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ep.100

ぱちりと目を開ける。

その日はやけに体が軽くて、寝覚めが良かった。体を起こしてぐっと伸びをすると、いつもは反動で全身の血が逆流するような感覚に耐えなければいけないところが、心地よく体の節々が伸びて、すぐにでも起き上がれそうなほど意識も冴えていた。

ほんのり違和感を覚えつつ、悪いことでもないかと割り切ってリビングのドアを開けると、中にはコーヒー片手になにやら資料に目を通しているラズさんの姿があった。


「よっ」

「...お、おはようございます。今日...早いですね」


ラズさんが私より早く起きることなんて滅多にないのでかなり驚きながら訊くと、ラズさんはふっと目元を和らげながら言う。


「いや?...珍しく快眠だったみたいでなにより」

「え...?」


未だ状況を飲み込めてない私を見て、ラズさんはちらりと時計を見た。

つられて時計を見れば、針はいつも私が起きる時間の二時間後を指していた。状況から判断するに、いわゆる寝坊である。


「あ...ご、ごめんさない!ご飯、すぐ作りますから!」


長く供に生活してきたが、特別な理由がない限りこういったことはほとんど起きたことがなかった。急激に血液が巡るような感覚と供にキッチンに向かおうとすると、ラズさんが「落ち着けよ」と一言。熱くなった私の顔を冷ますように、ひんやりとした風魔法を吹かせた。

ラズさんはくいと顎で日当たりのいい窓を指す。

外には、いつもより華やかな服を着た人々が、ごった返す様に道を歩いているのが遠目に見える。

あ、とすっかり忘れていたことを思い出した私に向けて、ラズさんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。


「今日は祭りだろ?さっさと準備して俺らも行こう」


そうだ。

今日はラズさんの帰還を祝う祭り―才帰祭、当日だ。




昨夜の雪はかなり夜更けまで降り続いていたらしく、道の所々に降り積もった雪の塊や、冷え切って固まった水溜りのような氷が見えた。季節柄ヒールの高い靴は避けて比較的どっしりとしたブーツを履いてきたが、それでも少し油断するとバランスを失ってしまいそうだ。

恐る恐る、と一歩を慎重に踏みしめていく私に、ラズさんは特に何を言うでもなく歩幅を合わせてくれている。

何人かに追い抜かれ、横目に見られても特に何も気にする様子のないラズさんに、ちょっとだけまぶしさを感じてみたり―


「あっ...」


気を抜いたその瞬間、ものの見事に滑った私は、咄嗟に風魔法を起動しようとした。しかし、普段と違い氷で滑ったということもあってか間に合うか怪しい。

ぎゅっと目をつぶり、痛みを覚悟したその瞬間、集めていたはずの魔力が綺麗に霧散し、その代わりに何かが私の体制をしっかりと保持してくれた。


「っぶね...」


目を開けると、少し焦った顔のラズさんが至近距離にいた。


「す、すみません!」

「まぁ、お前ならコケるかなとは思ったけど」


途端に顔が真っ赤になっていくのを感じながら、ぐいーっと胸板を押しながら謝ると、ラズさんは安心させるように頭をぽふりと撫でた後、手だけは握ったまま自分のポケットにしまい込んだ。


「あの...師匠...」

「またすっころんで頭でも打ったらどうする」

「い、いやぁ、そうじゃ...」


当たり前のように言うラズさんに面食らって、最後の方は尻すぼみになってしまった。

だって反則じゃないか。


(当たり前みたいに指絡めて...)


真っ赤でもなく、じんわりと頬が熱くて、

思い切り笑うでもなく、少しだけ口角が持ち上がって、

なんだかそんな中途半端な状況がやけに恥ずかしくて、私は足元に気を付けるふりをしながら顔を俯かせていた。


そんな状態で少しの間歩いていくと、気づけば賑やかな声と雑踏に飲み込まれていた。色とりどりの屋根が長い長い道いっぱいに軒を連ねる様は、西の町で見たものに瓜二つだ。家のかなり近くが開催地ということもあって、準備期間からその成り立ちを見てきたが、こうしてしっかりとした形になっているのを見ると、何一つ関わっていない私まで達成感があるのだから不思議だ。

横何十メートルはあろうかという道いっぱいに人がごった返しているのを見て、一体どこから出てきたんだなんて思っていると、ラズさんがまっすぐと一つの店へと向かっていった。

身長の問題で視界がほぼない私は、最初こそどこに向かっているかわからなかったが、近づくにつれ強くなっていく、ほろ苦い特有の香りで行先が分かった。


「よっ、賑わってんな」

「おぉ、ラズか。すまないね、相手している余裕はないんだ。爺一人じゃとても回りきらなくてね...」


どうやらオズもわざわざ店の前に露店を立てて、祭りに参加しているらしい。ついこの間行ったときはそんな気配微塵も無かったというのに、気づけば見事な小店舗ができていた。

よく見てみればオズの前には人がずらりどころかずらずらりと並んでいて、おじいさんは私たちのほうに目もくれずせかせかとお客さんの対応をしているからか私の存在にすら気づいてなさそうだ。

