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16 モブ、牧師の崇拝にとまどうⅠ

「もういいよ、このくだりは。君もギャグのセンスないね」


「こうなると思ってやったわけではない。オレとしてはこれほど慕われる上官でいたつもりなど毛頭なかったのだ」


 ぐでっと机につっぷしながらモルグレイドがため息をつく。オレは眉をひそめてその思い違いを正そうとした。


 だが、モルグレイドがオレをジトッとにらむ。


「そういうことはさ、脇にひっついてるその二人をひっぺがしてから口にするべきじゃないかい、ミッカネン」


 オレは努めて気にしないようにしていたふたつの重みに目をやった。イスファーナとアルハンゼン先生が無言でオレの腕をつかんでいる。


 ダイニングホールで飯をとっているほかの狩人からの目が痛い。


 というか、遠くのほうでアグラシュタインがとてつもない馬鹿でも目にしたかのようにぴくぴくと眉を震わせている。オレは静かに口をひらいた。


「ふたりとも、そうオレにひっつかなくてもよいのではないか」


「はっ、凡人たる貴様がよくも天才たるわたしに文句を口にできたものだね。こんなのでも上官だから、わざわざそばにいてやっているというのに実に不敬だ」


 イスファーナはベーコンをていねいにナイフできりながらオレを嘲笑する。オレの腕にからませた手にぎゅっと力がこもった。


「やはり学問として基準と常に照らしあわせる、その地道な努力を欠かすべきではないと考える。そうしてこそ正しく実験ができるのだから」


 アルハンゼン先生はオレの腕をレンズでのぞきこみながら黒パンをほおばっている。いったいなにを調べているのか考えたくもない。


 頼みをすげなく断られたオレは、遠くのガンギマリショタに目で助けを求めた。


 ほら、軍規がどうの風紀がどうのといつも言っているではないか。上官としてバシリと命じてやってくれ。


 だが、アグラシュタインは情のごっそりぬけ落ちた瞳をこちらにむけると、そのまま地下に続く道を降っていってしまった。


「おい、学者もどき。基準とやらは心いくまで味わえただろう。この凡人はわたしの上官なんだ、とっととラボに帰りたまえ」


「イスファーナは実に馬鹿であると考える。信頼のおける基準は実に貴重でありそうそう手にできるものではない、このぐらいで探求がたりるはずがないのである」


 しかも、いつのまにかオレの肩越しにイスファーナとアルハンゼン先生がにらみあっている。オレは泣きたくなった。


 ああ、頼りになるのはモルグレイドだけだ。


 そう思って目をやると鼻で笑われる。いくら情けないことをしたとはいえ、オレにお墨つきをくれたのはモルグレイドではないか。


 なんとも情のないやつである。


 だが、アルハンゼン先生がオレを銃後のラボにつれ去ろうとしているのを教えてくれた恩がモルグレイドにはある。そのことを思いだしたオレは頭をさげた。


「それはそうと、いつも助けてくれてありがとう。実に助かっている」


「まったく、君のそばにいると退屈しなくてすむよ。いや、地雷ばかりで寿命が縮んでいる気もするけれどね」


 モルグレイドは頭をおさえながら呟いた。


 そう言えばしばらくモルグレイドの笑顔を目にしていない気がする。苦労をかけすぎて、もしかするとモルグレイドを困らせてはいないだろうか。


「いや、そうじゃないよ。このごろ頭痛がひどいんだけど君のせいじゃなくて、ちょっと病気ぎみでね」


 モルグレイドはこめかみをもみながら首をふった。そして、話をそらすようにオレに問いかけてくる。


「それで、イングラシウスはどうするんだい」


 まさかモルグレイドからその話をしてくるとは。驚いてモルグレイドに目をやると、まるで苦渋の判断だったかのように顔をしかめている。


「いや、ね。これまでのことを考えるとあの子も地雷を抱えていておかしくないだろう。僕としてはイングラシウスにも話をしたほうがいいと思うよ」


「う……」


 オレはなにも口にすることができずに黙りこんだ。脇からイスファーナとアルハンゼン先生がぎゅっと抱きついてくる。


「わかった。あのイングラシウスに限ってそんなことはないと思うが、ここまでくれば乗りかかった舟だとも。話をしてくることにする」


