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06 天才が英雄に瞳を焼かれた日

 わたしの父は凡人だった。わたしの母も凡人だった。


 父と母は軍人で、妖精に殺されて戦死した。どちらとも才能のない狩人だったから、厄災や大妖精ではなく、ほんとうにただの妖精に殺されたらしい。


 しかたがないことだ、凡人なのだから。


 家に帰ってきた父は首から上がなかった。妖精たちの猛攻のなかでそんなものを探すことなどできないとのことだった。


 母はそもそも帰ってこなかった。妖精に喰われたのだから、もちろんの話だ。かわりに軍は勲章をくれるとのことだった。


 べつに功績をあげたわけではなく、死んだからもらえるオマケである。


 いらなかったので、わたしは家のそばのドブ川に流した。べつにどうでもよかったが、遺書にあるように墓石がふたりの生まれ育った街を一望できるようにした。


 狩人の遺族には軍と国からたくさんの金がもらえる。


 わたしはそれをすべて燃やして軍に入った。わたしは、わたしがそこらの凡人とは、親のような才能のない狩人とは、違うことを知っていた。


 かつて親につれられて魔術の才を測られたことを知っている。


 あの時、まわりの狩人はどよめいていた。その日、父と母はこれから先が楽しみだといってわたしをきれいなレストランで食べさせてくれた。


 だから、わたしは父や母とは違うのだ。


 わたしは魔術の天才だ。ただの妖精に殺されることはない、たとえ厄災の妖精と戦うことになろうとも、負けはしない。


 軍に入ってから昼夜を問わず常に勉学に努めた。


 それがたとえ銃の腕であれ指揮であれ魔術であれ、わたしは誰にも負けなかった。かつて父と母がそう口にしたとおり、わたしは天才なのだから。


 そうして、軍の狩人を育てるプログラムを首席で終えたわたしが入ったのは凡人の率いるパーティーだった。


 ミッカネンというらしいリーダーは馬鹿だった。父や母のような、いやそれよりももっとひどい凡人だった。


 すでに妖精は人類の領土奥深くに攻めこんでいて、滅びはすぐそこだった。


 誰もかれもが絶望して、やけになって戦っていた。首吊りする狩人や気が狂って裸で妖精にむかって駆けだす狩人などめずらしくなかった。


 だというのに、ミッカネンだけは違った。


 いつも明日があると信じていた。この千年の長きに渡って続く妖精との戦争に人類が勝つ終わりがあると、そう心から思っていた。


 馬鹿だと笑うやつらがいた。わたしも頷いた。


 だというのに、ミッカネンは戦い続ける。その背をボロボロにしながら、どう考えても無謀な作戦に飛びこんでいく。


 そんなミッカネンが、気に食わなくてしかたがなかった。


 なにを愚かなことを、貴様のような凡人がやっきになったところでなんにもならないというのに。その瞳に宿る光が嫌いで嫌いでしょうがなかった。


 わたしはミッカネンを嘲笑った。どうせすぐに心が折れると、どうせ逃げだすと。


 それなのに、ミッカネンが戦地に背をむけることはなかった。いつだって死にかけるギリギリの傷で生き残り、そしてまた戦う。


 人は、いつしかそんなミッカネンを英雄と口にするようになった。けっして負けることのない、人類の願いをその身に負った偉大な狩人なのだと。


 わたしは、ミッカネンを殺したいほど嫌いになった。



 ◆◆◆◆◆



 それは、冬のことだった。わたしたちは妖精を退けて手にしたばかりのとある雪山の上の陣地にいた。


 ほかのメンバーには違う軍務があてられていて、そこにいたのはわたしとミッカネンだけだったように思う。


「ほら、黒パンとスープだ。食っておかないと凍えるだろう」


「……」


「では、まわりはオレがみておく」


 ミッカネンがさしだした飯を無言でひったくる。戦っている時でなければ、心から気に食わないミッカネンと話をしたくなかった。


 ミッカネンは苦笑して、テントからでていく。


 一人きりになったテントでコートにくるまりながら、わたしは静かに暖かなスープをすすった。わたしは嫌っているというのに、よく話しかけてこれるものだ。


 まったく、あんな馬鹿がなぜ英雄などと讃えられているのか。


 ミッカネンもさることながら、己のゲッシュを考えると歯ぎしりするほどの怒りが湧いてくる。こんなゲッシュのせいでわたしの魔術はあの凡人に負けるのだ。


「なにが心から従うことのできる誰かがいること、だ。わたしは天才だ、誰の助けもいらずに一人で戦っていける」


 己にミッカネンを上官と言い聞かせてゲッシュをごまかすのは実に屈辱だった。


 知らず知らずのうちに力のこもった指が鉄でできたスプーンを曲げてしまう。ため息をついてスープを飲み干した時だった。


「イスファーナ、妖精だ。それもかなり力がある」


 顔をあげると雪を頭に積もらせたミッカネンが顔をテントにつっこんでいる。


 今すぐにでも功績をあげてこいつよりも偉くなってやる、そう己に誓ったわたしはすぐさまテントから飛びだした。


 ……それからのことは、実を言うとあまり頭に残っていない。


