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29 モブ、旅人の追放を断るⅥ

 アルハンゼン先生を守るかのように肉塊がその姿をおおい隠す。そのピンクの脂肪を純白の花びらはまるで荒れた海のようにどんどんと削りとっていった。


「やけに嫌な香りのする花どもめ、いいかげん諦めて屈しておけばよいものを」


 アルハンゼン先生に飛びかかったそんな花びらの群れにイスファーナが従える花びらをぶつける。ひょこりと肉から顔をだしたアルハンゼンに青筋をたてた。


「おい、学者もどき。ひきこもっていないですこしは手伝ったらどうだ」


「断るのである、拙は学者モドキであって戦いは上手ではない。幸いなことにここには魔術の天才がいらっしゃるのであるからそちらの手落ちであると考える」


「ぬかすな。っ、吹き飛べ!」


 頭上から降り落ちてくる、王都ほどもありそうな花びらの山をイスファーナがはねのける。No.10の絶えることのない爆撃が散らされたそれらを焼きつくした。


 息をつくひまもなく、大地の奥から花びらが湧きあがってくる。


「黙って沈め」


 地を踏みしめて命をくだすイスファーナの背後から、目にみえないほど細やかに砕けた花びらが忍びよった。が、飛びこんできた赤い閃光が盾となる。


 その鋼の筋でもって花びらに傷ひとつつけさせなかったイングラシウスは、その身を弓なりにひきしぼった。ビリビリと風が震える。


 続いて放たれた正拳づきが、純白で塗りつぶされた虚空に穴をうがつ。


「No.2、いったん食らいつくすべきと考える」


 ぶわりとひろがった肉塊が三人をつつみこみ、そして荒れ狂う花吹雪を飲みこんでいく。だがしばらくして勢いに負けてしぼんでいった。


 イスファーナが怒鳴る。


「っ、しょうこりもなく馬鹿のように……! 後どれほどもちこたえればよいのだ、凡人!」



 ◆◆◆◆◆



 花吹雪をくぐりぬけたその先は、さびしいぐらいに白かった。上下左右すべてを白の花びらにつつまれたなかを、オレは一歩一歩踏みしめていく。


「どうして、ここに」


 その瞳までも白に染まってしまったモルグレイドが、目をみひらいた。


「断りも入れずに死のうとした馬鹿なメンバーを殴って帰ってこさせる、そのためにここにきた」


 オレがまた一歩踏みだすと、オレの足がなかば吹き飛ぶ。白い骨だけになったので、バランスがとりづらくてしかたがない。


 さらに一歩踏みだして、オレは片腕がなくなっていることに気づいた。


 モルグレイドの魔術は、生気をうばうことにある。たとえそれが妖精であろうと草木であろうと果ては岩であろうと、枯れ、朽ち、衰えていく。


 ならば、その魔術が狂うことによってさらに恐ろしくなるというのならこうなるのだろう。オレは己の腐り落ちた肉から目をはずした。


 ここにいる限り、どうやらオレは好きに古びて風に流されてしまうらしい。


 だが、と胸をなでおろす。オレの魔術にかかればどうということはない、なにも困ることはなかった。


 たかが死にそうなぐらいの激痛が走るだけだ。


 オレがモルグレイドをまっすぐにみつめると、けずりとられた骨がぐんぐんと育ち肉がまとわりついて、またもとの足にもどる。腕もにょっきり生えてきた。


 頭が狂いそうなほどの痛みをこらえる。


 オレのくそったれな魔術は、戦いづつけるというゲッシュを守る限りオレを常に戦えるようにする。死んだなら息を吹きかえし、封じられたならぬけだす。


 かわりに地獄のような痛みを食らうだけである。


 また一歩を踏みだして、こんどは頭がなかば失われた。とろりと脳みそが垂れてくるのをおしもどしながら、オレは歩みをとめることはない。


 モルグレイドが泣きそうな顔で息を飲んだ。


「ぼ、僕を救うなんて君でもできないことは知っているだろう! 僕は妖精なんだ、生きるためには人を喰らうしかない、そんなバケモノなんだぞ!」


