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05 モブ、聖女の独善に激怒するⅣ

 クルクッタ。


 死にゲー『妖精たちの狩人』において、プレイヤーキャラたるラディムが現れるより先に英雄として人類を守り続けてきた狩人。


 シナリオの始めのほうでチラチラと名があげられるキャラクターである。


 しだいに魔術が衰えていたクルクッタは、ラディムが人類を救う勇者として育っていくのを目にして、ゆっくりと銃後へとさがっていった。


 そんなクルクッタはオレの親友で、故郷にいたころはいつも一緒に野山を駆けずりまわって遊んでいた。


 だが、死んだはずだ。


「どうしたんだよ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔しやがって」


「生きてるのか」


 焦げ茶のあかるい髪が風にたなびいている。村ではいつもオレをつれまわしていた親友のクルクッタは首を傾げた。


「そりゃ生きてるだろ。頭でもうって馬鹿になっちまったか」


「妖精はどこにいったんだ」


「なんだ、またバアサンからおとぎ話でも聞かされたのか。妖精なんてこの世にいるわけないってのに」


 嘘だ。


 いくらなんでも千年も続く人類と妖精との戦争を知らないはずがない。村からも若者が兵として戦地にむかい、そして死んでいった。


 クルクッタの口ぐせは人類を救う狩人になる、だ。


 だから、オレに話しかけているこのクルクッタは嘘である。だというのに、オレはその焼きたてのパンのような暖かな茶の瞳から目をそらすことができない。


「なんだよ、ほんと今日はおかしいぞ。熱でもあるのか」


 スカートに手をあてて、クルクッタがオレの顔をのぞきこんだ。


「あー、ミッカネンとクルクッタがまたイチャイチャしてるー!」


「ヒュー、ヒュー! お熱いことですなー!」


「うるせぇ、黙ってろ! オレとミッカネンはそ、そんなもんじゃねえよ!」


 遠くからからかってくる子どもたちに、顔を赤くしたクルクッタが怒鳴る。それは、あまりにも現実ばなれした穏やかな光景だった。



 ◆◆◆◆◆



 干し草をピッチフォークですくう。


 あの後、家に帰ったオレをまっていたのは死んだはずの父と母だった。ほとんど泣かないおかしな赤子を、それでも愛してくれたすばらしい親である。


 そうして、オレは数日をこの村で暮らしていた。


 あまりも穏やかで、怖くなるぐらいだった。砲弾の音も、腕が吹き飛ばされた悲鳴も聞こえてこない。


 だからこそ、ありえない。


 この村での生き残りはオレひとりだ。軍をかいくぐって人類の領土奥深くに入ってきたたかが雑魚の妖精ひとりに、ほかの村人は食われつくした。


 そのはずなのだ。


「クルクッタ、君の夢はなんだ」


「なんだ、いきなり。いっつも話してるだろ、オレの夢は医者になってみんなを救う英雄になることだ」


 ふと、問いかけてみる。


 クルクッタの言葉は、実にらしかった。聖女の妖精もクルクッタのことは知らないはずだから、これはオレの心が生みだした幻想なのだろう。


 もしもこの世が死にゲーではなく妖精もいないのならば、それでもクルクッタは人助けを、英雄を夢みるのだ。


 だが、だからこそオレは思いださなければならなかった。


「そろそろこの夢から目をさましたい」


「っ、いいじゃねぇか。ずっとここにいろよ、夢のむこうは辛くて苦しいコトばっかだぞ」


 気がかりだといわんばかりにクルクッタが目をふせる。


 しかし、もはやこの嘘にオレの心はたえられそうになかった。クルクッタの姿をした人影が、オレに笑いかけるたび心が軋んでいく。


「クルクッタは死んだ。暖炉に隠れた臆病で卑怯なオレにおおいかぶさって、妖精に食われながらオレを守って死んだ」


 滴る血。妖精の荒い息。クルクッタの激痛をこらえる歯ぎしり。


 それでも、オレが生きていることをその死の一瞬までひたすらに喜んで、英雄に憧れたクルクッタは食われていった。オレがかわりに死ぬべきだったのに。


「そんなに思いつめるなよ、オレはべつに……」


 ああ、このクルクッタの言葉もまたオレの頭の生みだしたものだと考えると吐き気がする。オレは一生許されるはずがないのだから。


