07 モブ、聖女の独善に激怒するⅤ
「ふふ、どうしたんですか。そんな怖い目をして、わたしはただ実を口にしただけですよ」
聖女の妖精が嘲るように笑う。
オレはそんな聖女の妖精の腕を背後の岩ごと大地に縫いつけた。その瞳が妖しく輝き、とたん足から頭までグズグズの快楽につつまれる。
今さらそれぐらいで腕が狂うか。
オレはそのままその足を斬り落とした。たまらず官能をこめた後光でオレを吹き飛ばした聖女の妖精は、けたたましく笑った。
「ああ、ああ! ミッカネン、わたしの初恋を盗んでいった男! なんと激しい、なんと恐ろしい、なんと罪深いのでしょうか!」
勢いを殺すために岩につきたてたロングソードがひとつ折れる。
その壊れたロングソードを聖女の妖精になげつけながら、オレは岩壁を駆けのぼってその頭上から斬りかかった。
後ずさる聖女の妖精の、鼻をそぎ落とす。
続く一撃で、口からロングソードをねじこみ頭を串刺しにした。
「かはっ!」
聖女の妖精がオレを蹴って逃げようとする。オレは敢えてその足を胸でうけて、そのまま握った足首を折った。妖精でも痛みは味わうのか、顔をしかめられる。
そんなことは死ぬほどどうでもよいが。
そのままオレは股下からまるで魚をおろすように聖女の妖精を斬り殺そうとした。それに気づいたのか、すんでのところで光でオレに膝をつかせる。
悲しいことに、オレの刃はその胸もとまでしか入っていなかった。胃やら腸やらを垂らしながら聖女の妖精はいまだ生きている。
もごもごと蠢きながら聖女の妖精はオレから遠ざかった。
「は、はあ、はあ……っ!」
先ほどのように天から降ってくる光で傷を治しながら、荒い息をしている。オレをみつめるその瞳には驚きと、ほんのわずかばかりの恐怖があった。
「お、かしいですね、天の教えに従ってわたしはミッカネンを救っているはずなのに。大魔術という新たな力を手にし、そこの牧師も屈した、だというのになぜ」
聖女の妖精が言葉を続けることはできなかった。
オレの袖口から飛ばしたナイフがその舌ごと喉をつらぬく。聖女の妖精が痛みにもがいているその隙をついて、オレはロングソードをふりかぶった。
聖女の妖精が慌てて腕を刃と己の首とにはさむ。
クルクルと白い人の手のようなものが宙を舞い、そして聖女の妖精は命からがらオレの左に転がっていった。先ほどまでいたところにロングソードがふりおろされる。
まったくゴキブリのようなしぶとさである。いや、ゴキブリに失礼か。
つかいものにならなくなったロングソードを手からはなし、オレはまた腰から新しいものをひきぬいた。快楽で狂っている耳を斬り落とし、新しく生やしておく。
傷が治っていく魔術の痛みも、まったくもって今は気にならなかった。
「どうして、どうしてそんなに……。わたしはこれほど救世に努めているのに」
聖女の妖精がボソリと呟く。そんなこともわかっていなかったのか。
オレは妖精が殺すことが人にとっての救いなのだと信じているぐらいで怒り狂ったりはしない。生きるためにそう思いこんだことをただ哀れだと思うだけだ。
だが、この聖女の妖精はそうではない。
「なぜなら、君は救世などかけらも信じていないからだ。だから魔術に陰りがある」
かつて王都で戦った時から、オレはずっとその救世などというまやかしを信じていなかった。よく考えればわかることではないか。
「なにを言って……。わたしは誰よりも人類の救世を信じて戦っているというのに」
ヨヨヨと泣き崩れる聖女の妖精に、オレは静かに問いかけた。
「ではなぜ、人を嘲る目をする」
「は?」
聖女の妖精が口をポカンとあけて首を傾げる。まさか、ほんとうに己でも気がついていないというのか。
人を快楽に落とし食らうその時、いつも聖女の妖精は口を弧にしほの暗い情を瞳に宿す。まるで下等な人というものをせせら笑うように。
「君が人を快楽で殺す時笑うのは人が救われたという喜びではない、ざまあみろという嘲りだ」
「わけのわからないことを口になさらないで。たとえ愛しいあなたであっても怒ってしまいそうです」
