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ep.104

(......寝付けねぇ...)


弟子に連れられて急遽弟子の実家に飛び入りしたはいいものの、今日したことと言えば、基本的な挨拶と村の人からの事情聴取くらいのもので、後は弟子とルーミエさんが近況を和気あいあいと話すだけに終わってしまった。

通された客間に敷かれた布団にしばらく横たわってみたはいいものの、かなり夜が更けこんできたというのに全く眠気がこない。なんというか、今日に満足していないような感じだ。まだやるべきことがあるような気がして、寝るに寝れない。

しばらくどうにか寝れないかと格闘したものの、一向にその気配が訪れないので、俺はもうすっかりと諦めて、夜風にでもあたることにした。

俺は体を起こして、なるだけ音をたてないように戸を開けた。細心の注意を払っても軋む階段の音に首を縮ませながら下まで降りると、開け放たれているリビングの扉から光が漏れ出ていた。

こんな時間にまだ誰かいるのかと部屋を覗いてみると、グラスを片手に窓を見やるルーミエさんが座っていた。音で気づいたのか、ルーミエさんもこちらを見て、不思議そうに首をかしげる。その仕草はあまりに弟子とそっくりで、一瞬弟子の姿が重なってしまったほどだ。


「あら、ラズさん?どこか出かけるのかしら?」

「えっと、まぁそんなとこです。寝付けなくて」


不思議そうに問うルーミエさんに、なんだか悪戯がばれたときのような気持ちになりながら答えた。

するとルーミエさんはころんと丸い目を細めて、悪戯っぽく笑った。


「それなら、一杯つきあってくれないかしら。どんなにおいしいお酒も、つまみがないと味気ないのよ」

「俺でよければ」


正直、緊張こそするものの、こうして話せる場が設けられるというのはありがたくもある。なんとなく、この見透かされているかのような感覚は覚えがあった。まぁ、思い返すまでもなく弟子だろう。あいつの洞察力には目を見張るものがあるが、もしかすると、ルーミエさんから多少なりとも遺伝したのかもしれない。この前一瞬会ったお父さんの方は寡黙そうな印象を受けたし、今日二人が話しているところをみると弟子は母親似なのかもしれない。

そんなことを考えながら、いそいそとリビングに入り、ルーミエさんが座っていた席の前に腰かけると、キッチンからグラスをもう一つ持ってきたルーミエさんが俺の前にそれを置いた。あれよあれよという間にお酌までされてしまって、濃い紫色の液体が七分目まで注がれたグラスをおたがいにカチンと軽くぶつける。


「かんぱーい」

「か、かんぱい」


なんだか本当にマイペースな人だなと思いつつ、くいと一口飲んでみると、芳醇なブドウの香りが鼻を抜けていった。どうやら、なかなかの上物らしい。


「あ、ごめんなさい。ワイン飲めるかしら?先に訊いておくべきだったわね」

「いえ、大丈夫ですよ。おいしいです」

「ならよかったわ。お父さんがね、あ、夫のことね?が買ってきてくれたものなんだけど、気に入っちゃって、もう半分もないのよ。買ってきてくれたのはついこの間だっていうのに」

「そうなんですか」


なんとなく気まずいような気もするが、向こうはあまり気にしていなさそうだし、俺も流れに身を任せることにした。


「あぁ、そうだ。お父さん、しばらくいなくて、ごめんなさいね。あの人しょっちゅういろんなところに行っちゃうから」

「いえいえ、全然」

「あの人もね、貴方に会いたがってたんだけど、残念ね。いつかに来てくれたでしょう?その時から『ちゃんとお礼が言いたい』ってずっと言っててね」

「お礼だなんてそんな」

「えぇ?だって、イホクチイキ?で面倒を見てくれたのは貴方なんでしょう?」

「いえ、確かに俺はある程度の支援はしましたけど、俺がいなくともあいつは結局うまくやったと思いますよ。少なくとも、衣食住に関しては」

「んー、でも、魔法が使えるようになったって言ってたわよ?あの子にとってそれはとっても大切なことだと思うのだけれど」

「それは......そうですね」


少し考えてから、俺は弟子の特異魔法に関しての細かな話をすることにした。


「弟子の魔法は特異魔法って言って、魔法を使うたびに弟子の精神が壊れていくものだったんですよ。ただ、なんでかはまだわかってないんですけど、俺の魔力が混ざることでそれが回復できるみたいで」

「うんうん」

「でも、それも自分で何とか折り合いの付く形に持っていったみたいで、今ではそれに頼らずとも魔法が使えるようになってますし、制限つきとはいえ、特異魔法もデメリットなしで使えるようになってます」

「へー。なんだかあんまり分からないけど、あの子は頑張ったってことね?」

「そうです、そうです」

「ふーん.........いいなぁ...」


俺が一通り話し終えると、ルーミエさんは頬杖をついて、窓から見える月を眺めながら、ぽつりと言った。俺には弟子のように人の感情の機微をとらえられる耳はないけれど、ルーミエさんが呟いた言葉には、痛恨の思いが含まれているような気がした。

