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03 モブ、天才の乱心に苦しむⅡ

「ふっ、ふふ……。そ、それは実に災難だったね」


「黙れ、それでおもしろがっているのが隠せてるとでも思っているのか」


 ダイニングホールにて机につっぷしながら、オレは笑いを噛み殺しているひとりのパーティーメンバーをにらみつけた。


 つややかな銀の長髪が雪どけ水のように肩を流れ落ちて腰のあたりでゆらめいている。いつもは清流のように澄んでいる青の瞳は今は笑いかけて歪んでいた。


 人の不幸をつまみにして喜んでいるこの人でなしの名はモルグレイド。


 古くから親しくしている戦友で、パーティーでオレの胸のうちを伝えることができる唯一のメンバーである。


「初めてベッドに女を許したんだろう。今の思いは?」


「夜の闇でギラギラと輝くあの赤い瞳が頭に焼きついて忘れられない。これから恋人ができたとしてもあの晩の恐怖がフラッシュバックしてトラウマになりそうだ」


「ひっ、ひぃーっ! もう駄目だ、笑い死んでしまう!」


 オレは死んだ魚の目で笑い転げるモルグレイドを呪った。悩みを話して馬鹿笑いしてくるこいつはもう友達じゃねえ、敵だ。


 しばらく苦しそうにしていたモルグレイドがようやく笑うのをやめる。未だニヤニヤとしながら話の続きを聞いてきた。


「それで、君はどうやって逃げてきたんだい。話を聞く限り、手錠でつながれてイスファーナと寝たんだろう」


「イスファーナが瞳を閉じてしばらくしてから鎖をちぎって逃げた。それから朝まで談話室のソファの下に隠れて横になって、朝食をとっているのが今だ」


 モルグレイドがあきれたような顔をする。


「イスファーナがどうのと言いながら君もなかなか荒っぽいところがあると思うよ」


 馬鹿を言うんじゃない、どう考えても手錠なんてブツをもちだしたあいつのほうが危ないだろう。


 なぜか酸っぱい香りのするベーコンを噛みちぎる。あいかわらず軍の飯は馬鹿舌のオレすらマズいとわかる。戦地では飯そのものが貴重なので食うしかないのだが。


 モルグレイドのトレイに目をやると、カップとクルミの実がひとつだけしかない。


「あいかわらず食が細いな。君と会って長いが、きちんとした飯を口にしているところを目にしたことがない」


「ほら、僕は女の子だからね。紅茶と果実で生きていけるのさ」


 長年の疑問を口にすると冗談で煙に巻かれる。モルグレイドはこういう謎めいた口調で人をからかうのを好む困った女なのだ。


 だが、こんなふざけたやつしか悩みを話せる友人がいないのもオレの悲しいところである。オレはため息をついて恨みつらみをぶちまけることにした。


「そもそもだ、あんなくだらない冗談で怒り狂うイスファーナのほうが駄目だと思わないか。日頃からオレを嫌いって言ってんだから喜ぶべきだろう」


 モルグレイドが頷いてくれることを願ってオレは顔をあげる。だが、オレが目にしたのはなぜかひいた顔をしている友人だった。


「まさか君はイスファーナが怒ってるのか訳がわからないなんて言うつもりかい」


「そうだが、なにか文句でもあるか」


「ないわー、これは僕でもないわー」


 まるでウジ虫でもみているかのような目で、己の身を抱きしめたモルグレイドが俺から遠ざかる。そんな暗にオレを責めるようなモルグレイドにかちんときた。


「さっきの話でオレがいつ罪を犯したというのだ。オレはすべて良識に則って極めて正しい判断を下したつもりなのだが」


「いや、これは君に責があるね。これだけは断言していい、君は女の敵だよ」


 なぜか助けを求めたはずのモルグレイドにすら断罪される道理がオレにはわからなかった。気まずくなったので話をそらす。


「そういえばアルハンゼン先生とイングラシウスはどうしたんだ」


「先生はあと五日はラボからでてこないね。イングラシウスは祭礼の月だからこれからひと月は神に祈りを捧げてるよ」


 姿がみえない残りのメンバーのことを聞いてみるとしばらくは顔をみせないとのこと。ということは、と考えを巡らせたオレは顔を青ざめさせた。


 モルグレイドがイタズラっぽく笑ってウインクしてくる。


「僕は気のきくいい女だからね。これからはできるだけ静かにして、君とイスファーナが絆を深めるのを楽しくながめるとしよう」


「お願いします、それだけは許してください」


