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ep.17

「さて、魔法のお勉強といきますか」


昼食を食べ終わり、満足げな顔をしているラズさんが言った。

漸く、と言っても出会ってからまだ二日目なわけだが、魔法を教えてくれるらしい。


「待ってました!」

「まぁ、今日は軽いテストとお前が使ってるソレの実態調査ってとこかな」


思わず身を乗り出して食い気味に答えてしまったが、ラズさんは特に気にした様子もなく、あくまで淡々としている。

自分の魔力を測った時もそうだったが、テストと言われると若干緊張する。ただ、緊張はするものの恐怖や不安はない。

仮に自分の魔法が未熟で拙かったとしても、これから少しずつ成長すればいいだけの話である。それに例え私が未熟者でもラズさんは私を見限ったりはしないだろう。師匠というからには何とかしてもらいたいところだし、なによりラズさんはそんな人ではない。

自分の感情を整理していると、俄然わくわくしてきて、更に身を乗り出しながら口を開く。


「テストって何ですか?」

「まぁ魔力をどこまで感知できるのかっていう計測かな?」

「感知...魔力検知の半径なら割と細かく把握してますよ?」


私が身を乗り出した分キッチリ距離を取ったラズさんは、詳細な説明をせずにぼかして答えた。

魔力検知の半径なら、細かく相手の力量までわかるラインが半径五百メートル、いるかどうか程度なら半径二・五キロ程度だったと思う。

毎日限界のラインに集中してじりじりと伸ばしているので今はもう少し伸びているかもしれないが。


「いや、距離じゃなくて、量とか質だな」

「あー...」


それは、まぁ、ぶっちゃけ自信がない。

森で狩りをしていた時も、赤毛の比較的強い熊型の魔獣だと思っていて、いざ目に入ったら青毛の比較的弱い熊型の魔獣だった、なんてことはザラにあった。量と質のどちらが苦手で、読み間違えているのかわからないが、この際どちらも苦手、なんてこともありそうだ。


「ま、まぁやってみないとわからないですよね?」

「なんだ、苦手か?」

「...多分?」


正直一般のラインがわからないので多分としか言いようがない。得手不得手は比較する対象がなければ、自分の得意不得意なのか単純にそれの難易度が高いのか判別できない。

恐らく酷く微妙な顔をして答えた私にラズさんは「ま、お前の言う通りやってみないとわからんな」と両手を上げて降参のポーズをとった。




ラズさんに連れられてきたのはラズ邸の庭である。広々とした庭は、私が来る前の部屋よりも綺麗に整えられているのは何故だろうか。


「よし、じゃあ今から俺が魔力を集めていくから感知できなくなったらストップって言ってくれ」

「わかりました」


どうやら広い庭に来たのはいいものの、走ったり飛んだり跳ねたりするわけではなさそうだ。

こちらに来てからろくに運動していないのでそろそろ体がムズムズしてきたのだが、ラズさんに言えばここらの運動場でも連れて行ってくれるだろうか。

といっても最初から運動する予定もなかったので不満も落胆もなく、ラズさんから告げられた試験内容をかみ砕いた。

言わば視力検査と同じようなものだろう。


ラズさんが人差し指をピンと立て「じゃあ、行くぞ」と言うと、その指に少しずつ魔力が集まっていく。

何となくわかっていたが、どうやらラズさんは相当に優秀な魔法使いらしく、細かく、そして一定の速度で魔力を集めている。どちらも私基準では、非常に繊細かつ技術的な要素であり、私はその練習をした後はきまって荒山に高威力の炎魔法を撃ち、ストレスを発散させていた程である。

