容がするする入ってきた。


「ギフテッドは性質上、原子レベルの感知能力を持ってるから、昨日の奴もお前より詳しく見れてたってわけ」

「なるほど。だから『大丈夫』と」

「そうそう。もっと厳密に言うと、魔力を感知できる単位も一個深いんだよな、俺ら。例えばブラックホールが生成されるときの魔力量を百とするだろ?」

「はい」

「んでお前は俺が集めた魔力が九十九になったから危険だと判断して止めたわけだ。けど俺は単位を一個小さく見れるし扱えるから、九十九・九までは詰めれるってわけ」

「なるほど!」


単位が細かくなるのなら、あの滑らかで均一な魔力の集まり方にも説明がつく。恐らく私は小数点以下の魔力の移動を感知できたわけではないけれど、それでも芸術的と言わざるを得なかった。

聞けば聞く程凄いというか、魔法院の前で話のネタにされていた時はいい気分ではなかったが、確かにこれほどの人ならば動向を気にかけられるのは必然かもしれない。


「やっぱり師匠ってすごい人だったんですね!」

「はっ......まぁ、どうだか」


私としては、素直に思ったことを思ったまま伝えたつもりだったが、何故かラズさんの顔には影が差した。

...ここは触れてはいけない。

自分の耳と直感がそう告げている。いずれは知りたいが少なくとも今はその時ではないのだろう。

私は完全に心を許してしまっているが、まだ出会ってから何日と経ってないのだ。足りない分の信頼度はこれからじっくり上げていけばいい。


「よし、昨日の事は話したな。じゃあさっきの件なんだが―」


まだまだラズさんとのお勉強会は続くようだ。

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