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07 モブ、天才の乱心に苦しむⅤ

「はぁ……」


 深いため息が上官の口からこぼれる。コツコツとペンが机に叩きつけられるたび、オレは肩をびくびく震わせた。


 厄災の攻撃すらもものともしない地下深くの坑道にある司令部。その奥の粗末なチェアに深々と座るショタはオレをぎらりとにらみつける。


「貴官とイスファーナとの情愛のもつれはオグダネル城跡の語り草になっている。いいかげんなんとかしないか、これでは人類が妖精に勝てたものではない」


 ゲームでさんざん耳にした恐怖のセリフにオレは顔を青ざめさせた。このショタの上官だけは怒らせてはいけない、そのことを知っているからだ。


 アグラシュタイン・ローレライ


 軍を辞めたいオレの天敵にして『妖精たちの狩人』が誇る狂気のショタだ。


 戦果を報告する時にいろいろと気にかけてくれるこのキャラを、初めのうちプレイヤーはゲーム唯一の良心とか言って笑っていた。


 だが、しだいにその笑みはひきつっていく。


 血肉で道を築くような作戦を始めたり隠れて狩人をバラしたり、人類が勝つためには人道に背くこともいとわないトンデモキャラだったのだ。


 とくにシナリオでプレイヤーキャラが戦争を終わらせるための鍵だと気がついてからは、ありとあらゆる手で脅しつけて戦わせる鬼のような上官となる。


 なにしろ、プレイヤーキャラのむかえるバッドエンドのおおよそ40%はこの上官の手によるものであると言えばその恐ろしさが伝わるだろうか。


 軍を逃げだそうとしたプレイヤーキャラを薬漬けにしたり、ヒロインを人質にとってみせしめに凍らせた耳をよこしてきたり、もはやヤクザである。


 しかもなお恐ろしいのがそのすべてのバッドエンドで戦争で人類を勝たせていることだ。つまりは、人類が勝つことしか考えない狂ったショタなのである。


 あげくの果てについたあだ名がガンギマリショタだ。


「だいたい貴官も貴官だ。逃げまわってばかりかと思えば、数日後にはころりとされるがままになってしまう。イスファーナと話をつけようとしたことはあるのか」


「い、いや」


 アグラシュタインが深いため息をついた。思いあたるところのあるオレは気まずくてその瞳から目をそらした。


 なにしろあの晩に泣いているのを聞いてしまってから、オレはイスファーナがまとわりついてくるのを辞めさせることがどうもできなかった。


 今にも壊れてしまいそうだったあのイスファーナを思いだす。


 もし今この手をふりはらってしまうと、まるでガラス細工のようにその心が粉々に砕け散ってしまいそうで、オレはそれだけの勇気がなかった。


「トイレはともかく、シャワーは実にしゃれにならん。本官とてこんなくだらぬことを口にしたくはないが、軍には風紀というものがあるのだ」


 アグラシュタインのなぜこんな話をしなければならないのかと言わんばかりの顔をみることができない。手首につながる手錠が重く思えてくる。


 イスファーナはオレと遠ざかることを気が狂ったかのように恐れていた。


 なんとか説きふせてトイレもシャワーも扉をはさむことを許してもらったが、手錠をはずすことだけは怒りもあらわに断られている。


 なので、オレはマヌケにトイレやシャワー室の扉によりかかるほかなかった。


 ベッドの上ではあいかわらずオレに抱きついてくる。というか日に日にぴっちりとくっついてくるようになった。


 このままでは駄目だということはオレとてわかっている。だが、どうもイスファーナに話をきりだせない己がいた。


 ガンギマリショタ、アグラシュタインがまたため息をつく。


「……貴官も軍人だろう、きちんと上官としての責を果たせ」


 頭をさげて、オレは重い鉄でできた扉を閉じた。鉄と鉄がすれあう地響きのような音を耳にしながら、語りかける。


「ということだ。怒られてしまったな、イスファーナ」


 話のあいだずっと扉の脇にいたイスファーナは黙ったままそっぽをむいた。



 ◆◆◆◆◆



 それから数日、オレは話をしようとするもイスファーナは黙ったままだった。いつもなら気に食わないあの罵りが今は恋しいものである。