ラズさんはさも当然かのようにおじいさんの側までずかずかと入っていき、がりがりとハンドルを回して豆を挽き始めた。


「悪いね、申し訳ないんだけどこの列が切れるまで手伝ってくれると本当に助かる」

「そのつもりだけど」

「いや、本当にすまねいね。こんなになるなら大人しくしてればよかったよ」

「まぁ繁盛してんならいい事なんじゃねぇの?」

「墓にゃ金は持っていけんじゃろうて」


ラズさんにアイコンタクトをされて、私は豆の入った袋を開け、大体一回の作業で使う量に小分けしていった。ラズさんが豆を挽き終えて、粉末をおじいさんの近くにある抽出機の中に入れたのを見計らって、小分けにした分を挽き機に風魔法で流し込みながら話を聞いていると、なにやら話が不穏な方向に進み始めた。


「金じゃなくて知名度だろ?」

「それならもう足りてるわい」

「言うじゃん。...まぁジジィのタンス貯金は俺がしっかり国のために使って―


あからさまに余計なことを言ったラズさんの脇腹に思い切り肘打ちをかますと、思いのほかイイ所に入ったのか机の下までズルズルとしゃがみこんでしまった。

邪魔なので風魔法でひょいと少し後ろに寝かしつつ、さも何事もなかったかのようにラズさんにとって代わると、おじいさんがようやく私の存在に気付いたようで、驚きも露にこちらを見ていた。


「お嬢...いつから?」

「最初っからですよ。もう...あんまり縁起の悪いこと言わないでください」

「い、いや、申し訳ないね...ラズとの軽い冗談だよ」

「それでもです」


ぴしゃりというと、おじいさんも観念したように力なく笑ってから、抽出が終わったコーヒーをお客さんに愛想よく渡した。

少しの間そのまま淡々とした作業と空気が続き、がりがりと豆を挽く感触がクセになり始めていた時、おじいさんが後ろを向いてやや大きな声で言った。


「ラズも伸びてないで手伝ってくれ!」

「...あと、ちょっと待って...」

「ははっ、ありゃちゃんと効いてるね」

「確かな手ごたえがありましたもん」

「案外どついたりするんだねぇ。勝手な解釈だけど、二人ってお互いのこと蝶よ花よと扱っている印象だったから」

「んんー、大抵はそうですけど、間違ってることは間違ってるって言いますし、場合によっては今回みたいに体罰が下ることもありまよ?私も師匠に何回デコピンされたかわかりませんし」

「ほー」


そんな話をしていると、よたよたとした歩みでラズさんが私たちの後ろに戻ってきた。


「ラズはお客さんにオーダー聞いてミルクと砂糖の調整をしてくれ。ただ...まぁわかってるね?」

「あーはいはい。”注文よりも少なく”だろ」

「よし。間違ってもコーヒーを殺してくれるなよ」

「もはやジジィがやるべきだろソレ...」

「豆の匂い一つで加減が分かるなら儂と替わってもいいがね。それにこっちはこっちで話があるからさ。任せたよ」


お互い、短いやり取りで意図を確認しているのを見るに、私が思っている以上に二人は関係が深いのかもしれない。改めて考えてみれば”ジジィ”だなんて呼んでいるくらいだから、ただの一常連というわけでもないのだろう。いつもなら二人の声音から粗方の推測ができるのだが、如何せんあたりが喧しくて細かなことは分からなかった。

ラズさんがお客さんの相手を大抵受け持ってくれたおかげで、私とおじいさんは手元の作業に集中できるようになった。最初はラズさんのやや不愛想な対応にヒヤヒヤとしたが、ラズさんはもとより細やかな気遣いができるほうだからか、お客さんもあまり悪い印象を抱いていないようだ。


「お嬢」

「はい?」


店の態勢が安定してきて、三人の動きが機械化されてきたところで、おじいさんは私に声をかけてきた。なにかやり方の不備があったかと焦ったが、そんな私の顔みて、おじいさんはふっっと笑って首を振り「ちょっとした雑談だよ」と言った。


「儂には妻がいたんだけどね」

「あぁ、はい」


『ホントに雑談だ』なんて思いながら、おじいさんの皺だらけの手に埋まるようにして嵌まっている指輪を思い出しながら頷くと、おじいさんは手だけはてきぱきと動かしながら話を続けた。


「若いうちに事件に巻き込まれて他界してしまってね。まだ、結婚してから十年も経っていないころだったかな」

「それは...何と言ったらいいか」

「妻は天才的なパティシエでね、ケーキを作るのが文句なしに世界で一番巧かった」


うんうんと頷きながら、心の中でひとつ会得した。つまるところ、オズの不思議な体制は、奥様と二人で経営していたときの名残なのだろう。まぁ、それを続けることによる不便を考えると、名残のような惰性ではなく、一つの執念のようなもので成り立たせていると考えてもいい。