聖女の妖精の顔からとってつけたような甘い笑みがぬけ落ちる。
だがオレは知っている、心の奥から人の幸せを喜ぶ笑顔を。この世を恨んでも誰も怒らないほどに辛い人生でありながらそれでも人の幸せを祈れる者を。
聖女の妖精の嘘など、すけている。
「君のそれは、イングラシウスのそれとは違っている。笑顔に隠された暗がりの嘲笑をオレが気づかないとでも思ったか」
聖女の妖精が、黙りこんだ。
◆◆◆◆◆
「ふふふ、あははは……!」
顔をうつむかせた聖女の妖精が、噛み殺すように笑った。
「なるほど、わたしは故に牧師よりも先に妻子を食ったのですか。人を快楽漬けにしてその瞳をわたしだけのものとするも、その嘲笑の証と」
人の苦しみを嘲って楽しむ、そんな情しか学ぶことのできなかった妖精はここで殺しておかねばならない。聖女の妖精は、生かしてはいけないのだ。
毒花が咲き誇るかのように、つややかに妖しく聖女の妖精が顔をほころばす。
「なんと、なんと、わたしの信じる救世はただの嘘であると! さすがはわたしの愛するあなた、その心の輝きを目にしては、嘘はつけないのですね!」
己の身をかき抱いて、身もだえしながら聖女の妖精は頬を染める。
まるで恋する娘のようにその瞳を輝かせながら、しかしその口もとは嘘の優しさをかなぐりすてて欲望がむきだしになっている。
「わたしは、あなたを食べたい! あなたのその美しい心を、わたしが唯一恋したミッカネンを、わたしだけのものにしたい!」
だらだらと口からよだれを垂らす。瞳には狂気の光が宿り、唇を舌なめずりしたその姿はもはや聖女などではなかった。
そこにいるのは、一人の妖精だ。
悪逆に落ちた聖人のように、聖女の妖精は蠱惑の笑みをうかべる。目にするだけで、耳にするだけで、香りをかぐだけで、人を殺す快楽が降りてきた。
湖のほとりにいた人はみな死んでいる。
あまりもの官能に、その身が壊れてしまったのだ。そして、それは湖にたたえられた水も、この地下洞をささえる巨岩も違わない。
快楽に染まった水がドンドンとにごっていく。
巨岩はボロボロと崩れだした。
そのなかを、オレは聖女の妖精にむけて駆けだす。この身がドンドンと官能につつまれ焼け落ちていくのを、気にもかけない。
ただ、心はひたすら聖女の妖精を殺すことだけに。
「ああ、そうです! そうして、わたしだけをみつめて! あなたの美しい心を、ほんのわずかだけでも独り占めなんて、なんという幸福なんでしょう!」
聖女の妖精がまるで歌うように語りかけてくる。その音を伝えた風は、そのままグズグズにとろけていった。
聖女の妖精のそばによるだけで崩れていくロングソードを、それでも折れる一瞬までふるい続ける。その純白でやわらかな肌を傷つけていく。
「ああ、楽しい……! これが恋するということ、わたしが心の奥から屈したい、そう願う人と殺しあうということ!」
血まみれになって死にかけているというのに、聖女の妖精は幸せそうだった。
その瞳には、オレの影しか入っていない。その魔術のすべてを、官能のすべてをオレに叩きつけている、この時こそをオレは狙っていた。
足をすべらせたふりをする。そのまま聖女の妖精の胸もとに倒れこむふりをする。
「まあ、いらっしゃいな。わたしが救って、いいえ、愛してさしあげますから」
なんの守りもなしに快楽の沼に足を踏み入れようとしているオレに、聖女の妖精ははちきれんばかりに笑った。ふれるだけで千もの命をうばるだろう腕をひろげる。
ダン、と風が震える。
「がほっ」
聖女の妖精の口から、血が吐きだされた。
その身をさいなむ地獄のような官能に、血がでるほど歯を食いしばってそれでもこらえたイングラシウスの拳がその胸もとをつらぬいていた。
オレばかりを気にしているからそうなるのだ。忍びよってきたイングラシウスに息をあわせ、オレは地を踏みしめてロングソードをふりあげる。
死から逃れえぬと気がついただろうに、それでも聖女の妖精は穏やかに笑った。
「また、お会いしましょう」
そう呟いた一瞬の後、その首は飛んでいった。