「うん、それがいいと僕も思うよ。……それはそうと女の子の敵め、爆ぜとけ」


 そう言いすてたモルグレイドはため息をついてダイニングホールを去っていった。


 そちらからやれと言っておいてあんまりである。オレは瞳からこぼれる光るものをぬぐった。


 そういえば、なぜか今日のモルグレイドは紅茶も果実も口をつけていなかったな。



 ◆◆◆◆◆



 とはいっても、オレはイングラシウスがほかのメンバーのように病んでいるとはまったく考えていなかった。それはイングラシウスの人となりが訳である。


 イングラシウス・ジェロヴェーニは牧師、いや聖人である。


 厳密に言えば教会の言う聖人ではないが、ここオグダネル城跡ではそういうことになっている。恐らくうちのパーティーでもっとも慕われているのではないか。


 この国にはかつての世で言うキリスト教のポジションとして、サリウス教という一神教の宗教がある。ゲームにおいてもかなりのキーワードとなっていた。


 その教えは、己をかえりみず愛でもって人を救いなさい、というもの。


 ありきたりな宗教だが、イングラシウスはその教えに身を捧げた熱心な牧師である。ゆえに、その教えを守るとにかく人助けをよくするいい人なのだ。


 道に迷う新兵がいたら、たとえ己の休みであってもわざわざ道を教えてついていってくれる。戦いに脅える兵の悩みにひたすらじっと耳を傾ける。


 その姿はまさしく戦地に降りたった聖人のようで、だからオグダネル城跡ではとにかく神のように崇められているのだ。


 そんなイングラシウスはオレたちパーティーメンバーにも実に親しくしてくれる。


 だから、そのゲッシュを耳にした時はとても驚いたものだ。まさか神の教えに背くことが魔術の縛りになっているとは。


 いったいどうやって己のゲッシュに折りあいをつけているのか、今でもオレにはわからない。


 ともかく、そんなイングラシウスが病んでいるところなど思いつかないのだ。


 これまでモルグレイドは実に頼りになったが、こればかりはさすがに思い違いだろう。そう思いながら、オレはイングラシウスの帰りをむかえることにした。


 サリウス教の牧師として、イングラシウスは祭礼の月は神に祈りを捧げるため聖地を巡礼するのだ。今日がその帰りなのである。


 オグダネル城跡の地下、銃後のほうからコトコトとトロッコが転がってくる。そのトロッコにオレはイングラシウスの姿を目にした。


 ショートの、つややかで燃える炎のような赤髪がよくみえる。いつも穏やかで優しげなその顔は、オレを目にするとパアッとあかるくなった。


 トロッコが駅についたとたん、イングラシウスが銃弾のように飛びだしてくる。それを抱きとめながら、オレはその頭をわしゃわしゃとなでた。


「どうだ、巡礼の旅は楽しかったか」


『( ´∀`)トテモ楽シカッタデス!』


 イングラシウスは口がきけない。なので、こうして鉛筆でスケッチブックに絵を描いて話をするのだ。


 そのままイングラシウスの手をひいて、オレは歩いていく。久しぶりの会話にオレもイングラシウスも話すことが山のようにあった。


「……といった風にだ、なぜかイスファーナとアルハンゼン先生がオレにひっつくようになってな。今はいないが、まああまり気にしないでくれ」


『( ̄^ ̄)ゞラジャーシマシタ!』


 サリウス教の牧師である証たる黒のカソックで、イングラシウスは敬礼した。


 そんなイングラシウスをほほ笑ましく思いながら、やはり病んでなどいないだろうと考える。こうしてあかるいイングラシウスが怒ったりする姿が考えつかない。


『( ‥) ソモソモドウシテミナサンハ心ヲオ乱シニ?』


「オレが軍を辞めたいと口にした、それだけだよ」


 まったく笑える話だよな、そう笑いながら語りかけようとして、オレはスケッチブックが落ちる冷たい音を耳にした。


 ふりかえると、イングラシウスが泣きそうな顔をしてオレをみつめている。


 そのあまりもの驚きようにオレはかける言葉を失った。しばらくして、イングラシウスが実に悲しそうな笑顔をうかべる。


 そして、オレに背をむけて駆けだした。

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