ep.106
ラズさんに連れられるままに森を歩いていくと、馬車がギリギリ走れる程度に舗装されている道についた。さすがの記憶力である。そこから少し歩くと、お目当ての町が見えてくる。あまり大きくはないし、活気があるような気配もしない。いわば”穴場”のような雰囲気だ。
「こっちも静かですね」
「不気味なくらいだ」
やけに私たちの声が大きく聞こえてしまう程、物音という物音がない。
当然のように守衛のような人もいなければ、そもそも人が居ないためどこに向かえばいいのか分からない。大抵は、人の波に乗っていけば何とかなる場合が多いのだが、こうもほっぽりだされると何が何だか分からない。
どうしたものかと困惑しながらラズさんの様子をうかがうと、物珍しそうに辺りを見回していた。
「師匠。私たち、どこ行けばいいんですかね」
「ん?まぁ、歩いてれば見つかるだろ」
うーん。
それもそっか。
私は考えるのを止めた。というか、一つ忘れていたことがあったのだ。
ラズさんは上質なお店を見つけることに関して他の追随を許さない。それは見知らぬ土地においても同じで、ラズさんと出かけた先の食事で失敗した試しがないのだ。旅において、ラズさんの嗅覚は大いに信頼できる。
少しして、ラズさんが「おっ」と声を上げたかと思えば歩き出してしまったので、慌てて私も追随した。
「師匠的には、この町どうなんです?」
「まだなんも見てないからなんとも言えないけど、感覚的にはかなりいい感じ。特に飯が」
「ご飯ですか。楽しみです」
「いや、まだ分かんないけどな。ホント、ただの勘だから」
「師匠の勘が外れることってあるんですか?」
「あー......あんまり?」
ラズさんは首をかしげてしばし考えた後、釈然としないように言った。
「ふふっ。少なくとも私といるときにはないですよ」
「あぁそう?俺、偏食だし結構付き合わせちゃってる感覚だったけど」
「全然そんなことないですね。ていうか、私も食べられるだけでそんなに野菜好きじゃないですし」
「え、そうなの?」
「そうですよ?」
当てもなく歩きながら雑談していると、小道に入ってすぐの階段の前で、ラズさんがピタリと足を止めた。
「わぷ」
「こっちだな」
急に止まるものだから、少し速足で探索していたラズさんの後を追っていた私は、ラズさんの背中に突っ込んだ。だというのに、ラズさんは意に介さずズンズンと階段を上っていってしまう。
文句の一つでも言おうかとも考えたが、ある意味ではラズさんが静かにはしゃいでいる証左ともとれるので、手鏡でささっとチェックしながら黙ってついていくことにした。五百年ほど前の以北地域では、そういった慎ましい女性が好まれたのだとかなんとか。それに習って、古風で健気な女性になるというのも悪くない。
頑張って階段を上りきると、程ないところにポツンと建物が経っていた。マットな紺色の屋根に、白い壁。ドアは暗い茶色の木製で、その傍には小さな黒板のような看板が置いてある。
「ホントになんでお店の場所分かるんですか」
「いやだから勘だって」
「だっておかしいですよ。一切見えなかったのに」
「お前ももうちょい歳食えば分かる」
「そういうものなんですかね...」
建物のほうに向かって歩いていくと、ある地点を境に視界が弾けた。思わず顔を背けて、手でひさしを作りながら前を覗くと、どうやら建物の後ろが崖のように切り立っているらしく、その奥にある湖が一望できるようになっていた。この眩しさはどうやら湖が太陽光を反射しているかららしい。
「...私、わかりましたよ」
「ん?何が?」
「とにかく高いところに行けば美味しいお店に着くんですね?」
「...っふ。はははっ!別に、その限りじゃないだろ」
「でもそれくらいしか共通点がないんですもん」
「今回見つけた所がおいしいかどうかはまだ分かんないだろ?」
「......どーせ美味しいんでしょうね。私もう分かってます」
おしゃべりしながら件の建物のドアの前に着いた私たちは、横にある看板を見た。そこには、ビーフシチュー、エビのビスク、カプレーゼ等々の料理名が書かれている。
「洋食屋さんみたいですね」
「だな」
ラズさんは我先にとドアを開けて、それでもしっかり後ろ手にドアを抑えてくれていたので、私もそさくさと中に入った。
「いらっしゃい」
中はそれほど広くはなく、四席のカウンターと、窓際に二つ四人席があった。
カウンターには少しふくよかなおじいさんがグラスを磨きながらこちらに目をくれている。ぺこりと会釈すると、おじいさんは「好きな席にどうぞ」というので、速足に付き合ったせいでかなり疲れていた私は、ラズさんの服をちょいちょいと引っ張って、『あっちがいいです』と視線で伝えた。しっかり意思は伝わったようで、ラズさんは奥まで進んで向かい合った二人掛けのソファの片方に座った。私も正面に座り、上着を脱いで椅子の奥側に畳んで置く。二人で覗き込むようにしてメニューを眺め、前菜にマスカットのカプレーゼ、主菜は、私はビーフシチュー、ラズさんはラムステーキを頼んだ。
おじいさんが一通り注文を繰り返して確認していき、「少々お待ちください」とカウンターに引っ込んでいったところで、私はようやく一息ついた。三年間も引きこもっていたせいでずいぶんと体力が落ちてしまったようだ。たぶん、身体的にも、精神的にも。
「大丈夫か?」
「え?」
「お前こそ体調悪そうだけど」
「そんなことないですよ。ちょっと歩き疲れただけです」
「...なんていうか、本当にひよわになったもんだなぁ」
「む......モーニングコールを炎魔法の爆発に変えたっていいんですからね」
「勘弁してくれ」
おどけたように笑ったラズさんは、ふいっと視線を窓の外にやった。それにつられて、私も窓から見える景色を眺める。
冬の強い日差しをキラキラと乱反射する水面が眼下に広がっている。そこには、いつかに見た海とはまた違った趣があった。あちらは自分まで飲み込まれてしまいそうな威厳があるが、この湖は、部屋の引き出しにしまった小さな箱にいっぱいの宝石たちみたいな愛らしさがある。
しばらくの間、そうして景色を楽しんでいると、ラズさんがふいに口を開いた。
「なぁ」
「はぁい?」
「青と、赤と、水色と、ピンクだったらどれが一番好き?」
「えっ」
急にチープな質問をするものだから、私は少し驚いてしまって言葉に詰まった。
正直、どの色も好きだ。好みの色を上から順に並べると、この四色が出てくるだろう。色味によってかなり変わるが、しかしこの中だと頭一つ抜けている色がある。
「赤ですかね」
「だよな」
「何でですか?」
「ん?」
これまでずっと外を見ていたラズさんが、ちらりと一瞬だけこちらを向いて言った。
「秘密」
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