 あの時わたしたちに襲いかかってきたのは、これまでに戦ったことのない、厄災の妖精よりもなお恐ろしいなにかたちだった。


 わたしの魔術はまったく効かなかった。あいつのロングソードはほとんど折れた。


 今にして思うと、それは妖精たちがわたしたちを殺そうと狙ってくりだした奥の手の精鋭たちだったのだろう。こちらもあちらも、死にもの狂いで戦った。


 背に爪がかすめる。口から血が飛びだした。


 悔しいが、わたしは妖精たちに負けていた。傷だらけで、己でももう死にかけていることがわかった。


 ぐらりとゆれる。


 かれこれ二日ほど戦いぬいて、わたしは終わりをむかえた。雪のなかに倒れふし、遠くで鬼神のように戦っているミッカネンをぼんやりとながめる。


「イスファーナ! おい、イスファーナ!」


 だんだんと遠くなっていく白い雪に、わたしは穏やかに笑った。


 すくなくとも、父や母とは違ってわたしは天才らしく死ねたのではないか。やはりわたしは凡人ではないのだ。



 ◆◆◆◆◆



 瞳をぼんやりとあけると、わたしはまだ生きていた。


 目と鼻の先にミッカネンのうなじが目に入ってくる。わたしはミッカネンにおぶられていることに気がついて歯ぎしりした。


 かってなことを。この凡人に命を救われるぐらいなら死んだほうがましだった。


「なんだ、起きたか。あそこの妖精たちはみな殺したのだが、やはり傷が深くてな、いったん退くことにした」


 ミッカネンのひょうひょうとした言葉が聞こえる。


 それが、わたしには言いようのないほどの屈辱だった。天才であるはずのわたしが倒れ、残りを一人で戦って倒した凡人に助けられている。


 ありえないはずなのだ、わたしは天才でなければならないのだ。


 もう話すこともできなくなって帰ってきた父の大きくてごつごつとした手を思いだす。母が遺していった手紙の暖かな温もりを思いだす。


 わたしは天才でなければ、天才でなければ駄目なのだ。そうでなければ、天国にいるあの人たちが安心できない……!


 熱にうかされてとりとめのない考えが頭にうかんでくる。そんなわたしを落ち着かせたのは、たらりと頬を伝ってきた血だった。


「なんだ、これは? いったいどこから……」


 そっと顔をあげてミッカネンの頭を目にしたわたしは息をのんだ。


 そこにぱっかりと大きな傷がついている。よくみれば骨のうちがみえてしまいそうな、それほどひどい傷だった。


 まだ生きているのが信じられないぐらいだ。


「帰ったならまずは飯を食いたい。軍のだしてくるベーコンは死ぬほどマズいが、一周まわってクセになってきたのだ」


 よくみれば、ミッカネンのその身はぼろぼろだった。あれだけたくさん腰にさしていたロングソードはもうひとつしか残っていない。


 びっこをひくその足から伝った血が背後に赤い跡を残していた。


 考えればわかるはずだ、あのミッカネンと言えどわたしぬきであのバケモノたちと戦って、ただですむはずがないのだ。


 だというのに、こんな傷を負ってまでわたしを運んで帰ろうとしている。


 ぶるぶると震えているミッカネンの背はどう考えてもわたしより死にかけで、どうしてかそれが最後に目にした親の背と重なった。


 ずしりと風が震える。


 森の陰から巨人の妖精が姿を現した。厄災とか、大妖精ではない。ただの妖精だ。だが、今のミッカネンとわたしを殺すにはおつらえむきだった。


「ふむ、はぐれた妖精といったところか。さすがにこの道までは知られていないはずだからな。しばらくそこに座っていてくれ、さっさと始末してくる」


 ミッカネンがわたしを雪に横たえ、妖精にむかって歩いていく。その背に、わたしは悲鳴じみた叫びをあげた。


「とっととわたしをおいて逃げればよいではないか! 貴様に情けをかけられるぐらいならわたしは……」


「黙っていろ」


 ミッカネンのボロボロの背が、わたしの口を閉じさせる。


「オレは君を死なせるつもりも、死ぬつもりもない」


 フラフラの足で、ミッカネンは腰から最後のロングソードをひきぬいた。


 その戦いぶりは、あまりにも情けなくて、みてられなくて、そして頭に焼きついている。とても英雄のそれとは思えなくて、でも馬鹿みたいにかっこよかった。


 さらに傷をつけられながら、それでもミッカネンは戦うのをやめようとしない。


 駄目だ、わたしはこの人に勝てない。この世に英雄というものがいるのだとすれば、ミッカネン、この人でないはずがない。わたしなんか、ただの凡人なのだ。


「ああああっ!」


 足を踏んばりながら、ミッカネンがめずらしく声をあげる。そうしてようやく妖精の首を落として、ミッカネンは生きてわたしのもとに帰ってきた。


「さあ、いくぞ。イスファーナ」


 ミッカネンがぎこちなく笑いながらわたしに手をさしのばす。おぶられたその背に顔をうずめて、わたしは親の死を知ってから初めて泣いた。


 ああ、わたしはこの人に一生従おう、この人のために戦おう。


 それが、その日イスファーナというひとりの狩人がきめたことだった。

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