俺とルーミエさんの間に沈黙が流れた。なぜだか、気まずいとは思わなかった。お互いが、言うべきことを精査している時間だとはっきり分かったからかもしれない。

沈黙を破ったのはルーミエさんだった。


「あの子ね。昔から、とっても賢くて、なんでもできる子だったの」


ルーミエさんはグラスをくるくると回して、揺れる水面を眺めながら言った。


「でも、私たち、親二人ともそんなに出来のいい人間じゃなかったから、あの子に親らしいことなんてできたためしはなかったわ」


ルーミエさんの眉がぎゅっと寄り、唇が微かにふるえた。


「いっつもね、あの子はこう言うの『ナニナニってことがあったんですけどね、』って。あの子が私たちに話してくれる事は、全部もう終わったことだった。あの子の中で、私たちに相談するって選択肢は、もしかしたら無かったのかもしれないわ。だから、寂しかった。いつも、あの子が見せてくれるのは背中だけで、私たちは、もう終わった出来事に対して、感想を言うことしかできないの。相談に乗ってあげるなんてこと、私たちにはできなかったのよ。だから、私たちはあの子を好きにやらせることにしたの。全部自分で決めて良し。全部自分で選んで良し。きっとそっちの方が、マリィも楽だろうし、マリィのためになる。でも、今思えば、そうと決めたあの日から、あの子は一層私たちから離れていったように思うの。話してくれる内容も、何でもない事だけになっていったし、あぁ、魔獣を狩り始めたのも、そのころだったかしら。親としては、止めるべきだったんでしょうけど、そのころにはもうすっかり臆病になってしまっていたわ。こんな親を、まだお母さんお母さんって慕ってくれるんだから、あの子は本当にいい子ね」


ルーミエさんは一瞬体を強張らせてから、視線を窓の外に戻した。

なんといったらいいのだろう。

俺のイメージの中のアイツは、いつだって師匠師匠って寄り付いてきて、あれはなんだこれはなんだと訊いてくるのが常だった。けれど、よく考えてみれば、あいつが訊いてくるのは以北地域や魔法といった、弟子の出自では知識を得られないようなものだけだったようにも思う。

俺は弟子に一体いくつ、師匠らしいことをしてやれただろうか。魔法の師匠としてではない。師匠として、彼女の幼さや不出来をどれだけ正せただろうか。彼女の悩みをどれだけ払拭できただろうか。

きっと、弟子にその類のアドバイスをできる人間なぞ存在しないのだ。あいつは殆どのことを知っているし分かっている。そして、知らない事のほとんどは、”ただ知らないだけ”なのだ。だから、誰かが相談に乗ってやる必要もない。放っておけば勝手に異様な速度で上達して、地道に努力してきた人たちを追い抜かしてしまう。だから、ルーミエさんがそう思うのも必然のことなんだと思う。

けど―


「俺、料理とかできなくて、弟子がうちに来てくれるまでは適当なもんばっか食ってたんです。栄養だけ摂れればいいかなって。でも、弟子が来てから、弟子がご飯を作ってくれるようになったんです。そのどれもが美味くて、それまで頓着がなかった分を取り返すみたいにたくさん食ったりもしてて」


弟子の作ってくれた料理の数々を思い出す。

あいつは凄いやつだ。あれだけの嫌な思い出が詰まった食材も、いまでは、あいつが過去のトラウマを上から塗りつぶしてしまったみたいに食べられるようになった。

そして、あの時、弟子は得意げに言っていた。『お母さん直伝なんですよ!』と。


「俺がまだ子供のころ、虐待っていったらなんですけど、酷い扱いを受けてて。その影響で野菜の類が全く食べられなかったんですけど、弟子がいつかに作ってくれたポトフがあまりにもおいしくて、ずっと抱えてたトラウマを克服できたんです」

「ポトフ......」

「弟子からは、ルーミエさんに教えてもらったと聞きました」

「そう、ね。私が教えたわ」


俺はグラスに残っていたワインを飲み干して、頭をがばっと下げた。


「ありがとうございます。あなたのお陰です」


対してルーミエさんはあわあわと腰を浮かせていた。これも、弟子にそっくりだ。


「私はなんにもしてないのよ。単にあの子の料理が上手ってだけ」

「いえ、弟子は確かに『”お母さんのポトフ”』と言っていました。あの弟子がそういうんですから、あいつの持つ技術の全てを以って、貴方の料理に似せたんだと思います」


俺は顔を上げて、確信を持った目で真っ直ぐにルーミエさんを見ながら言う。


「ルーミエさんは、弟子の中に確かにいます。そんな風に卑下しないでください。俺は弟子にたくさん救われました。そしてその中に、貴方の影はありました」

「そう......」


ルーミエさんはそう言うと、少しうつむいた。

それから、早朝のもやのような沈黙が流れ、今度こそ少しの気まずさを覚える。


「そうなのね...」


ルーミエさんは顔を上げて、また、悪戯っぽく笑った。


「ラズさん、まだ吞むわよね?」

「え。えぇっと...」

「悩んでるなら吞みましょう!私、ラズさんから見た向こうでの話も聞きたいのよ!」


夜はまだ長いようだ。

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