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ep.103

―コンコン


ラズさんの長かった緊張もそろそろ解けてきたころ、家の扉が小さくたたかれた。

おや、と思い耳を澄ませてみると、どうやら家の前に五、六人が集まっているようだった。


「あら、来客かしら。珍しい」

「私、出てきますよ」

「そう?じゃあお願いね」


ラズさんの心拍数がわずかに上がったのを聞きながら、一旦離席して玄関の扉を開けると、中年の気の良いおじさま方がわらわらと集まっていた。


「こんにちは。如何しましたか?」


私が用件を聞くと、おじさま方は何ごとかをこそこそと話した後、私には全部聞かれていることを知る由もなく、確か一番歳の若い近くの家に住んでいるおじさまが前に出てきた。


「マリエルちゃん。今日連れてきたあの人...大丈夫なのか...?なんか陰気だから、ちょっと心配になって...」

「あぁ、師匠の事ですか。...ふふっ。そうですね。パッと見は陰気なのは否めませんね?」

「そうだろう。僕たちの心配もマリエルちゃんなら分かってくれるだろう?」

「まぁ、そうですねぇ...この際、話してみればいいんじゃないですか?直接」


そういうとおじさま方は何やらコソコソ話モードに入って、『ちょっと緊張するな』だの『いやでもマリエルちゃんが変な男に遊ばれてたら耐えられないだろう』だの『誰が行くんだ?俺はちょっと...』だのと話し始めた。


「あのー、もう師匠を呼び出しちゃっていいですか?多分、話していけば師匠のこと好きになりますよ」

「お、おう...そうだな、こうしていても埒が明かないし、悪いけど、呼んでもらえるか?」

「はーい」


ラズさんは典型的なアジのある人間なので、五分も話せばラズさんの善性に気付くだろう。ラズさんはやや人見知りなので少し胃を痛めることになるかもしれないが、私としては勝手に出ていって心配をかけた手前、その辺りの説明義務があると思っているので、申し訳ないがラズさんには頑張っていただこうと思う。


「師匠ー?」

「んー?」

「村の人が、師匠とお話ししたいみたいです」

「.........分かった」



とんでもなく嫌そうな顔をしてはいるが、私と同じくこの事に重要性を見出したのか、無駄な詮索はせずに一人とぼとぼと玄関に向かっていった。この後は間違いなく村の人から尋問を受けるはめになるだろうが、ラズさんは私を以北地域に連れてきてくれた事をずっと『半分攫ってきたようなもの』だと解釈しているので、そういった意味でもラズさん、私ともに、この村の人への説明を欠いてはならないというささやかな信念がある。

とても情けない色でぱたんとドアが閉まったのを聞いて、私は一息ついてお母さんと二人っきりの空気をかみしめた。

お母さんはあまり口数の多い人ではないから、昔もお父さんが仕事に行った後こうして沈黙の中過ごすことが多々あった。『喋らないけど、喋ってもいい』というようなこの雰囲気が私はとても好きだった。

お母さんは何ごとかを考えているようで、ぼうっと時計の針を眺めながら、冷めたハーブティーに息を繰り返し吹きかけていた。恐らく、私についてなにかしら気になることがあるのだと察した私は、お母さんがいつでも話始められるように、焦らずじっくりとお母さんを待った。


「マリィはラズさんのどんなところが好きなの?」


しばらく待って出てきた質問は極々ありふれたもので、その反面、お母さんとは俗っぽい話をしてこなかったので少し意外に思った。当然のように私がラズさんのことを好いていることが暴かれているが、これに関しては私自身最早隠す気なぞ毛頭なかったし、なんなら本人にさえ開け放っているので、それほど珍しいことではない。

私は考える間もなく、短く言った。


「声」


すると、お母さんはにっこり笑って、「それ以上はないわね」と目を伏せた。

そう。私が人をみるにあたって、その大半を覆っているのは声なのだ。それを、お母さんはきちんと分かっているから、一見浅はかな私の意見もすんなりと受け止めてくれた。

それから少しの沈黙が私たちの間に揺蕩った。

カチと時計の針が重なる音とともに、お母さんは腰を上げて「そろそろご飯の支度をしなきゃいけないわね」とキッチンに向かった。


「私も手伝います」

「あらそう?じゃあ、野菜を洗っておいてくれる?」

「わかりました」

「ラズさんはどうかしら...あの調子じゃあ呑みに行っててもおかしくないわよね」

「師匠はあり得ないくらい食べるので大丈夫だと思いますよ?なんならいつもよりかなり多めに作らないと足りなくなっちゃいます」

「そう。じゃあ腕によりかけて作らないと」


そう言うと、お母さんはどこかあどけなく笑った。


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