28 モブ、旅人の追放を断るⅤ
オレたちが密かに乗りこんだトロッコは、静かに地下坑道のなかを走っていた。
弾薬箱の陰に隠れながら、オレは眉をひそめる。おかしい、いつもなら戦地に兵を運ぶトロッコでにぎわっているはずだというのに。
坑道には人気がなく、ただ痛いばかりの沈黙が漂っていた。その思いもしなかった戦地の姿にみんなの顔も厳しくなっていく。
「トロッコ、そのまま〇〇三陣地につけろ」
トロッコを従えるイスファーナが命をくだした。
かつて訪れた激戦の陣地の下まで訪れても、音ひとつしない。いつもなら砲弾の雄たけびと兵たちの悲鳴が肌を震わすというのに。
傷病人がうずくまっているはずのベッドはシーツが純白のままだ。
「いくぞ」
ハッチに手をかける。声をかけてから、オレは銃弾が飛びかっているはずの陣地に勢いよく飛びだした。
「……な、んだこれは」
なにが瞳に飛びこんでもいいようにロングソードに手をそえて神経をとがらせているはずだった。だというのに、目にする信じられない光景に思わず絶句する。
泥と血だまりのモザイクになっているはずの陣地に、白い花が咲き誇っていた。
ピチチチと鳥のさえずりが聞こえてくる。あちこち飛びまわって蜜を集めている蜂たちの羽音は、戦地からもっとも遠い音のはずだった。
いったいなにがあったというのだ、ここで。
はっと我にかえったオレはまわりに目をやる。そうして、ボーッと心のごっそりぬけ落ちた顔で座りこんでいる兵たちに気づいた。
オレは慌ててその肩をゆさぶる。
口からよだれをこぼしながら訳のわからない呟きを口にしている兵など食ってくださいと妖精に頼んでいるようなものだ。なのに兵たちは首を傾げるばかりである。
「おい、戦えないのならすぐさまここから逃げろ!」
「ミッカネン、その兵は放っておいてもかまわないと考える。あたりに妖精はまったくいないことは拙のセンサーが証しているのである」
焦って兵の正気をとりもどそうとするオレを、アルハンゼン先生がとめた。ミョンミョンと震えているアンテナを背後にひきつれながら、顔をしかめる。
「なんだ、この花は。おかしなほどの魔術の香りを放っているぞ」
今も妖精と人類がたがいの命運をかけて殺しあいをしているはずの戦地は、みわたす限り花畑が続いていた。まるで悲惨な戦争などもとからなかったかのように。
オレは混乱しきっていた。これはいったいなんなのだ。
「ずいぶんと遅かったではないか。貴官の帰りをまちくたびれていたぞ」
嫌と言うほどゲームでもこの世でも耳にした声に、オレは勢いよくふりむく。白い花に囲まれて、ことの黒幕であるはずのアグラシュタインが腕を組んでいた。
◆◆◆◆◆
「これは、いったいなんなのです」
「気がついたからあれほど嫌っていた戦地に帰ってきたのではないか。妖精たるモルグレイド、その終わりぎわの大魔術だとも」
アグラシュタインがオレたちの背後を指さした。
その指の先、つまり妖精の森のほうに目をやって息をのむ。黒々とした木々がたちならんでいるはずの森を隠すかのように雲をも越える巨大な花吹雪が舞っていた。
おぼえのある純白の花びらに、オレはいやがおうにも気づかされる。
「あれが、妖精として狂ってしまったモルグレイドだと、そういうことですか」
「そうだとも。今、あれはあたりに潜む妖精を、たとえそれが災厄であれ枯らしつくす地獄を作りあげている。それが終われば死ぬだろうな」
あまりにもの大魔術にただの兵たちは正気を失ってしまっているという。今、この戦地で気をたもっていられるのは熟練の狩人だけだ、と。
「モルグレイドが暴れだすからといって防衛をほっぽりだす訳にもいかん。ギリギリまで兵たちには陣地を守らせていたのだが、思いのほか困ったことになった」
アグラシュタインが手に握る水でふやかしたパンをみせる。
いつもなら地下深くに潜りすべての作戦を指揮しているガンギマリショタすら狩りだされ、ほけた兵たちの口に飯をねじこんで食わせているのだという。
「それでどうするのだ、モルグレイドを救いにきたのだろう。とっとといかないと貴官の戦友はほんとうに死んでしまうぞ」
アグラシュタインの言葉に目をまるくする。
アグラシュタインとは戦わなければならないことも考えていた。その魔術を頭に入れればとてもではないがやりたくないが、逃れられないと。
「その、オレをとめないのですか」
「そうだ。本官の気がかわらんうちに去ったほうがいいと思うが」
なぜなのか、わからない。
モルグレイドと話をあわせて、オレたちを銃後で暮らさせるかわり数年の時を稼ぐと、そういうことにしたのはこのガンギマリショタではなかったのか。
