ep.11
勢いよくコーヒーをあおったラズさんに倣って、私も一口飲み「次の質問なんですが」と続ける。
「弟子って正式にはどのようなことをするんですか」
恐らく私の言う弟子とラズさんの言う弟子は違うだろう。
私の言う弟子は便宜的なもので正式なものではない。勝手な印象で魔法使いに教えを乞うならば弟子というのが適切だと思っただけなのである。
しかし、ちゃんとした魔法使いであるラズさんが弟子になれというからには、そもそも師弟制度があると考えるのが妥当だろう。
家事雑用ぐらいなら喜んでするがせめて内容ぐらいは知っておきたいものだ。
「弟子についてか。表立って決められてるのは魔法院の登録だけでその後何をするかは完全に任されてるな」
「なるほど」
どうやら魔法使いの中央組織として魔法院というものがあるらしい。そこに師弟関係を登録した後は各々の裁量に任されている、と。
「じゃあラズさんはどんな事をするおつもりで?」
ならば肝心なのは、弟子になったらラズさんはどのような師匠になるのか、という点だ。
「とにもかくにもお前には正式な魔法を覚えてもらう。全く知らない今ですら人並み以上に魔法を使えるお前が知識をつけたらどうなるか気になるってのもあるし、お前の視点から現代魔法を見たときに新しい発見があるだろうから魔法の研究が進んで魔法が発展するかもしれないってのもあるからな。それ以外で私生活を縛るつもりは全くないぞ。どこ住んでも何食っても何しててもいい。勿論生活面は俺が保証する」
「ふむ」
つまり魔法の教育を行うだけでそのほかは何も、という事だろうか。
...それはあまりにこちらに得がありすぎるのではないか。
言ってみれば無償で魔法を教えてもらうようなもので、ラズさんが挙げたラズさん側のメリットも全て副次的なものだ。魔法を教えてもらえるのならこちらもそれなりの対価は差し出したい。
一口分だけ残ったコーヒーの水面を見つめながら、少し考えて「あの」と口を開く。
「あの、ラズさん。それだと私がもらってばかりになっちゃいます」
「いいだろ別に。まだ子供だしな」
「いえ、納得できません。なので、提案なんですけど......ラズさん、家事、面倒ですよね?」
「なんか変なこと考えてないか」
「全く変ではないと思いますが。で、どうなんです?」
「......まぁ面倒だな。っていうかやってない、ってのが正しいか。洗濯は入れるもん入れてスイッチ押すだけでできるからまぁいいんだが...掃除はどこからやっていいのかわからんし、料理に関しては炭以外できたことがないから基本外食か出来合いのもん食ってる。...でこんなこと人に言わせて何なんだ」
どうやら生活力は皆無らしい。
炭しか作れない人間が本当に存在することに驚きこそするものの、彼の出で立ちや仕草、雰囲気でおおよそ答えは出ていたので『まぁそうだろうな』という具合である。
口をへの字に曲げて不満も露に此方に問いてくるラズさんににっこり笑って何でもないように言う。
「じゃあ、魔法を教わる代わりに、おうちのお手伝いをさせてください!」
「......一応確認なんだが、その口ぶりだとお前、俺の家に住む気なんだよな?」
「?はい。それ以外に何が?」
そう言うと、ラズさんは気まずいような表情を作った。
「一応言っとくけど、お前が住みたい家を買ってもびくともしないぐらいには稼ぎあるからそこを気にしてるんなら大丈夫だぞ。そもそも最初はそうするつもりだったし」
「何言ってるんですか勿体ない。そんなことに使ってるお金あるなら他の事に使いましょう!それこそ、その分ここのケーキ食べさせてくれた方がよっぽど嬉しいです!」
お邪魔したおうちは大きかったし着ているローブも上等なものなのでお金には困ってないことは安易に分かったのだが、まさか家を買ってもへっちゃらとは。もしや魔法使いは高給取りなんだろうか。
というかおうちが大きかったからこそ住み込もうと思っていたのだが。
勿体ないと言うとラズさんは口の動きだけで繰り返した後、どこか遠くを見つめながら「ソーカ」とだけ返した。
「他にも聞きたいことはありますが今日はもう疲れましたし、また後日という事で。あ、ちゃんとお返事してなかったですね」
「ん?」
一日にいろんなことを聞いても頭が追い付かないだろうし暮らしている内に思い出す疑問もあるだろう。どうせラズさんとは長い付き合いになるしゆっくりと聞いていけばいいのだ。
つい先日まで体に群がって皮膚を掻きむしっていた焦燥感は何ともすっきりと消えている。
ピンと来ていないラズさん、いや師匠に精一杯の笑顔を向けて言う。
「弟子のお話、謹んでお受けします。これからよろしくお願いしますね、師匠」
「...あぁ。まぁ気負わず気楽にな、弟子」
試すように首を傾げながら呼び、手を差し出すと、少し恥ずかしそうではあるが優しく柔和な笑みを浮かべて手を取ってくれた。
こんな顔もできるんだと思いながら胸に溜まった多幸感を師匠にも共有したくてはにかむと、師匠は照れたのか手を放してそっぽを向いてしまった。
本当はこちらも痛いほどに心臓がなっていたけれど、何でもないようにくすりと笑って残っていたコーヒーを飲む。
底に砂糖が溜まっていたのかコーヒーは酷く甘かった。




