14 モブ、博士の探求に困り果てるⅤ
モルグレイドが言うには、アルハンゼン先生の狙いはオレを銃後のラボに閉じこめることらしい。オレはにわかには信じられなかった。
「まさか、アグラシュタインが許すはずがないだろう」
あのガンギマリショタは狩人が戦地から去ろうとするのをけっして許さない。人類が勝つために殺してでも狩人を妖精との戦いに縛りつけるような軍人なのだ。
新米狩人ですらなにがなんでも逃がさないのだ。そこそこ功績のあるオレがここから遠ざかってもいいだなんて考えもしないだろう。
だが、モルグレイドはゆっくりと首をふった。
「いや、アグラシュタインは頷くだろうね。なにしろアルハンゼン先生が軍に縛りつけられてもいいからと頼みこんでいるんだよ」
「No.1のことか……」
モルグレイドの指摘に、オレは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
アルハンゼン先生の偉業は、オレの功績などはるかに越えている。その最たるものがアルハンゼン先生の兵器No.1だ。
妖精が人の心を食っていると知ったアルハンゼン先生は、それを逆手にとって妖精にとって悪夢のような兵器を作りだしたのだ。
猿の脳の情動にかかる肉からいじくって生みだされたNo.1は、心を求める妖精が食欲に逆らえぬほどにかぐわしい香りをさせる死肉である。
これらを戦地にばらまくことで、たくさんの妖精がそれに食らいつく。
あたりまえだ、そこらの人の兵とはくらべものにならないほどの心の香りがその肉のかたまりから漂ってくるのだから目を背けることなどできるはずもない。
だが、そうして幸運にありついた妖精が森に帰ってからが地獄の始まりである。
この兵器No.1は妖精の身のうちで、どんどんと肥大していくのだ。そしてその身のうちから心の香りをあたりにばらまく。
それは、ほかの飢えた妖精を集まらせ、そして殺しあいを誘うのだ。
もしも兵器No.1を食った妖精が死んだなら、その死肉をほかの妖精が食い、そして兵器No.1はまた新たな妖精に潜りこむ。そしてまた肥大していく。
こうして兵器No.1はどんどんと妖精たちのあいだを旅しながら死をふりまいていく。それもほかならぬ妖精たちの手によるものを。
これこそがアルハンゼン先生が人類の攻勢にもっとも資した学者と評されるわけである。この兵器によって雑魚の妖精はそのほとんどが死滅したのだ。
そして今、アルハンゼン先生は兵器No.1のさらなる修正に努めている。アグラシュタインをふくむ軍はその探求を大いに気にかけていた。
アルハンゼン先生がオグダネル城跡のラボを手に入れているのもそれだ。
ほんとうならアルハンゼン先生はその功績でもって大学に栄転し、軍の兵器からは手をひいてもおかしくない。それだけの学者となっているのだ。
そんなアルハンゼン先生が、軍に残ってもいいと言っている。
さてそれを踏まえ、果たしてあのガンギマリショタはこれからの人類の戦いの鍵となる兵器No.1と英雄と讃えられているだけの英雄とどちらに重きをおくだろうか。
「こ、こんなことならアルハンゼン先生をパーティーに誘わなければよかった」
「イスファーナじゃないけど君はほんとに馬鹿だね。なんでそれをよりにもよって先生の根城であるラボで口にするのさ」
モルグレイドが頭に手をあてているのを目にして慌てて口を閉じる。
かつてのオレはただゲームの原作キャラがいたというだけで喜んでアルハンゼン先生をパーティーに誘ったのだ。その単純さは後になって実にオレを苦しめていた。
というか、ほんとうにどうしようか。
オレが頭をかかえていると、モルグレイドがいきなり目つきを厳しくしてラボの扉のほうに目をやる。
「……どうやら話ができるのはここまでで終わりみたいだ。頼むから、ミッカネンだけでなんとか先生を説きふせるんだよ」
モルグレイドがパッと花びらに散って風とともに去っていく。そうして誰もいなくなったラボを勢いよくひらけたのは、アルハンゼン先生だった。
「またせたな、それでは実験を続けよう」
その手に握られているのは腕のぷかぷか泳いでいるビンで、オレはごくりと息を飲んだ。
◆◆◆◆◆
「この腕は拙がミッカネンの肌から育て作りあげたものである。上手くすればこれでなぜ拙がミッカネンを信頼できるかがわかるかもしれぬと考える」
アルハンゼン先生は嬉しそうにその腕を電極につなげている。スイッチを入れたとたん、その腕がまるで生きた人のそれのようにピクピクと震えだした。
命を嘲るような光景にオレはそっと目を背ける。だが、アルハンゼン先生はそんなオレに首をかしげるばかりでこの狂気には気づいていないようだった。
「どうしたのだ、それはただの肉である。あまり気にすることはないと考えるが」
オレはなんでもないと首をふってアルハンゼン先生に話を続けさせた。
アルハンゼン先生は実験の詳細を語った。これまでのものとくらべれば実に単純で、オレの腕とただの肉である腕で頭をなでるというものである。
「もしどちらでも拙の心がポカポカしたら、それはミッカネンの腕のかたちが信頼の源と考えられるのである。そうでなければ違うということなのだ」
そう口にして、アルハンゼン先生はオレに背をむけて座った。
「ミッカネンにもこれは手伝ってもらいたいと考える。拙の頭を己の腕と、あとそこに転がっている腕とでなでて欲しいのだ」
あいかわらず訳のわからない実験である。どう考えても今のアルハンゼン先生は狂気に飲まれていた。
人を信頼するというのは、手の温もりとかそんなものではないのだ。
アルハンゼン先生はそんな己の歪みに気がついていない。信頼というものが手とか足とかに宿ると信じてその探求だけしか考えていない。
そして、そんなアルハンゼン先生がオレは悲しかった。
アルハンゼン先生の名を目にした時、オレはまったくの気まぐれでその論文を読んでみた。そして、その地道さに、ひたむきさに頭を殴られたような思いになった。
これまでずっとゲームにでてくる博士キャラなのだから実験に困ることなどないだろうと考えていた。スマートにズバッと結論に辿りつくのだと。
そうではなかった。
アルハンゼン先生の論文には血を吐いて努力した跡があった。ひとつひとつ、まるであの世で石積みをする亡者のようにとほうもない数の実験を重ねていた。
それを目にした時、オレは心から己の愚鈍さを恥じ入った。
アルハンゼン先生の功績は才能に恵まれているからではない、上手くいくまでどこまでも歩いていく、苦しみぬいてみせるその鋼の心があったからこそなのだ。
今のアルハンゼン先生はそうではない。
思いこみだけで考え、いつものような残虐なまでの冷静な論理は鳴りを潜めてしまっている。ただやみくもに実験をして探求をしたつもりになっている。
そんなアルハンゼン先生はおかしいのだ。
そして、そのすべての責は馬鹿なことを口にしたオレにある。イスファーナもモルグレイドも頼れない今、オレがアルハンゼン先生を正気にしなければならない。
オレは歯を食いしばった。
ならば、オレはかつてのアルハンゼン先生のようにオレの実験で、オレの論理でアルハンゼン先生を説きふせるしかない。
「そうだな、まずはミッカネンの腕でなでてくれるか」
「わかった」
頷きながら、オレはとなりの肉の腕に手をのばした。




