02 モブ、聖女の独善に激怒するⅠ
オグダネル城跡、そして戦地の地下には巨大な地下坑道がひろがっている。これまで人類がそれぞれの陣地とを結ぶために掘ってきたものだ。
トロッコがすぐそばを走るなか、さらに深くへと続く縦穴に目をやる。
「ほんとうに、ここに潜っていかないといけないんですか……」
「それがラディムの栄えある初軍務ということになるな」
湿った風が流れだしてくる暗い坑道をみつめながら、ラディムがその身を震わせた。初めは怖がるのはわかるが、狩人なら誰もがとおる道である。
「あらためて話しておくが、オレたちはこれから第三六七坑道をもって妖精の後背にまわり、攻勢をしかける戦地のために遊撃をおこなう。わかっているな」
「はい」
『( ̄^ ̄)ゞラジャー』
ラディムがちいさく頷く背後でイングラシウスがスケッチブックをかかげる。そのイングラシウスにオレは目くばせをした。
オレのパーティーは言ってはなんだが人づきあいのできないやつばかりである。
イスファーナはすさまじく勝気であるし、アルハンゼン先生は人にろくに興味をもたない。なので、新人を軍務にならす時に苦労するのだ。
かつて新人の初めての軍務をイスファーナとこなしたことがあったのだが、親しくなるためのちょっとした会話をすべて無駄だと言い放ったのには閉口した。
その後にオレがその新兵のメンタルケアに走りまわったのは言うまでもない。
だがまあ、イングラシウスなら困ることはないだろう。縄ハシゴを降っていく黒いカソックをみつめながら考える。
気になることは、スケッチブックのみでしか話ができないことぐらいだ。
イングラシウスが降りきったらしく、下から手を叩く音が聞こえる。先にラディムを降らせようとすると、その手を握られた。
「そ、その、ボク目にしてしまったんですけど……」
青い顔をしながらも、勇気をふりしぼるようにしてラディムが口をひらいた。
「朝食でミッカネンさんが口につけていたフォークをイングラシウスさんが、その、手にとって胸ポケットにしまってたんです」
オレは胸のうちで新人の軍務にイングラシウスをつれていくのをこれきりにすると誓った。駄目だ、イングラシウスは下手すると新人にトラウマを植えつけかねない。
「ぼ、ボクはどうするべきだったんでしょうか……?」
ふるふると震えているラディムは実に気の毒である。恐らくは朝にイングラシウスの狂気を目にして、ずっと恐怖しながらオレと二人になれる時を探していたのだろう
「そうだな、もう考えないことにするといい。あれはもうどうしようもないんだ、オレのせいでああなってしまった」
ラディムと目をあわせて優しく語りかける。
「あと、イングラシウスの一室にある祭壇はけっして手をふれないように」
◆◆◆◆◆
「軍務にでたはずの狩人のパーティーが帰ってきていない、と」
ラディムが首を傾げている。オレの長年の勘がこういう時は実に困ったことになると告げていた。
「はい、そうです。傷病人がいるとのことでここで集まって医師による手あてをうけるはずだったのですが、まったく姿がみえず……」
「わかった、その狩人のパーティーはこちらで探しておくから、アグラシュタインにその旨を伝えてくれないか」
その狩人のパーティーがただ単に道に迷っただけかもしれない。
だが、名を聞いた限りではかなりの熟練の狩人が率いているパーティーだ。いまさらそんな初歩のミスを犯すとは思えなかった。
それに、こういう時はもっとも恐ろしい考えが正しいとしておくべきだ。
「この地下坑道のどこかに厄災、下手をすればさらに手のかかる妖精が入りこんでいるかもしれない。この坑道には誰も入れないようにしてくれ」
「はっ」
軍医たちが縄ハシゴを登っていくのをきちんと目にしてから、オレはラディムの背をたたいた。初めての軍務から苦労するものである。
