第43話:空間安定化
「よし、やってみろ! 全員、エリシアの指示に従え!」
バルガスの力強い号令が、歪んだ空気に満ちた広間に響き渡る。
作戦は決まった。俺の未知の力で、あの暴走ゴーレムの周囲の空間を一時的に安定させ、エネルギー吸収と再生を阻害する。その隙に、エリシアが特定したコアを、バルガスたちが叩く。
全員の運命が、俺のこの右腕にかかっている。
リゼット調査官の鋭い視線が、背中に突き刺さるのを感じながら、俺はごくりと唾を飲み込み、暴走するゴーレムへと右手を向けた。
(落ち着け……暴走させるな……!)
俺は必死に自分に言い聞かせる。求めるのは破壊じゃない。『安定化』だ。荒れ狂う情報の奔流を、一時的にでも静かな流れへと整える。エリシアが言っていた、「力の流れを意識する」イメージ。蛇口を捻るように、慎重に、精密に……!
対象は、ゴーレムそのものではない。ゴーレムがエネルギーを吸収していると思われる、その周囲の歪んだ空間。あの不快な『ノイズ』が渦巻いている場所。
『収納――空間安定化!!』
心の中で、今度は叫ぶのではなく、静かに、しかし強く念じる。
ズンッ、と右腕に重い負荷がかかる。だが、以前の暴走時のような、制御不能な感覚ではない。まるで、重い水門を、渾身の力でゆっくりと押し開けるような、確かな抵抗感と、力の流れを制御しようとする俺自身の意思があった。
頭痛が走り、視界がわずかに霞む。それでも、俺は歯を食いしばって意識を維持する。
すると、目に見える変化が現れた!
ゴーレムの周囲で激しく揺らいでいた空間の歪みが、まるで波紋が収まるかのように、明らかに穏やかになっていく! ジジ、と鳴り響いていた不快なノイズ音も、その一帯だけが少しだけ静かになったように感じられた。
ゴーレム自身の動きも、ほんのわずかだが、ぎこちなさが増し、鈍っている! 自己修復していた装甲の再生速度も、明らかに低下していた。
「今よ!」
エリシアが叫んだ! 彼女は解析ツールをゴーレムに向けたまま、叫ぶ。
「エネルギーの流入が低下してる! コアの反応、捕捉! 左胸部、装甲の歪みが一番大きい箇所! そこよ!」
「応ッ!」
バルガスが即座に反応する。
「フィン、ダリウス! 行くぞ!」
バルガスが吼え、戦士ダリウスと共にゴーレムへと突進する。斥候のフィンは、陽動するように素早くゴーレムの側面へと回り込んだ。
「援護します!」
神官クララが杖を掲げ、ダリウスとバルガスに防御と強化の加護をかける。
ゴーレムは、空間の安定化に戸惑っているのか、反応が遅れた。その隙を突き、フィンが側面から素早い連続攻撃でゴーレムの体勢をわずかに崩す!
「でやあああっ!!」
ダリウスが、全身の力を込めて、エリシアが示した左胸部へと、その巨大な戦斧を叩きつけた!
ゴガンッ!!
これまでとは違う、確かな手応えのある重い衝撃音!
ゴーレムの歪んだ装甲が砕け散り、その奥にある赤黒く明滅するコアのようなものが露出する!
「まだだ!」
バルガスが、ダリウスが作った突破口へと、自身の戦槌を渾身の力で振り下ろした!
バキィィィィン!!!
甲高い破壊音と共に、露出したコアが粉々に砕け散った!
瞬間、ゴーレムの全身から力が抜け、その動きが完全に停止する。歪んでいた装甲は形を保てなくなり、ガシャガシャと音を立てて崩れ落ち、やがてただの金属塊と化した。
ゴーレムの周囲で収まっていた空間の歪みも、まるで憑き物が落ちたかのように、完全に静かになった。
「…………」
束の間の静寂。
そして、誰からともなく、安堵のため息が漏れた。
「やった……のか?」
フィンが、まだ信じられないといった様子で呟く。
「ああ……コアは完全に破壊した。もう動かん」
バルガスが、戦槌を肩に担ぎながら断言した。ダリウスも、荒い息をつきながら頷いている。
「ノア!」
エリシアが俺に駆け寄ってくる。俺は、スキルを使った反動でその場に膝をついていた。意識は保っているが、立っているのがやっとだった。
「すごいじゃない! やったね! あなたの力で、本当に空間を安定させられたんだ!」
彼女は興奮気味に俺の肩を叩く。
「いえ……俺は、少し時間を稼いだだけで……」
「ううん、あなたの力がなければ、絶対に倒せなかった。ありがとう」
エリシアは心からの笑顔を見せてくれた。
クララさんも駆け寄り、俺に回復魔法をかけてくれる。温かい光が、消耗した体に染み渡っていった。
リゼット調査官は、黙って、動かなくなったゴーレムと、俺とエリシアを交互に見つめていた。その表情は相変わらず読めないが、その瞳の奥には、先ほどよりもさらに強い、探るような光が宿っているように見えた。
「……見事な連携だった」
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「そして、ノア君。君の【収納】スキル……いや、『空間干渉』能力、と言うべきか。実に興味深い」
彼女は、俺の能力をはっきりと『空間干渉』と呼んだ。もう、ただの収納スキルだとは思っていないのだろう。
「さて……」
リゼットは、崩れたゴーレムの残骸を一瞥すると、再び前方の通路へと視線を向けた。
「脅威は排除したが、これで終わりではない。異常の発生源は、さらに下だ。……進めるかね、ノア君?」
彼女は、俺の体調を気遣う素振りを見せながらも、その目は俺の能力がまだ使えるかどうかを値踏みしているようだった。
俺は、エリシアに支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……はい。まだ、やれます」
俺たちの、本当の目的地は、まだこの先にあるのだから。