「オレの知るモルグレイドはバケモノではない、戦友だ。困っているのならオレはなにがなんでも救ってやる」


 続いては胸が膨らんで肺が飛び散った。息ができないが、だがそれでも足を踏みだす。それに、オレにはモルグレイドを救う術が頭にあった。


「だから、オレを食え」


 モルグレイドの瞳が、震える。


「……馬鹿なことを言うな。僕は千年生きてきたんだ、その妖精の空虚を埋めるのにいったいどれほどの命が求められると思っている! 千や万ではたりないんだ!」


「いくらでもオレを殺せばいい」


 とたん、思考がブツンと絶たれた。しばらくして、また我にかえると腰から上を斬り飛ばされたことに気づく。これはいったん死んだらしい。


 とたん、先ほどまでとはくらべものにならない激痛で気を失いそうになった。


 傷を治すのと、死ぬのとでは求められる痛みはケタが違う。というか死んだことなど片手で数えられるほどしかないし、そのたびに心が折れかけた。


 だが、諦めることは許されない。


 ここで痛みに負けてしまえばゲッシュを守れない、ゲッシュを守れなければすなわち死ぬ。それに、モルグレイドを救うことが叶わない。


 だから、オレは死んでも心が折れてはならない。


 よだれを垂れ流し、あまりの激痛に久しぶりに泣きそうになる。それでも足をとめないオレに、モルグレイドは唇をひきつらせた。


「ほら、死にそうになってるじゃないか! だから僕なんてほっておいて、銃後で幸せに暮らせばよかったのに!」


 また頭が吹き飛んで、オレは思考が断たれた後に激痛におそわれる。


「いいから、とっととオレを殺せ。それで、生きろ」


 だが、それでも脂汗を額から吹きあがらせながらオレは誘うようにニヤリと笑った。後これが万を越えて続くらしい、思ったよりキツイな。



 ◆◆◆◆◆



 恐らくオレはナマケモノよりも鈍い足どりで歩いていた。ほんのわずか、紙きれの厚みほど歩をすすめては頭かもしくは心臓を吹き飛ばされる。


 そのたびに死んでこの世のものとは思えない痛みに苦しめられた。


「まだ、まだ、ぃける。ォレは、まだ……」


 首が断たれてそのまま肩から転がり落ちる。しばらくして針の束を胃に流しこまれたような痛みでオレは膝を屈しそうになった。


 だが、とオレは顔をあげる。


 ずっと顔を手で隠してすすり泣いているモルグレイド、その肌に心なしか血の気がまた宿りだしている。たしかにオレの作戦は正しく、それだけが頼りだった。


「さぁ、つぎぃ」


 オレの背後にはこれまでに吹き飛ばされた目や顎、手の血肉の山が続く。もうどれほど時がたったかもわからないなかで、ようやくオレの指がモルグレイドにふれた。


「あ、ああ……」


 モルグレイドが、喜びと悲しみとなにもかもがグチャグチャになった顔をする。


 気がつけばあれほど騒がしかった花びらの吹雪も晴れて、青い空が目に入ってきた。ほとんどいうことを聞かない手でモルグレイドの頬をなでる。


「ぁ、これ、ぉわったか」


 頭がまとまらない、思考がぼやける。だが、そんななかでもオレはモルグレイドが頷いたことだけはわかった。


 とたん、力がぬける。


 崩れ落ちるオレをモルグレイドがぎゅっと抱きしめた。鼻水をすすりながら、その身を震わせながら、モルグレイドが胸の奥からひきしぼるかのように口をひらく。


「どうして、どうして……」


 うわ言のように馬鹿なことを口走るモルグレイドに、オレはあきれてしまった。


「ばかが、ォレと君は、友だろぅ」


 肩に顔を埋められる。おし殺したように泣きだしたモルグレイドはまるで千年の孤独な旅からときはなたれたかのようだった。





 この日、ひとりの妖精は心というものを、焦がれるほどに誰かを愛するということを、知った。

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