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27 旅人が英雄に瞳を焼かれた日

 死んだ妖精の股ぐら、それが僕の故郷だ。


 生まれた時から己がいったいなんなのかは知っていた。人と妖精、混じりあうはずのない忌み子である。


 いったいどうして僕が生まれるに至ったかは今でもわからない。でも、人の父と妖精の母、どちらがどちらを犯したのかなんて死ぬほどどうでもよかった。


 どう考えても僕は生まれたその時から終わっていたのだから。


 妖精のように心にはポッカリと大きな空虚があって、かといって下手に人の賢しらな頭だけはあったものだから妖精を忌み嫌うことはできた。


 とどのつまり、僕はどうしようもないフランケンシュタインだったのだ。


 生まれたその時からずっと胸が寒くてしかたがなくて、人の温かな心というものを醜く欲する。そのくせ、ただ心を貪る獣に堕ちた妖精をさげすんだ。


 笑って、怒って、悲しむことのできる人に叫びたくなるほどに憧れる。そのくせ、心への飢えがいつも頭で人を食ってしまえと囁いた。


 欲望にまかせてなにも考えず人を食い荒らす妖精になるか、それともまがいものでも人として己の命を絶つか、どちらかの道を歩めばよかったのに生きてしまう。


 ただ、人の心が欲しかった。



 ◆◆◆◆◆



 僕は人の赤子のふりをして心優しい夫婦にひろわれた。


 初めのうちは、これで上手くいくと思った。ほかならぬ人と幼くから暮らせるのだからきっと心が手に入るに違いない、そんな甘い考えだった。


 ボロはすぐにでた。


 いくら夫婦が愛情をこめて育ててくれても、僕はなんら心というものがわからなかった。いつ、どこで、どうやって笑えばいいのか教わらなかったのだ。


 義父の冗談が、冗談だとわからなかった。


 義父にひきつった顔をされて初めて、己が違えたことに気づく。馬鹿なことをしてしまった、そう考えて義母が足の骨を折った時にひきつった大笑いをした。


 叱られても、その時にどんな顔をすればよいのかわからない。


 そもそも笑うとはなんなのだ。嬉しく思った時に人は笑うというが、それはいったいどういう時なのだ。なにもかもがわからなかった。


 そうして、僕は己が妖精であるとすぐにばれた。


「この、バケモノが!」


 憧れていた人に、一緒に暮らしていきたいと願った人に、追いかけまわされる。そうして逃げて逃げて、僕はそれでもほとぼりが冷めたら村に帰るつもりだった。


 だが、不幸なことにすでにみんな死んでいた。


 妖精に殺されたのだ。


 こういう時、人はなにをするのだろうか。僕はわからなかったので、ただひとつ知っていることをした。つまり顔をグチャリとゆがめて笑った。


 そうしておおよそ十ほどの夫婦を転々とした。


 どんなに長くとも一年しか一緒に暮らしてはくれなかったし、ひどい時は一日で追いだされたこともある。かならず妖精とバレて殺されそうになるのだ。


 それもすべて、人の心がわからないせいだった。


 泣くべきでないところで泣く。そもそも怒りというものがわからないので、人が果たして怒鳴っているのか笑っているのかわからない。


 そんな調子で、人に疑われずに生きられるはずがない。


 ほんとうに、人はどうやって己の情というものを知っているのか。それは、僕が喉の奥から手がでるほど知りたい疑問であって、醜い欲望であった。


 山奥に暮らす職人に弟子入りしてみた。商人にやとわれて海を渡った。鉱夫と肩をならべてツルハシを握った。どこでも僕は追いだされた。


 そうして、ずっと叶わない願いを抱いて生きてきた。


 親しみというものがわからない僕には友人など作れるはずがない。そもそも人に好かれるということがなく、人と知りあえばしばらくして僕を殺そうとしてきた。


 長く生きても人のふりだけは上手くならなかったのだ。胸の空虚はもっと大きくなっていつでも僕を飲みこんでしまいそうだった。


 そうして、僕はさすらいの旅人となった。



 ◆◆◆◆◆



 生まれてからおよそ千年ほどの時だった。


 妖精に追いつめられて人類は滅びかけていた。残りわずかの領土がどんどん陥落していくのを、僕は静かにながめていた。


 わかりきっていたことだった。人は妖精ほど魔術が上手くはないのだから。


 かつて暮らした街が壊されていくのもどうでもよかった。どうせこの世は妖精のものになる、そうして心というものは永遠に失われるのだ。


 生き残った人類はただでさえ心が死んでいた。


 狂って己の命を絶つ者が後を絶たない。未だ戦地にて妖精と殺しあっている兵すら絶望で瞳が暗くなっていた。


 どうにでもなれ、と僕は思っていた。