 オレはすぐさま机に頭をつけてモルグレイドにすがりついた。スプーンで紅茶をかき混ぜながらモルグレイドは楽しそうに悩むふりをする。


「うーん、女心をもてあそぶ君なんかよりイスファーナのほうが好ましく思えるからねぇ。どうしようかな」


「だから、オレがイスファーナを傷つけたような言い草はやめてもらいたい。それはまったく根も葉もないデマだ」


「はぁ、君はまだそんなことを言うのかい」


 もの言いをいちいちつけるオレにモルグレイドがため息をついた時、ようやく起きたのだろうイスファーナの怒声がちょうど聞こえてくる。


「おい、ミッカネン! 貴様、この天才をおいてどこに逃げた!」


 モルグレイドが良からぬ謀略を思いついたように笑う。マズいと気がついたオレが朝食のトレイを手に駆けだす背後で、水晶を砕いたような告げ口が聞こえてきた。


「おーい、ミッカネンならダイニングホールにいるよ!」



 ◆◆◆◆◆



 コトコトとゆれるトロッコの上は、誰かが死んだのかと思うほど沈んでいた。乗りあわせたほかの兵も、オレのパーティーの不穏な静けさに口を閉ざしている。


 軍が駐屯するオグダネル城跡とあちこちの陣地は地下を走るトロッコによって結ばれている。弾薬や飯、あるいは兵を運ぶ軍の大動脈といえるだろう。


「おい、へそを曲げるのは好きにすればいいがその目つきだけはどうにかしろ」


「黙れ凡人、貴様は許されざる大罪を犯したのだ。宣告したはずだぞ、このわたしが目を光らせると。だというのに貴様は逃げてばかり……!」


 さすがにそんなところでほかの兵に迷惑をかけるわけにはいかない。だが、軽くイスファーナをたしなめてもギリギリと歯ぎしりの音が聞こえてくるだけだ。


 オレはため息をついた。


 ダイニングホールにてモルグレイドにだまし討ちされてからオレとイスファーナは死にもの狂いの鬼ごっこに興じたのだが、さすがに軍務からは逃げられない。


 しかたなくこうして肩をならべてトロッコにゆられることになったのだ。もちろんイスファーナは激怒している。


「しかたがないだろう、オレとて君に昼夜を問わずつきまとわれる気はないのだ」


「……」


 痛っ! オレはとんでもない力で握りしめられた手をさすった。


 頼りになるかと思われたモルグレイドもニコニコと楽しそうにこっちに目をやるだけで助け舟のひとつもよこしてくれない。


 こっちをチラチラ気にしている新兵にはすまないが、殺伐とした戦地にむけた肩ならしと思ってもらうほかなさそうだった。


「二〇三陣地だ、砲兵どもは降りやがれ」


 トロッコが陣地につくたび、ほっとした顔で兵が去っていく。そうして奥にむかうにつれ、トロッコが運ぶ人影と弾薬はどんどんなくなっていった。


 かわりにすれ違うようになるのが、白い布を運ぶトロッコである。


 オレは布のはしからダラリと垂れさがる血まみれの手から目をそらした。いつまでたってもああして黙りこくって国に帰っていく死人を目にするのは嫌いだ。


 あの死人を乗せたトロッコが教えてくれるのは兵たちが落としていく命の軽さ。そして、この先の終点が人類と妖精の戦争における一等地であることだけだ。


 悲しむべきか、そこがオレたちのむかう陣地でもあるのだが。


「おい、そろそろ陣地につく。わかっているな、イスファーナ」


「黙れと言ったはずだが、馬鹿にはそれすらわからんか」


 未だギリギリと歯を鳴らしているイスファーナに冷たい瞳をむける。


「軍務だ」


「……ちっ」


 イスファーナが舌うちをしたその時、ズンと風が震えた。イスファーナの胸もとにある魔術炉に火が入ったのだ。


 『妖精たちの狩人』にて、狩人とは魔術をもって妖精を殺すことのできる人類の奥の手である。魔術炉を胸に埋めこんだ狩人たちは人を越えた力を手にするのだ。


「〇〇三陣地、妖精の森を目にすることのできる唯一の陣地だ。英雄のパーティーさんよ、人類を頼んだぜ」


 そして、ゲームのシナリオが未だ始まっていない今のところ、オレたちはもっとも優れた狩人たちのパーティーということになっている。


 オレとしてはすぐにでも軍から逃げたいのだが、臭い飯を食わせてもらっている上はそのぶん働かなければならない。


 血を流して大地でもがく兵たちが心から願う英雄、それがオレたちの軍務だ。


「さあいくぞ、イスファーナ、モルグレイド」


 ―――――ここからは妖精を殺しつくす狩人の時だ。

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