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30 モブの輝きに瞳を焼かれて病んじゃったパーティー

 ぱちりと瞳をひらける。


 いつのまにかベッドに横になっていたオレは、顔をのぞきこんでいたモルグレイドと目があった。その瞳がかすかに震えたかと思うと、ふいと背けられた。


「ようやく起きた、まったく死んでしまいそうなほど退屈だったよ」


「モルグレイドか、よかった。生きているんだな」


 未だ思考がまとまらない頭をむりやりに働かせ、オレは痛みをこらえながら起きあがってまわりに目をやる。どうやらオレは病室にいるようだった。


 手に握るリンゴをナイフでむきながら、モルグレイドはそっけなく呟く。


「おかげさまでね」


 そして、そのリンゴをフォークでオレの口に放りこんできた。恐らくは久しぶりなのだろう果実の甘みに舌が喜ぶ。


 オレはそっとモルグレイドに目をやった。


 狂って花吹雪のまんなかにいたモルグレイドは文字どおり純白に染めあげられていて、人を失ってしまっていた。だが、ここにいるのはいつものモルグレイドだ。


「もう飢えはおさまっているのか」


「君の暖かな心を飽きるほど食べたおかげかな。どうしてか、心というものがわかったような気がするんだ。たぶんもう飢えずにすむんじゃないかな」


「そうか、それはよかった」


 よくわからないが、それだけでオレの苦労も報われるというものだ。


 戦友が死なずにすんだことが嬉しくて、オレは思わず笑顔をこぼしてしまった。そんなオレを目にして、モルグレイドが顔をうつむかせる。


 それっきり白で染めあげられた病室には空虚な沈黙が漂った。


「……ありがとう、僕を救ってくれて。僕に心を教えてくれて」


「気にすることはない。オレと君とは戦友だからな」


 ふと、ゴミ箱に赤いリンゴの肌が山のようになっていることに気づく。そういえばモルグレイドはいったいいつからオレのそばにいたのだろうか。


「まるまる一ヶ月ずっと気を失っていたんだよ、君は」


 ぼそりと、モルグレイドが呟いた。


「でも、おかしいね。ひと月ずっと君の顔をみつめているはずなのに、まだまだ目にしていたくなる。飽きるなんてないほどに、君への思いがこみあげてくる」


「モ、モルグレイド?」


 純白の花びらがまるでオレをつつみこむようにモルグレイドから流れてくる。オレを花吹雪に閉じこめたモルグレイドは、その青い瞳でじっとのぞきこんできた。


「ああ、これが心というものなのか」


 その桜の唇が、まるで蜜に誘われる虫のようにオレによってくる。


 のけぞって逃れても、モルグレイドはどこまでも追いかけてきた。いよいよくっつきそうになって、オレはぎゅっと瞳を閉じる。


「……つまらない者がきたな」


 その時、ガタンと頭上のダクトから黒いカソックが落ちてきた。イングラシウスがモルグレイドに電撃のような殴打を放つ。


 ぶわりと花びらに散ったモルグレイドは、顔をしかめながら窓によりかかってまた人の姿になった。


「なんだい、イングラシウス。ミッカネンの汗をふいた布を密かにもち帰っていた君に邪魔される筋あいはないと思うんだけれど」


『o((;>口<;))o キ、キスハ不敬デス!』


 顔を赤くしながらイングラシウスがスケッチブックをかかげる。その足もとのタイルは砕け散っていた。


 続いて扉のほうからドタドタと駆けてくる音が聞こえる。吹き飛ばさんばかりに勢いよくあけられた扉から踏み入ってきたのは、残りのパーティーだった。


「おい凡人、起きたならそう言え! 天才たるこのわたしを気が気でなくさせるなど無礼だとは思わんか!」


 イスファーナが勢いよく飛びこんでくるものだから、オレは未だ治りきっていない傷が激痛を走らせてもだえた。


 オレに抱きついて顔をペタペタさわってくるイスファーナの首をアルハンゼン先生がつかんで放りなげた。


「イスファーナが天才というのなら、病人に手荒なことをすべきでないことぐらいは知っているものと考える。つまり、馬鹿であるか」


 バチバチと二人がにらみあう。オレは懐かしくすら思えるいつものことになってしまったパーティーの光景にため息をついた。



 ◆◆◆◆◆



「さて、貴官はこのたび軍に断りも入れずに教官の職をほっぽりだし戦地に帰ったわけだ。もちろんだがトロッコの無断乗車もふくめ背いた軍規は山のようにある」


 アグラシュタインがコツコツと机をたたく。オレは肩を縮こまらせてひたすらに頭をさげた。


「だが、それを黙って許した本官にも責があるだろう。それも踏まえ、この書類にサインをしてくれればすべてが不問になる」


 教官の話はなしになったそうだ。オレはこのままオグダネル城跡でこれまでのように狩人を続けることになる。


 まあ、戦友の命とひきかえならばしかたがないか。


 オレはアグラシュタインの渡してきた紙の束に目をやった。書かれているのは、狩人として守られている人権を一年失うというものである。


 ……なるほど、ガンギマリショタらしい。


 これから一年のあいだなにをされるのか考えたくもなかった。もしかするとあの時モルグレイドを救おうとしたオレを黙ってとおしたのはこのためとすら疑う。


 だが、オレは従うほかない。


 オレのサインが入った書類を手にしたアグラシュタインは、久しぶりにゾッとするような笑顔をみせた。


「これで、すべて良しと」


「は?」


 オレがサインした書類、その紙の束の一番後ろをアグラシュタインが手にとった。


 どう考えても軍のものとは思えないその書類にはバッチリと転写されたオレのサインが書きこまれている。もちろん、そんなことにオレは気づいていなかった。


「これはもういらんな」


 人権を失う旨の書類をガンギマリショタはあろうことか暖炉の火にくべた。訳がわからない、首をギリギリと傾げるオレに、アグラシュタインはにやりと笑う。


「これがなんだかわかるか」


「婚、姻、とどけ……?」


「そうだ。つまり本官は今この手に貴官のサインの入った婚姻とどけを握っているというわけだ」


 なにか、とてつもなく嫌な気がする。


 あの燃やされた書類よりもはるかに恐ろしいなにかに、オレは筆を入れてしまったのではないだろうか。脅えてそっと後ずさってしまった。


「さて、どうせこの話をどこかで聞いているだろう英雄のパーティーの諸君よ。話をしよう」


 ガンギマリショタがオレのサイン入りの婚姻とどけを手にもってゆらす。


「本官としてはミッカネンが軍を辞めたがっていることにとても頭を悩ませているのだ。そのため、本官の悩みにもっとも貢献した者にこの書類をやろうと思う」


 気がつく。


 窓に目をやると白い花びらが舞っているし、床をべちゃべちゃと小さな肉塊が這っていた。頭上のダクトは騒がしいし、背後の扉から頭をぶつける音がする。


「このポンコツと結ばれたければ終戦まで軍から逃がすなと言っているのだ」

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