だが、そんな疑問を問いかけている時は今のオレにはなかった。
「ありがとうございます」
すぐさま敬礼して、背をむける。そしてそのままふりむかず天までとどく花吹雪に、モルグレイドにむけて駆けだした。
◆◆◆◆◆
一歩踏みだすごとに、まるでのしかかってくるかのように巨大な花びらによる嵐が大きくみえる。それとともに、ゾッとするほどの寒気が背筋を走った。
これほど嫌な気がしたのは、かつて厄災をも越える妖精どもと殺しあった時ぐらいだろう。それはつまり、モルグレイドがそれほどまでに堕ちたということだった。
「あの馬鹿……」
歯を噛みしめる。これまでずっと背を預けあってきた戦友のくせに、どうして今の今までオレに話をしなかったというのか。
花びらが肌にぶちあたっていく。
そばにあった岩が一瞬でけずりとられ、影もかたちもなくなってしまった。未だ遠いというのに、恐るべき威力である。
恐らくモルグレイドはこの花嵐のまんなかにいるはずだ、どうすればそこまで駆けぬけられるか、頭を働かせる。
「アルハンゼン先生とイスファーナは後ろでつっこむオレとイングラシウスのための道を作ってくれ。イングラシウス、オレについてきてくれるか」
アルハンゼン先生とイスファーナなら、花吹雪の壁に穴をあけることができるだろう。そこをちょっとやそっとでは死なないイングラシウスとともにつっこむ。
オレの魔術はこういう時におつらえむきだ、それだけは助かっている。
「No.10、No.5で地をならすのである」
アルハンゼン先生のその言葉とともに、雲の上からまるで鳥のようなかたちをした巨大な黒い影が降りてくる。ばさりと空を飛ぶその翼が煌いた。
とたん、あたりが爆音につつみこまれる。
頭上のNo.10から落下したNo.5、小山ほどもある巨大な爆弾が宙で緑の閃光をはなち、あたりの花びらをあっというまに吹き飛ばした。
「No.3、最大威力の一撃をたたきこむべきと考える。この時、砲身へのダメージは考慮することは求められない」
アルハンゼン先生の背後からついてきた拳銃ぐらいの大きさのミニチュア大砲がたちどまって、狙いをさだめる。
No.5が花びらを吹き飛ばしたところにむけて、目にみえない電磁が走った。
大地をえぐりとって断崖を作りだしながら、No.3は桜吹雪の壁をつきやぶり、そのまんなかをほんのわずか、一瞬だけあらわにした。
慌てて無数の花びらたちがその穴を閉じようとする。
「魔術の天才たるイスファーナが命ずる、このくそったれ花びらどもはとっとと道をあけろ!」
イスファーナが叫んだ。
手をのばし、あらんかぎりの力をこめて腕をひろげる。アルハンゼン先生の兵器がひらいた穴を源に、まるで扉をこじあけるように花びらが退いていった。
だが、この先にいるのは厄災すらも指先で殺してしまう狩人のなれの果て、狂い堕ちたモルグレイドである。そうやすやすと道を作らせてくれるはずもなかった。
のしかかるかのような重圧がオレたちの肩にかかる。
アルハンゼン先生の兵器を、イスファーナの魔術を、まるで嘲るかのように花びらの群れはじりじりと吹雪にひらいた穴を閉じ始めた。
イスファーナが口から血をたらしながら怒鳴った。そのひろげた腕はまるでみえない万力に締めつけられているかのようにどんどん折れていく。
「旅人ごときが、魔術で力くらべというわけか! 思いあがるなよっ!」
「No.2! イスファーナを助けて道を守るのである!」
アルハンゼン先生がなげた試験管から飛びだした肉塊が、花びらを食らいつくしながらどんどんと育っていく。だが花びらのほうが勢いがあった。
「っ、原理の上では五日で海を干上がらせるのだぞこいつは!」
アルハンゼン先生が信じられないとばかりに目をみひらく。イスファーナはもはや目からも耳からも血をダラダラと流していた。
さらに群がってくる花びらのせいで、もはや道は閉ざされてしまったかにみえる。
だが、こちらにはまだ一人頼れるメンバーが残っていた。ギリギリまで燃え盛った魔術炉からこぼれ落ちる赤い蒸気が、イングラシウスを染めあげる。
電撃のように閉じかけた道に飛びこんで、イングラシウスは拳をふりしぼった。
「――――――――っ!」
音にならぬ咆哮が、大地を震わす。
魔術によってこの世の誰にもゆるがぬほどの鋼鉄の塊とかしたその拳は、単純な武でもって閉じかけていた道を粉砕した。
実に頼れる狩人で戦友である、三人が命がけでひらけた道をオレは歯を食いしばって駆けぬけていく。この信頼にこたえずしてなにが英雄か。
そうして、オレは花吹雪をくぐりぬけた。




