ep.102
「さて」
机にことりとお茶が並ぶと、一息ついてから短く口火を切る人物がひとり。対面には、私と、見たことないぐらいに緊張するラズさんが並んで座っている。
私とおなじ長い白髪を持つ女性は、美しい所作でティーカップを口元に持っていき、落ち着く香りのするハーブティーを一口啜った。
「改めまして、マリエルの母の、ルーミエ・グランシェルです」
時は三時間前にさかのぼる―
「おーい弟子ー」
扉の向こう、リビングの方からラズさんのお呼びがかかったので、私は緩く巻いた髪の具合を確認してから「はーい」と返し、扉を開けた。
リビングに入ると、なにやらバッグをじっと見つめるラズさんがぽつりと立っていた。
「何してるんですか?」
「荷作りだよ。って、お前は?てっきり準備しに行ったのかと思ったんだけど」
荷作り?
全く要領を得ないまま、なにか関連した出来事があっただろうかと思考を巡らせてみたが、これといってそんな話は出ていない。
「なんの荷作りですか?」
「え、お前の家に行くから、その。日帰りは無理があるだろ」
「え?」
「え?」
私たちはお互いポカンと顔を突き合わせて、首を傾げた。
今日は私の家にラズさんが来ることになっている。ここまでは分かる。しかし日帰り?荷作り?に関しては何を言っているのかさっぱりだ。
しばらくラズさんの瞳に私の記憶を問いただしていると、そういえば言っていなかったことを思い出した。
「あ、私、てっきり転移魔法で行くのかと思ってました」
忘れていたわけではない。共通認識だろうと思っていたからわざわざ言わなかったのだ。しかしラズさんの言動をみるに、ラズさんは以南地域を何日かかけて往復するつもりだったのだろう。
さすがにお金も時間もかかるし、挨拶するくらいならパッと行って戻ってくればよいと思うのだがどうだろう。唯一、お金の面は経済を回すと考えれば悪くない、のかもしれないが、それ以外は転移魔法を使ったほうが手っ取り早い。これがラズさんが臥せっていた時なら話は別だが、今特異魔法を使ったところで、すぐ回復するのでデメリットにはならないわけで、そんな塩梅だからか認識の共有を怠った。
ラズさんは一瞬、本当に間の抜けた顔をした後、バツが悪そうに視線を横にずらした。
「......うん。まぁそれでもいいんだけどね」
「い、いえ、別に私はいいんですけど...」
なぜかしょぼくれてしまったラズさんを慰めるべく、猫背気味になってやや近くなった頭をもふもふ撫でながら「ほら、旅行だと思って」と口に出したところで、走馬灯のような速さで記憶が蘇ってきた。
雪の降ったあの日、ラズさんは以南地域を旅行しようと誘ってくれたではないか。そうだ。お気に入りのマグカップを割ってしまったあの日だ。
「......師匠」
「んだよ改まって」
「忘れてたわけじゃありません。帰り...そう、帰りに、いろんなところを見て回りましょう。行きはさっと行って。ね?」
するとラズさんはじろりとこちらを見てくる。
「べつに......俺だって、どっちでもいいし。お前が忘れてたんならそれに越したことないし」
「ご、ごめんなさい!違うんです、なんかこう、あの日はいろいろあったといいますか、だから覚えられなかったといいますか...」
―結局、それからそこそこの時間を要してラズさんに釈明を聞き入れてもらったはいいものの、方針としては私がその場しのぎで言った、行きは転移魔法、帰りは旅行ということに決まったので、私も軽い荷作りが必要になった。ばたばたと準備をして、なんなら必要なものは実家から持ち出したり旅先で買えばいいかと割り切ったりもして、日が傾くころには出発した私たちは、村からほどないところに着き、またも熱烈な歓迎を受け流して今に至る。
「ラズ・オルゼルドです」
緊張しているのか何処かぎこちなくお辞儀をするラズさんを見て、お母さんはにっこりと綺麗に笑った。
「うちの子を預かっていてくれてありがとうございます」
「い、いえ...その件なんですけど、お詫びしたい部分もあって」
ラズさんはそう言うと、一呼吸置いた後、覚悟を決めたようにぐっと体を強張れさせてから言う。
「以北地域に来てから、弟子......マリエルさんの命にかかわるような事が多々ありました。マリエルさんが魔法を使えることは御存じかと思いますが、その練度はこちらでも抜きんでています。それに甘えた俺の監督不行き届きです。すみませんでした」
ま、マリエルさん......