「けど、魔法の方もかなりの使い手だったんだよ。だから、儂と一緒に厨房に立つこともあれば、国に魔法院から依頼が来てどこか遠くに遠征に行くときもあった」

「...そこで、事件が?」

「うん。そう。魔法院はかなり保守的な組織でしょう?回ってくる依頼は、余裕をもって達成できるようになってる」

「まぁそうですねぇ。事故の話もほとんど聞きませんし」

「そうそう。それは昔からでさ。妻は優秀な魔法使いだったけど、だからと言って無茶な仕事が振られるようなことはなかった。その日もね」


そこで私は、おじいさんが事故ではなく、あえて”事件”という言葉を使った真意を漠然と察した。そして、他ならぬ勘が、その元凶が何かを察知してくる。


「もしかして...極北ですか?」

「...そう。ただ、それを明らかにしてくれたのはラズなんだよ。当時はいろいろとあったけど...そうだね、儂の人生が復讐に費やされなかったのはラズのおかげなんだ」

「はぇー...師匠って昔からそんな感じだったんですか」

「むしろ今は丸くなったって言えるんじゃないかな。昔は、儂の件もそうだけど、かなり苛烈な手段で問題を解決してきたからね。今でも敬遠だったり畏怖されてるのはその時の印象がかなり強いからだと思うよ」

「...今のぐうたらしてる師匠からは考えられませんね」

「ははっ。...これは儂の予想だけど、それはラズが”師匠”になったからじゃない?」

「え?師匠なんですから余計にぐうたらしてたらダメじゃないですか?」

「考えてもみなよ。今まではただ自分の評価が悪化するだけだったからよかったけど、”師匠”になれば弟子の評価もそれに引っ張られるでしょう?だからラズは弟子をとらなかったんだと思うよ。中途半端な実力や精神性だと、それに耐えきれないだろうからね」

「じゃあ、やっぱり師匠は変わったんですね。だって私、師匠が原因でその類の苦しい思いしたことありませんし」

「まぁ、それはお嬢の影響もあるんじゃないかい?傍目から見てもそう思うよ。お嬢が来てからラズは変わった。付け加えるなら、多分それは”弟子ができたから”じゃなくて、”お嬢が”弟子になったからだと思う」

「......そういわれると、なんだかくすぐったいですね」


私とて、その事実に気付かないほどではない。私たちはお互いに影響を受けて変わっていったし、希望的観測にはなるが、それは専ら良い方向だったように思える。私は無論、ラズさんを慕って、ラズさんに憧れて、己を変化させていった自覚があるが、ラズさんもラズさんで、私の中に些かのヒントを見つけて自分に適応させていたような印象がある。

ただ、それはそれとして人から言われると気恥ずかしいものがあり、私は頬に乗った熱から目をそらして、せかせかとハンドルを回した。

おじいさんはそんな私を見てまたふふっと笑った後、小さくため息をつき「ラズがギフテッドじゃなきゃオズはあげたのになぁ」と呟いた。


「え、オズって...後継者?みたいなの居ないんです?」

「いないよ?儂がぽっくり死んだ次の日には仕舞いだね、って肘は止めてね、明日閉店することになっちゃうから」

「し、しませんよ!...えぇ...じゃあオズの味は...」

「まぁー儂も頑張るつもりだけど、そう何年も続かないだろうねぇ」


おじいさんの口元に薄く浮かぶ笑みは、当然の諦念が儚く表れていた。


「あの...今から弟子をとったりはしないんですか?」


おずおずと聞くと、おじいさんはしばらくの間考え込んだ後に、覚悟を決めたような芯のある声で言った。


「まぁ、お嬢がそんなに寂しいって言ってくれるなら取ろうかな。今までは単に機会に恵まれなかったのと、腰が重かっただけだからね」

「ほんとですか!」

「うん。なんとなく、意地になってた部分もあったけど、恩人に頼まれちゃあね」

「恩人?」


誰のことだろうか、と繰り返すと、おじいさんは失笑しながらこちらを見た。


「極北にとどめを刺した子がいるって聞いてね。どうにも、当時たった十三の女の子なんだってさ」


ぽかんとしてしまってから遅れて気づいた。おじいさんはラズさんに救われたと言ってはいたけれど、大元はそれからもしばらくは暗躍を続けていたのだ。それに終止符を打ったのはラズさんと、その十三の女の子、つまるところ私だ。


「へ、へぇ...変なのもいるみたいですね」


なんと返したらいいかわからず中途半端にごまかした私に、おじいさんはワハハと豪快に笑った。


「ちなみになんだけど、適任な子とか居たりしないかな?お嬢の紹介ならこっちも精が出るってもんだ」

「んー...さすがに......」


交友関係自体は狭いが、生き方の都合か顔見知りは多い。ざっと思い返してみたが、適任はぱっと思い出せなかった。


(ん?)


「あっ」

「お、心当たりが?」


いや、居る。一人居る。それもすごく近くに。


「適任も適任がいます。今度紹介しますね」


ある日の昼下がり。ふわりと香る焼きたてのクッキーの甘い匂いの中で、ぼそっと呟かれた言葉を思い出したのだ。

『魔法もいいけど、やっぱり料理も楽しいなぁ』

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