 いつものようにイスファーナはオレの腕にぴっしりとしがみついている。なかば諦めながらオレは談話室のはしでしわくちゃになった新聞を読んでいた。


 一時にくらべれば、ずいぶんと穏やかになったものだ。


 オレが軍に入った時は人類はかなり追いつめられていて、新聞には戦死者や軍の敗北ばかり書かれていた。今よりもはるかに人類の領土がせまかった時のことだ。


 それが、今は政治家のスキャンダルだの野菜の不作だので盛りあがっている。


「昔はびっくりするぐらいに狩人が死んでたんだな」


「そりゃそうだ、昔の狩人はオレよりも魔術の才がなかったんだろ。だからあんなに大負けしたんだ」


 聞くにたえない話が耳に飛びこんできて、オレは眉をひそめた。


 昔の戦史をつづった書を読みながら、恐らくは新米の狩人だろう若者がゲラゲラと笑っている。まだ戦地で命からがらな目にあったことがないから言えることだ。


 ああいう馬鹿がすくすくと育って軍に入ってきたのも人類があの時の絶望から逃れられた証なのだろう。


「駄目だよ、そんなこと言っちゃ……」


「だってほんとじゃないか。今よりも狩人の数はたくさんだったのに今よりも追いつめられてたってことはオレたちの魔術のほうが優れてんだよ」


「おい、いいかげんにしないか」


 オレはたまらずその狩人たちをたしなめた。


 あの時の妖精たちは実にバケモノぞろいだった。大妖精がごろごろいて厄災を目にするのもめずらしくない、そんな地獄だったのだ。


 今の妖精はあの後の人類の死にもの狂いの戦いで精鋭のほとんどを殺された後であることを忘れてはいけない。


「ほら、怒られちゃったじゃないか。黙っていようよ」


「嘘は言ってないぞ。だってそうじゃないか、この時に数十人の狩人が死んでも傷ひとつつけられなかった妖精を今の狩人がひとりで殺した記録だってある」


 脇のパーティーメンバーがとめるのもふりきって、その新米狩人はオレに挑戦するかのような目つきでにらみつけてくる。


「もしかしたらあんたはその昔から戦ってきたからかつての戦友とやらを笑われるのが気に食わないのかもしれないけどよ、オレから言わせたらそいつらは雑魚だ」


 オレの腕をつかむイスファーナの手に力がこもった。馬鹿馬鹿しい、オレはため息をついて首をふる。


「今の君がその時に狩人だったとして、すぐに殺されていただろう。妖精との戦争というのはそう甘いものではない」


「違うね、このころの狩人の魔術はよわっちかっただけだ」


 オレは新聞を折りたたんで、ソファからたちあがった。オレの顔を目にしたのだろう、新米狩人のパーティーメンバーが慌てる。


「ほ、ほんとうにマズいよ、この人ミッカネンだ! さっき言ってた数十人がかりでも負けた妖精をひとりで殺した英雄だよ!」


「ミッカネンだのなんだの知らねぇよ! あの時の狩人たちは犬死した馬鹿なんだよ!」


 それだけは聞き流すことはできなかった。あの時、オレの命を救ってくれた今は亡き戦友の狩人たちが頭をよぎる。


 戦地から逃げだそうと考える情けないオレにも守らないものはあるのだ。あいつらの名誉だけは誰にも笑わせない。


 初めて新米狩人の瞳をまっすぐにみつめる。


「なんだ、やるか!」


 うろたえたその狩人はしかし、黙るつもりはないようだった。ふと、オレはイスファーナが歯ぎしりしながらその拳を握りしめていることに気がつく。


 ほかの人をみな凡人と嘲るイスファーナにしてはめずらしいことだ。


「まて、イスファーナ。なにをしている、黙ってその手をさげろ」


 口を震わせながらイスファーナはうつむく。今にも泣きそうに瞳をうるませるパーティーメンバーの姿を目にしながら、オレは拳を鳴らした。


 駆けだして、思いっきりその新米狩人の顎を殴りつける。


 瞳をぐるぐるさせながら倒れこむそいつを踏みつけにしながら、オレはせいせいしたとばかりにニヤリと笑った。


「こういうのは、上官のオレが先に手をあげるものだ」

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