 人の心を手にする時など、どうせ訪れはしないのだ。なら、こんな忌み子などこのまま人もろとも滅びてしまえばよい。


 そうして僕がなにもかも諦めきっていた時。


 ふと、ひとりの子どもに瞳をうばわれた。千年生きてきて、これほどまでに燃え盛る心を目にしたのは久しぶりだ。


 なにより、その瞳は未だ光を失っていなかった。


 すでに人類の頭数が百万をきり滅びはさけられぬと誰もが考えているのに、ミッカネンというその新兵は人類の明日を諦めてはいなかった。


 すこしもためらわず妖精の群れに飛びこんではロングソードを鬼のようにふるう。


 その足どりは、かつての穏やかな暮らしが帰ってくることを疑おうともしていなかった。あんまりにもまぶしいものだから、僕は目をそらせない。


 そうして戦うミッカネンの背は、絶望していたはずの兵を奮いたたせた。


 つい先ほどまで暗い目でブツブツ呟いていたはずの砲兵が、死にもの狂いで砲弾を運んでいる。逃げだそうとした銃兵が、踵をかえしている。


 ミッカネンというその新米狩人は、たった一人で戦地を照らしていた。


 僕の胸がざわつく。血みどろになっても起きあがるミッカネンの心に誘われて、なぜかすべてを諦めたはずの僕は一歩を踏みだした。



 ◆◆◆◆◆



 狩人として軍に潜りこんだ僕は、すぐさまミッカネンの唯一のパーティーメンバーになった。千年の戦争の果てに狩人は片手で数えられるほどになっていたのだ。


 そうして、心をもたないはずの僕はミッカネンと戦地を駆けめぐった。


 なにもかもがどうでもよかったはずの僕が、なぜか血をはきながら戦っている。ミッカネンが肩をならべているだけで、胸が暖かくなっていく。


 そしてなにより、生まれて初めて僕は追いだされなかった。


 死んだ兵の亡骸を目にして笑ってしまった時、ミッカネンは僕を殴った。殴って、兵の死というものは悼んで悲しむべきであると教えこんでくれた。


 心を知らない僕に、ひとつひとつ心を教えてくれた。


「ほら山ブドウだ、甘いだろ」


「しかめ顔をするな」


「馬鹿か。甘いということは嬉しいということだ、そういう時は笑うんだよ」


 甘い果実を口にする時は、笑えばいい。


「これか、これは紅茶というんだ」


「甘くないのに、なんで笑うかだと」


「こういうのは香りとかを味わうんだよ。そういう細かなことでも楽しいだろ」


 琥珀に輝く紅茶を口にする時は、楽しめばいい。


 心については赤子そのものの僕の手をとって、ミッカネンは辛抱づよくなにもかもを教えてくれた。ずっとそばにいてくれた。


 頭がおかしくなりそうだった。


「あたりまえだ、オレたちは戦地で背を預ける友なんだから。困っている時はオレが救ってやる、だから頼ってこい」


 初めて人が僕を友と言ってくれた。


 それだけで、僕は胸がポカポカした。



 ◆◆◆◆◆



 ただがむしゃらに走っていくなかで、どんどんとミッカネンには戦友ができていく。ミッカネンを信頼してじゃれあうその姿はとてもうらやましかった。


 その心は、僕にはないものだったから。


 人の心というのはすぐそばで目にすると実に美しくて、ああ、生まれて初めて僕は生きてきてよかったと思えた。


 たとえこの身があとすこしで狂気に飲まれ、やがては死すとしても。


 飢えはどんどんとひどくなる。魔術で妖精や、時にはミッカネンから心をわけてもらっていたが、脳を口にしていないのだから足りないのはわかりきっていた。


 だけれど、今さら妖精にはなりたくなかった。


 死ぬ時まで、ミッカネンの教えてくれた人のふりを続けていたかった。


「実は軍を辞めようと思っていてな。それでイスファーナにオレをパーティーから追いだしてくれと言ってみたんだが……」


 これだ、と思った。


 人に憧れて人になれなかった僕が終わりにする人のふりは、これだと思った。ミッカネンの願いを叶えて、それで死のうと思った。


 それからは実に驚くほど上手くいった。


 ミッカネンをそれとなく誘い、こじれていた戦友たちの心をほどいていく。やがてまっすぐに思いを口にできるようになったみんなの心はとても美しくて。


 だから、がんばってみようと思えた。


 今ごろミッカネンたちは王都で幸せにできているだろうか、思いをはせる。飢えでもうこの身も軋みをあげている。


 そろそろいかなければ。


 妖精の森の奥で終わり、そうしてあたりの妖精を吹き飛ばして死ぬ。アグラシュタインを説きふせた時の誓いだ。


 あれほど恐れていた死にむかうというのに、僕の足はとても軽かった。今だったら雲のむこうまで飛んでいけそうだ。


「ああ、これが……」


 これが人の言う恋、その猿まねなのかもしれないな。



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