ep.1
私、マリエルには不思議な力があった。
最初に気づいたのは八年前、まだ物心ついて間もない時だ。
私は、当時からすでに好奇心旺盛な元気印の子供で、家族には危ないことはするなと何度も言われているのにもかかわらず、あろうことか庭の端に生えていた木に登ったのだという。さすがの私とてただ木に登りたかったわけではなく、目的はその木に生っている実だった。夜明け間近の空のような深い藍色をしていて、なぜだか強く惹かれた事を今でもうっすらと覚えている。
生来の運動神経の良さが助力してスルスルと木に登りお目当ての物を手に取ったはいいものの、前日の雨で中が腐っていたのかそもそも半分朽ちていたのか、支えにしていた枝が折れてしまい私は木から落ちてしまった。
体が支えを失い内臓が浮くような感覚に襲われる。
着地の痛みを覚悟しギュッと目をつぶるも、その瞬間ふわりとおくるみに包まれているかのような浮遊感が私を受け止めた。
誰かが間一髪で受け止めてくれたのだと思い、お礼を言うため目を開け、そして絶句した。
辺りは閑散としていて、人っ子一人いなかったのである。
いよいよ何が起きているのかわからずとにかくこの浮遊感の正体を突き止めようと下を見ると、空間がそこだけゆがんだようにぼやけていた。
それはうずくまる形で落下した私の臀部をすっぽりと包み込むように広がっており、そう、たしかハンモックというもののようにも見えた。
家の窓から一部始終を目撃したらしい父と確認したが、やはり私は木から落ち、そして不意に空中で静止したらしい。
私も父も狐に抓まれたような気分で、何が何だかと混乱状態だったが、物的証拠として私の手には例の藍色の木の実があったし、私が登った木は落ちればまず間違いなく数日ではとても治らないような怪我を負う高さだった。
それから、一週間ほど経ち、まるで巣作りを始めるみたいに蔵書にこもりきりだった父が、ひどく神妙な顔つきで古びた一冊の本を持ってきた。
古びた本はどうやら歴史書のようだ。
私が住んでいる村は百五十年ほど前に先祖が開拓した土地だ。
辺境、とまではいかないまでも近くにこれといって大きな街はなく、ちらほら点在している他の村との交流もあまりなかったために情報は閉じられていた。
本のしおりが挟まれているところを開くと、百年前の飢饉とそれを一夜にして解決してしまった旅人のことが書いてあった。
百年前、この村は例を見ない不作と、病気の萬栄によって人口が半分近く減った。
そんな時、ぼろぼろのローブを纏ったいかにも貧しそうな旅人がやってきて一日分の食料と寝床を求めたらしい。
当時のこの村の村長はいたくその姿に同情し、まさしく自分たちの身を削ってそれに答えたそうだ。
翌日顔色も少しばかりよくなった旅人は、自分のことを”北から追放された魔法使い”と名乗り、腕の一振りで痩せた大地を潤し、濁った空気を浄化したかと思えば、次の瞬間には忽然と姿を消したという。
―父は私に、私の身を守ったあれの正体は”魔法”だと言った。
自分が魔法を使えると認識してからは暗中模索の日々だった。それらしき文献もないため完全に独学で発生条件や種類、特性を調べ、今では日常的に応用できるほど研鑽を積んだ。
「...魔法使いかぁ」
村のどこを探しても私と同じことができる人はいなかった。とはいっても、探すほどの人数でもないのだけれど。
漠然と物語に出てくる魔法使いという職業に憧れているが、私以外この体質の人がいないし、職業なのかもわからなければ、そもそも私のこれが魔法であると確定したわけでもない。寒い日、それも夜、ぐるぐると思考が回って、良い事なんて一つだってない。案の定、私の思考は暗いほうに転がって行って、もう幾度も体験した感覚が川の急流みたく溢れ出してくる。
「寂しいなぁ...」
独りベットでごちる。
家族はみんな私を可愛がってくれる。お母さんは優しさを体現したような笑みをいつも浮かべていて、いつだって私のことを見守ってくれているような安心感があるし、お父さんはちょっと仕事が好きすぎるくらいで、他に欠点といえば真っ直ぐ過ぎて嘘がつけないくらいなものだ。二人とも大好きだし、二人とも私のことを愛してくれている。
友達も多分少なくない。そもそも子供の数自体そこまで多いというわけではないから何ともいえないが、少なくとも私のことを大嫌いって人はいないと思う。
よく立ち寄るお店のおじいちゃんおばあちゃんもよくしてくれるし、近所のおばさんは私を見るなり駆け寄ってくる。多分、とても私は暖かい環境にいるんだろう。
それに加えて、同い年くらいの子と比べると、私はできることが圧倒的に多かった。料理や洗濯、掃除などの家事は殆どできるようになったし、数少ない他の村との交流でものを売買するときの計算なんかも、お父さんに教えてもらった端から覚えていった。特に本を読んだり大人と話すのが大好きで、知らない言葉や表現が出てくるたびに覚えて使えるようにしていった。そんなだからか、大人からはよく賢い賢いと言われて育ってきた。
私も、私を取り巻く環境も、多分、すごく恵まれている。
ただそんな中でも意識せざるを得なかった。魔法という、おおよそ人間にはできないことが出来てしまうために生まれる自分が人ではないかのような強烈な疎外感と、どこを探しても同類がいないために生まれる身を焦がすような焦燥感を。
「...誰か助けてくれないかな......なんて」
きっとこんなことを考えてしまう私は馬鹿でどうしようもないのだろう。これだけ恵まれた人間が何を望むというのか。
しかし、それでも願わずにはいられなかった。明るく温かい孤独に満ちたこの村から、私の同類...魔法使いが跋扈するような、私が普通などこかへ...と。
夜はすっかり更けて部屋は冷え込んでいた。私は寒さから逃れるように、孤独に潰されないように、淡い希望を逃さないようにと膝を抱え縮こまって眠りについた。
頬に温かいものが伝う感覚にはすっかり慣れてしまった。




