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09 モブ、博士の探求に困り果てるⅠ

「ふーん、それはよかったね」


 どうでもよさそうにモルグレイドがイチゴを口に放りこんだ。夕食だというのに紅茶と果実というおおよそ人とは思えない飯である。


「まだベッドに潜りこんでくるのは気になるが、おおむね上手くいっただろう。ヒントは実に助かった」


 ダイニングホールにて、すべてが終わったオレはその結末を話していた。つまらなさそうに紅茶をまぜるモルグレイドに頭をさげる。


「いいよ、それぐらい。君たちをみてるだけで僕は楽しめたからね」


 モルグレイドが久しぶりにクククッと喉を鳴らして笑う。イスファーナのことで頭を悩ませていて、このごろモルグレイドのうさん臭い笑みを目にしていなかった。


「それにしても、イスファーナもイスファーナだ」


 そうオレはスプーンで遊びながら口をとがらせる。


「オレを慕っているというのならばそう口にすればよかっただろう。よい上官でいたつもりなどないから、てっきり胸のうちでは従うつもりがないのだと思っていた」


 ボチョンと音がして、モルグレイドが砂糖をカップに落す。その目はまるで信じられないかのようにオレにむけられていた。


「……これはもしかすると僕の思い違いなのかもしれないけれどね。君はイスファーナからどのように思われていると考えているんだい」


「よくわからんことを聞くな、さっきまで話していたではないか。まあ、なんだかんだ言ってオレをリーダーとして敬ってくれているというのは嬉しいことだよ」


 首をかしげるオレに、イスファーナは深いため息をついた。


「君、ちまたで売られてる三文の恋愛小説でもそんな鈍いやつはいなかったぞ。やはり君は女の子の敵だね」


 わけのわからないことを言われたが、オレは気にしないことにする。


 モルグレイドがなにを言いたいのかは知らないが、イスファーナから話を聞いたのはほかならぬこのオレである。思い違いなどするはずもない。


「まあ、それはそうとしてだ」


 スープというよりは水と言うべき黄がかった豆の汁を飲み干したオレは、そのままモルグレイドの耳もとに口をよせた。


「つぎはアルハンゼン先生に頼んでみようと思うんだが、どうだろう」


「君、イスファーナで痛い目をみたばかりじゃないのかい。いったいなにを考えているのやら」


 モルグレイドからじとっとした目をむけられる。だが、オレとて手段を問うているひまはないのだ、いつゲームのシナリオが始まるとも知れないのだから。


 それに、オレなりの考えだってあった。


「アルハンゼン先生は理屈で話をする人だ。ならばイスファーナの時のように話がもつれることはないだろう」


「あっ、ふーん」


 なにやらモルグレイドがすべてをさとった聖人のような顔をする。そして、やけに優しい笑みでゆっくりと頷いた。


「もう、いいんじゃないかな、君の思うままにやってみて。たぶん君はメンバーの誰かに背後からドスッといってもらわないと学ばないと思う」


「う、うむ。よくわからんがいいということだな」


 いきなり顔つきがおかしくなったモルグレイドにたじろぎながらも、オレはお墨つきをもらったと考えることにした。



 ◆◆◆◆◆



「アルハンゼン先生、お久しぶりだな」


「……正しくは158時56分14ぶりと考える」


 重い鉄の扉がゆっくりと開いていく、白衣のすそをズリズリとひきずりながらアルハンゼン先生はたちのぼる白煙とともに姿を現した。


 まんまるなメガネの奥には死人のようによどんだ黒の瞳。長くのばされた黒髪はぐしゃぐしゃでペンやらピペットやらがからまっている。


 オグド・アルハンゼン


 オレのパーティーメンバーのうちでただ一人ゲームのシナリオにも顔をみせている妖精学の権威である。


 その浅黒い肌からもわかるように南の砂漠の国の生まれで、この世でももっとも優れた学者の集まるアレグラ大学から軍に入ってきた学者だ。


 『妖精たちの狩人』では魔術ができないサポーターとしてポーションとかを売ってくる商人ポジションにあった。今のアルハンゼン先生はなぜか魔術もいけるが。


「それで、拙はミッカネンがなにか話があると考えるが、どうか。これまでの記録からしてそれがもっともらしいと考える」