 クルクッタは死んだ、軍に入って人類を救うはずだったクルクッタは死んだ。


 そのかわりに、かつて死にゲーとしてこの世をプレイしただけの嫌らしいオレだけが生き残った。


 だから、オレは軍に入ったのだ。クルクッタが生きてなし遂げるはずだった栄光を、人類の救世を、この手でつぐなうために。


 オレはラディムやクルクッタのような英雄にはなれない。


 だから、せめてでもラディムがやってくるその時まで、人類をもちこたえさせる。それがこの世で英雄となるはずだったクルクッタを殺したオレの責だ。


 ここでオレがこの幻想に飲まれれば、ラディムは死ぬ。


 いくらプレイヤーキャラだとはいえ、いきなり聖女の妖精を殺せるはずがない。オレが殺したはずなのだから、オレが始末しなければならない。


「……そうだよな、おまえはそういうやつだった」


 しばらく顔をうつむかせた後、クルクッタがニカリと笑う。


「いってこい、オレのぶんまでがんばってくれよ!」



 ◆◆◆◆◆



 「ミッカネンさん、しっかりして! 血、血が!」


 ぱちりと瞳をひらける。悲痛な顔でゆさぶってくるラディムの背後に、オレは聖女の妖精の姿を目にした。


 ロングソードをひきぬき、ラディムをその毒から守る。


「あら、あらあらあら」


 手首を斬り飛ばされた聖女の妖精はオレをみつめ、首を傾げた。


「おかしいですね、わたしはミッカネンにこの世のものとは思えぬ幸せをあげたと思ったのですが。どうしましたか」


「君の言う幸せは人の言う幸せではなかったということだ」


 まっすぐにその瞳をみつめる。


 聖女の妖精はどこまでいっても心が妖精なのだ。人を肉としか思わず、ただその飢えの苦しみから人を食う。口にする人類の救いなどはまやかしにすぎない。


 もしもこの聖女の妖精に心があるとすれば……。


 その時であった。


 背後からイングラシウスの腕がまわされ、抱きつかれる。その荒い息が、オレのうなじにかかってくすぐったい。


「英雄ミッカネン、でもそこの牧師さんは違うようですよ」


 聖女の妖精がクスクスと笑う。


 たまらずつき飛ばしたイングラシウスの赤らんだ顔を目にして、オレは顔をしかめる。おかしい、かつてはこんなにはやく快楽に負けてはいなかった。


 魔術によって鋼となったその身は、そう易々と官能に屈しないはずなのだ。


「昔は神の教えとやらでわたしの救いに頷いてくださりはしませんでしたが、今は楽しいことにはすぐに従ってくれて嬉しいです」


 聖女の妖精の言葉が、するりと耳に入りこんでくる。


 後光を背にしながら、にんまりとまるで三日月のような笑みをうかべ、聖女の妖精はオレに語りかけた。


「ミッカネン、あなたがこの牧師に人生を楽しむということを教えてあげたのでしょう。なんとすばらしい、さすがは英雄、わたしの愛するあなた!」


 聖女の妖精のゾッとするほど歪んだ目つきにすべてを知る。


 この妖精は、よりによって神の教えという呪縛からときはなたれたイングラシウスが胸の奥で育んでいた、いまだやわらかい心を踏みにじったのだ。


 初めてこの世を楽しむということを知ったイングラシウスの心につけいったのだ。


 イングラシウスが頬を赤らめながらオレの足にまとわりついてくる。オレはそんなイングラシウスをゆっくりとひきはがした。


「これもすべてあなたのおかげです」


 つまり、このクソみたいな妖精は。


 オレにクルクッタの夢をみせて嘲笑い、呪縛から逃れたイングラシウスをだまして嘲笑ったというわけだ。なるほど、オレは笑った。


 妖精というものに罪があるわけではないことぐらいはオレも知っている。妖精とて人を食わねば死んでしまうのだ、人を殺すしか道がない哀れなものなのだ。


 だが、この聖女の妖精は違う。


 ただ殺すだけ食らうためだけならば、こんな風にこの湖岸に人をもだえさせる訳がない。そこにはたしかにあの妖精の好みが入りこんでいる。


 吐き気を催すほどの残虐なる好みである。


「殺す」


 オレは初めてというぐらい激しく妖精に激怒した。

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