暫く、いやかなりの時間そうしてラズさんの最早芸術と言える程の魔力操作を見ていると、ラズさんが「まだまだ余裕か?」と聞いてきた。

こちらとしては、こんなに長い時間、繊細に魔力を扱い続けているラズさんこそどうなんだと思わなくもないが、特に変わらないようでナニヨリである。

...いや変化ならある。

最初は両足に体重をかけていたのが、今は片足に体重をかけ、少し疲れていると見えなくもない。

尤も、ラズさんの不摂生ぶりを見るに魔力操作で疲れたわけではなくシンプルな肉体疲労だろうが。


「あの、座りません?」

「......なんか悔しいんだけど」

「惨めに思うなら日頃から運動したらどうです?私、運動好きですから付き合いますよ。というか私が運動したいので付き合ってください」

「...考えとく」


提案するなり苦虫を頬張ってよく味わったような顔になったラズさんだったが、考えとくと言った声には多分に前向きな色が混ざっていて、ラズさんの偏屈さを再認識した。

どかっと不貞腐れたように座り込むラズさんだが、その座り込む音からも、それがあくまでポーズだという事がわかるので何ともかわいらしい事である。


「んで、まだまだ感知できるんだな?」

「そうですね、というか魔力って高すぎると感知できなくなるんですね。初めて知りました」

「一般的にはそう...いや、やらかしたな」

「はい?」


半ば強引に話を変えたラズさんだが、何故か眉に皺を寄せながら髪をかき上げている。

うーん、かっこいい。


「いや、一般なんてのがお前に当てはまるわけないんだよな。お前にはそもそも高魔力過ぎて感知できないって状況が存在しないかもしれないのに。一般をお前に当てはめるのはまずいな」

「ええっと、まだわからないですよ?もしかしたら急に分からなくなるかもしれないですし...あ、今、大分ゆっくり上げてるのを早めたらどうです?細かい計測は後でやるとして、一旦私の上限があるかだけ確かめる感じで」


我ながら中々にいい案ではないか。というか最初から二段階で計測したほうが手っ取り早い気がするのだが、まぁそこは上限がある前提で設計されているのだろう。


「それいいな。てか今お前ゆっくりつった?」

「えっと?はい...?」

「...成程ね。なるほど。ナルホド」


ラズさんは何故か同じ言葉を三度も繰り返し、どこか遠くを見るような目になった。最後に至っては片言カタコトである。

ラズさんは時たまおかしな言動をする。


「じゃあ、俺の限界値基準で早めに増やしていくから。一応反応できなくなったら言ってくれ」

「わかりました」


私が了承するなり、今までとは比べ物にならないスピードで魔力が集まっていく。

魔力の流れが風のように肌を擽る感触が楽しい。それこそ鬱憤晴らしに放つ特大魔法を作っているときのような感覚は、実は懐かしかったりする。

今でこそ言えるが、ラズさんに見つけてもらう一か月程前から、心が壊死していて楽しいやめんどくさいといった感情は薄れていた。

当時の私の心の内は魔法使いを見つけたいという渇望と叶わない焦燥、ベットに入ると訪れる僅かばかりの安堵がほとんどを占めていた。

昔を思い出している間にもラズさんはガンガン魔力を集めている。対して私は魔力を感じ取れなくなるどころか、危険信号がおでこの辺りでチリチリと疼くのだからどうしたものか。

本能が逃げろとサインを出す中、ふわ、と食後の眠気に襲われてあくびをするとラズさんが困ったようにこちらを見ている。


「えー、一応一般人が触れたら即死するぐらいには集めてるんだが。...お変わりないようで」

「いえ、眉間の辺りがチリチリしますし、先ほどから生存本能が逃げろと言っている気がしますが」

「そんなのはもっともっと前から感じてくれ...」


とても呆れたような顔をするのをやめてほしい。これが実力不足ゆえなら精進しようと奮起するまでだが、この状況だとひたすらにいたたまれない。

というかラズさんの集めている魔力がそろそろ本当に危なくなってきた。

魔力を集めているだけで魔法は使っていないので実際の質量は持たないが、魔力が集まりすぎると仮想の質量とでもいうべきものが発生する事を、森の木々を丸っと飲み込むことで覚えた。

ほんの出来心からやったことだったが、少し先も見えないような木の生い茂る森が一瞬にして見渡す限りの平地になったのだから、当時の焦り様といったらない。

目前の魔力はその時の魔力量にあと少しで届きそうな程密集している。...いよいよ本当にまずい。


「あの!師匠!それ以上やると危ないですよ!!」

「わかってるよ。その前に止めるから」


自分でも驚くほど焦った声が出たが、ラズさんは余裕そうだ。本当にわかっているのだろうか。もしかしたらラズさんは仮想のブラックホールを作ったことがないのではないだろうか。万が一あれが出来てしまえばラズ邸は勿論の事、オズやショッピングモール、もしかしたら魔法院まで飲み込んでしまうかもしれない。