もはやほとんど内容は頭に入っておらず、その響きのなんとむず痒い事かと体を強張らせていると、お母さんが、これまでと一切変わらない声音で「ええっと...」と続けた。
「すみません。まず”以北地域”、というのは?」
深々と頭を下げていたラズさんは、その言葉にハッとしたように顔を上げた。
「俺の住んでいる場所、もとい魔法使いが住んでいる場所はここから北にずっといった場所にあるんですが、そこの事を俺たちは以北地域と呼んでいます。対して、魔法が使えない人たちが住んでいる場所を以南地域と呼んでいます。ここでもたまに起きていたと思うんですが、魔獣の被害が以北地域でも出ていて、その対処にあたっているのが俺たち魔法使いです。マリエルさんにはそこに入って貰って、魔獣駆除の仕事をしていたんですが、安全には十分配慮されてるとはいえ、未成年を保護者の許可なく討伐に出してしまいました。その結果、怪我をして帰ってくることも多々ありましたから、このことをまず謝りたくて」
どうやらラズさんは私が魔法院のもとで働くことをあまり快く思っていなかったようだ。恐らく、私が魔獣を狩って生計を立てていたことを聞いたせいで、その方針がブレたのだろう。事実、弟子にならないかと打診された時の話からすると、私はどちらかといえば研究者の立ち位置を提示されていた。ただ、最初はラズさんのもとできっちりと正規の魔法を使えるようにしごかれたし、正規の魔法を特異魔法と同等レベルまで使えるようになるまでは依頼を受けさせてくなかったので、ラズさんが無責任だったかと言われれば全くそんなことはない。ラズさん自身がギフテッドであり、他人の魔法の練度を人一倍正確に測ることができるからこその決断だっただろうし、そこにおざなりな判断は一切なかった。むしろ私としてはラズさんはいつだって過保護だった印象だ。
とはいえ、これは私の意見であって、親であるお母さんがどう思うかはまた別の話だ。私は全く考えていなかったが、一保護者としては賛否あってしかるべき内容なのかもしれない。
私はそおっとお母さんの顔色を窺った。お母さんは口元にたたえた笑みの形はそのままに口を開いた。
「私としては、むしろ長い期間娘の面倒を見てくれた貴方に感謝したいのですけれど。その魔獣の討伐の件も、私たちだってマリィにお願いすることが常でしたし、それについては、マリィに対して有難い以外の感情はありませんでした。それに、私たちなんかよりもよっぽど、貴方のほうが魔法に詳しいのでしょう?私たちがよくわからずお使い感覚で魔獣の討伐を任せるより、貴方にキチンと実力を認めてもらって、行ってよしと判断されてから行くほうが断然安全だと思いませんか?」
「それは......ですが結果として怪我をしたことも何度もありましたし」
なおも食い下がるラズさんに、今度は私が異を唱える。
「師匠。私、師匠に見つけてもらってからよりも師匠に見つけてもらう前に以南地域で日銭を稼いでいた時のほうがよく怪我をしてましたよ。それに、大事なこと、言ってないんじゃないですか?」
「な、なんだよ」
「お母さん、私ね、魔法を使うと体がダメになっちゃう体質みたいなんです。それを師匠とそのお友達が見つけてくれて。でも、私が一人で練習してた魔法はダメだけど、師匠から教えてもらった魔法なら大丈夫だったんです。だから、今でも私が魔法を使えてるのは師匠のおかげなんです」
「あら、そうなの?なら、やっぱりラズさんは恩人さんなのよね」
「うん!」
こくりと頷くと、お母さんはくすくすと小さく笑ったあと、ラズさんに向き直った。
「ラズさん。私からは感謝しかないわ。どこまで聞いてるかわからないけど、この子、ある日突然居なくなっちゃったんです。きっと、魔法のことで沢山悩んで、あんなに小さな体でとっても大きな決断をしたんですよ。私からすれば、こうしてまたマリィに会えているだけでも上々。そればっかりか、こんなに綺麗に育って、顔色も良くて、元気そうに笑っていて......人生でこれ以上嬉しいことはありません。それは、勿論マリィのことだから自分でたくさん頑張ったのだろうけど、頑張れる環境を作ってくれた貴方がいてこそです」
本当にその通りだと思いながらも、これをしっかりとわかってくれるお母さんでよかったと心底思った。ラズさんをちょっとでも否定しようものなら、私は家族が嫌いになっていたかもしれない。けど、そんなことをしない、思いやりがあって想像力があって温かいからこそ、私はお母さんが大好きなのだ。
「マリィを、ありがとうございます」
(あれ......)
なんでだろう。
―お母さんの声は、とても悲しい音がした。
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