「きな臭くなってきたが、狩人になったらこんなイレギュラーが日常となる。今のうちに心がまえをしておくとよい」
「その、ほかの狩人がやってきてからでは駄目なのでしょうか。戦力を集めずに闇雲に攻撃することは馬鹿のすることだと軍大学で……」
顔を青ざめさせながらも、ラディムはオレに問いかけてきた。
恐らくそれは恐怖によるものではないし、まったくもって正しい考えだ。ただ、ことオレたちにおいてはそれは許されない。
「オグダネル城跡に残る狩人がやってきたとしても戦力は違わない、それがアグラシュタインがオレたちを評して言うことだ」
己で口にするのもなんだが、オレやイングラシウスは狩人としてけた違いの単騎の戦力がある。ゆえにこそ狩人をほかにつれてきたとして焼け石に水である。
だからこそ、オレたちは退くことが許されない。
「今ここにいるオレたちが敗北すること、それはそのまま背後のオグダネル城跡の壊滅につながる。ゆえに負けることはできないというわけだ」
まったく困ったことである、だから戦地は嫌いなのだ。
黙りこんでしまったラディムに苦笑する。気にしなくとも、プレイヤーキャラたるラディムはこれからそんなオレたちも越えた神のような力を手にするというのに。
「ここからは魔術炉に火を絶やすな。いつ妖精が飛びだしてきてもよいように常に気をぬいてはならない」
唇をきっと結んだラディムが敬礼する。ロングソードをひきぬいて、オレたちは帰ってこないというパーティーのくるはずの道をたどって歩いていった。
◆◆◆◆◆
ピチャリ、ピチャリと水の滴る音が聞こえてくる。
大地に染みこんだ雨水、それがゴウゴウと流れる地下の川。そのほとりに続く坑道を歩いていたその時だった。
オレはなにか耳にした気がして足をとめる。
ラディムとイングラシウスが黙ったまま岩陰に隠れた。オレもまた、ぬれた岸壁からそっと川のほうに目をやる。
ずぶ濡れになりながら、狩人たちがあちこちに倒れていた。
みな、白目をむいて口をだらしなくひらけ、よだれをダラダラと垂らしている。わずかにビクビクと震えているのが唯一の生きている証であった。
まず違いない、妖精の手にかかったのだ。
しばらくして、その下手人らしき妖精がやってくる水音が聞こえた。ピチャピチャと川上から人のかたちをした妖精が姿を現す。
目についたのは、純白のゆったりとしたローブ。
白の長髪がゆらゆらと腰でゆれている。その頭にはサリウス教の司教がかぶるような美しくて華やかな冠が鎮座していた。
まさか、目を疑う。そんなことはありえない、かつてこの手で殺したはず……。
「こんにちは、お客さま。恥ずかしがって隠れていらっしゃらないで、こちらにいらっしゃいな。わたしが幸せにしてあげますから」
まるで脳をとろけさせるような、甘い音がその口から紡がれる。
優しげに細められた黄金の瞳が、オレたちにむけられた。つややかに弧を描いた唇が、オレの顔を目にしてポカンとひらけられる。
考えるまもなく、オレはロングソードを握りしめて飛びだした。
こいつは息をしているだけで死人の山を築く、ほんのわずかでも生かしておくわけにはいかない。どうやって地獄から蘇ったのかなどどうでもいい、ここで殺す。
「ああ、英雄ミッカネン。わたしの慈悲をお断りなさった大罪人、わたしの首をお斬りになった仇敵」
清らかな、まるで聖人のような姿をしているこの妖精が、まるでラフレシアの花のように妖しく瞳をゆがめた。
その足もとに一瞬で踏みこみ、ロングソードをふりはらう。鋼の刃が、その作りもののような白の首にかかろうとする。
かつて王都を一晩で陥落させ百を数える狩人を食らった人類の宿敵、聖女の妖精はまるでドロドロに熟したイチジクのように笑った。
「そして、ああ、わたしの恋した人」