 ここ十数日ずっとラボにこもりきりになっていたアルハンゼン先生は、モルモットでもみつめているかのような冷たい目でじっとオレをみつめた。


 これだ、これだよ。


 オレは胸のうちでガッツポーズをした。好きの逆は嫌いではなく気にされないことだという名言を考えれば、オレが頼るべきはアルハンゼン先生だったのだ。


 イスファーナと違って、オレになんの情も抱いていないからこそのその瞳。思えば初めからアルハンゼン先生に頼めばよかったのかもしれない。


 アルハンゼン先生はゲームによくいる、ほぼなんでもできるタイプの博士だ。オレの頼みもなんとも思わずにひきうけてくれるに違いない。


 だが、さすがにイスファーナでオレも学んでいた。まずは軽いジャブからいく。


「ひとつ聞いておきたいことがあってな、オレのことを好きか嫌いかということなんだが」


「信頼のおけるパートナーであると考える。拙がなんの悩みもなく探求に没頭できるのはミッカネンによるところが大きいと考える」


 淡々と語りながら、アルハンゼン先生がラボのなかにあったシャーレを手にする。恐らくはここ十数日の果てにあげた戦果なのだろう。


 にしても、思ったよりは好まれているらしい。オレは石橋をたたいて渡るつもりでアルハンゼン先生のほんとうの思いについて問いなおした。


「……それは、たとえばオレよりも信じることのできる誰かが現れたらオレはどうでもいいということか」


「理論としてはそうなると考える。現実としては、わからない」


 シャーレを氷のつまったケースにしまいながら、アルハンゼン先生は難しい顔をした。オレはそんなメンバーをハラハラしながらみつめる。


「ただ、ミッカネンがそれを叶えることができれば拙としては文句はないと考える」


 よし! オレは心のうちで頷いた。


 イスファーナの時とはまるで違う。情ではなく理屈で考えるアルハンゼン先生ならばその言葉に嘘はないだろう。


 オレが誰かアルハンゼン先生の信頼できる人をみつけてこればよいのだ。というか、そもそもオレが悩むまでもないかもしれない。


 軍にとってアルハンゼン先生はオレよりも求められているところがある。


 あのガンギマリショタことアグラシュタインが人類の負けにつながることを許すはずがない、すぐにオレのかわりになる誰かをつれてくるに違いない。


 そうとわかればもはや考えることなどなにもなかった。


「わかった、実はここまでの話はアルハンゼン先生に胸のうちを口にしていいかどうかのテストのようなものだったのだ」


「それはよいことだと考える。疑いをもってものごとを試すことは学問の礎であると考える」


 オレと話をしながら、その手はラボの片づけに走りまわっている。そんなアルハンゼン先生の姿を目にして、オレは己の勝ちを信じた。


 イスファーナの時からオレも学んで、こうも回りくどいことをしたのだ。アルハンゼン先生こそオレの願いを叶えてくれるに違いない。


 オレは思いきって頼みごとを口にした。


「実は軍を辞めようと思っている。そのためにはアルハンゼン先生の手伝いが求められていてな、どうかこのオレを助けて欲しいのだが」


「ふむ、わかった」


 アルハンゼン先生はこちらに目をむけることもなく、頷いてくれた。恥ずかしいことにオレは泣きそうになった。


 ようやくだ、ようやくオレを追放してくれるメンバーをみつけた。


 これでオレはあの伝説の死にゲー『妖精たちの狩人』から逃げることができる。妖精に殺されるまで戦うのではなく、穏やかな銃後でぬくぬくと暮らせるのだ。


「だが、先ほどミッカネンがしたように拙もいくつか試したいことがある。なので、これを飲んでくれないだろうか」


 胸のうちで狂喜乱舞していると、アルハンゼン先生がなにやらコップに入った緑の水をさしだしてくる。これが追放につながるのならば喜んでいただこう。


 オレは一気にコップのうちを飲み干した。


「で、これはいったいなんなんだ、アルハンゼン先生。いったいどんにゃくしゅひ……」


 あれ、舌がうまくまわらない。


 オレの手からこぼれたコップが床に落ちて砕ける音が頭にぼわんと響く。そのまま倒れこんでいくオレの瞳はどんどんと暗くなって。


 気を失うその一瞬に目にしたのは、じっとオレをみつめるアルハンゼン先生の闇をのぞきこんだような黒い瞳だった。

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