頭でグルグルと考えている間にも魔力は集まっていき、もうアレが出来てしまうほんの少し手前である。

ここで躊躇って悲劇を起こしたくはない。正直アレを人里で使ってしまえば人命の保証はない。

私は「すみません!失礼します!」と言って、ラズさんの人差し指をぎゅっと握った。

たちまち周囲を飲み込みかねない悲劇の種は萎んでいき、人差し指を立てるラズさんと、それを握る私というどこか滑稽な絵面だけが残った。


「は?」

「えっと、すみません師匠。経験上、あれ以上やるととっても凄いことになりそうだったので...」


呆然としているラズさんに何とか謝罪と真っ当な言い訳を試みるが最後の方は尻すぼみになってしまった。愕然とこちらを見てくるラズさんに、流石に怒られるかとギュッと目を閉じる。


「いや、確かにあのまま行けば辺り一帯更地だろうが...その前にお前、何した?」

「何...というと?」

「俺の魔力を相殺しただろ?どうやった」


...怒っているわけではないようだ。

少なくとも私の耳はそう結論付けている。ただしそれ以外の全ての情報が、ラズさんが怒っている事を示すので怖いことこの上ない。

もしかしたら魔力を相殺するのは何らかのタブーだったのか。いや、言い方から考えるに秘匿されている様な情報なのか。いずれにしても問い詰められる様な事ではあるらしい。


「えっとですね。こう、魔力が集まると、ありえないはずなんですけど、魔力の質量みたいなのが生まれるじゃないですか。私、昔にそれを試して、辺り一帯を更地にしまして。多分質量が大きすぎて疑似的なブラックホールが出来て、それが結果的に吸引っていうあの現象になるって思って。で、今師匠が同じようなことをしようとしてたので、今度はその逆...魔力の吸収と質量の発散をイメージして作ったホワイトホールみたいなもので相殺しました」


どうやったと言われてもそんなに小難しいことはしていない。

魔法で魔力と対消滅するような、いうなれば反魔力というような物を作ってそれを同量集めただけだ。

この物質のイメージが上手く整わなかったが故に、少し先の実現したい現象からイメージを逆算したのが未熟な点だろうか。ここを一発で想像できるようになれば瞬時に相殺できるのだが。まだまだ修行不足である。


「......あー。理論としては分かったわ。出来るかどうかもこの際置いておく...っていうかお前相手にはマジで常識当てはまらないからその体でいくわ」

「わ、わかりました...?」


何と返したらいいかわからず、語尾も疑問形になってしまった。


「今回のでわかったことが二つと、念のため説明しておくことが一つある」

「は、はい」


これで、お前は礼儀知らずや考えなしと言われれば平謝りコースになるが果たしてどうだろうか。先刻のわくわくはどこへやら。すっかり叱られる前の子供と化して、少々怯えながら判決を待った。


「まず一つ目だけど、お前さ、とんでもない奴だわ」

「それは...礼儀知らずっていう...」


顔から血の気が引いていくのがわかる。やはり目上の人の魔力を消してはいけないというようなルールでもあるのだろう。この場合マナーかもしれないが、どちらであろうと重罪に変わりない。ラズさんは魔力が低かろうと、魔法が拙かろうと見放さないでくれるという確信があったが、ルールかマナーかを守れない人間にはその限りではないのかもしれない。

まだラズさんから離れたくない。学び代としてはあまりに高すぎる。

つい目の縁に涙が溜まっていくが、それを見たラズさんは「いやいや!そうじゃなくて!」と焦っている。


「そうじゃなくて、魔法使いとして優秀すぎるって意味だ。...ああもうなんで泣くんだ。言い方が悪かったよ」

「いやっ、そうじゃなくて、師匠に何か変なこと、したかなってっ。見限られたかなってっ」

「あぁ悪かった悪かった。こっちとしてもとんでもない事...いや、凄いことな?凄い事されたもんだから理解すんのに必死で...。それに俺は見限ったりしないから。な?」


頑張って堪えようとしたものの、安堵からかあっけなく涙腺は崩壊して、気づけば幼い子供のように泣きじゃくっていた。それ程までに私にとって、孤独な今までは辛く、ラズさんと居たこのあっけない程に短い時間はかけがえのないものだったらしい。

暫くオロオロとしていたラズさんだったが、あんまりにも私がぽろぽろと泣いて居るのを見て、ぎこちないながらも頭をなでてくれた。

いつぶりかも分からないほどに久しいこの感触は、それまで嵐のように荒れていた私の心を少しづつ、少しづつ落ち着かせていった。

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