第4話:転送装置とデバッガーの道
エリシアに促され、俺たちはひとまずその場を後にした。ゴーレムが鎮座する広場を抜け、彼女が「出口に繋がっているはず」と言っていた方向とは逆へ――遺跡のさらに奥深くへと続く通路へ、改めて足を踏み出す。先ほどまでの死闘と、それに続く驚きの連続で、精神的にはかなり疲弊していたが、エリシアと一緒だという事実が、不思議と俺に力を与えてくれていた。
「……うーん、やっぱりさ」
通路に入ってすぐ、エリシアが立ち止まって振り返った。何やら決心がついたような顔だ。
「どうしたんですか?」
「いやね、さっきは勢いで『出口まで案内する!』なんて言っちゃったけど……よく考えたら、もっといい方法があるかもしれないんだ」
「もっといい方法?」
首を傾げる俺に、エリシアは悪戯っぽく片目をつぶって見せた。
「実はね、この遺跡に入ってすぐくらいの場所で、古代の『転送装置』らしきものを見つけたんだ。かなり損傷してたけど、構造をちょっと解析してみたら、対になる装置が、この遺跡のもっと奥深くにあるはずなんだよ」
「転送装置……!」
そんなものが、本当にこの遺跡にあるというのか? まるで伝説に出てくるような話だ。
「それって、動かせるんですか?」
「そこが問題でね。入り口近くの装置も、深部にあるはずの装置も、おそらく今は動いてないと思う。でも……」
エリシアは自信ありげに続けた。
「入り口近くの装置を調べた限り、基本的な構造は理解できたし、私の技術と道具があれば、修理・再起動できる可能性は十分ある。問題は、対になる深部の装置を見つけ出して、そっちも同じようにできるかどうか、なんだけど……」
彼女の話を聞きながら、俺は一つの疑問を口にした。
「でも、エリシアさんはどうしてそんな深部に? 転送装置が入り口近くにあるなら、そこから調査を……」
「あー、それはね……」
エリシアは少しバツが悪そうに頬を掻いた。
「入り口近くの装置を解析してたら、うっかり防衛システムを作動させちゃってね……。命からがら逃げてるうちに、道に迷って、気づいたらこんな深部まで来ちゃってた、ってわけ。はは……」
どうやら、完璧に見える彼女にも、おっちょこちょいな一面があるらしい。だが、それでも一人でここまで生き延びてきたのだから、やはり大したものだ。
「それでね、思ったんだ」
エリシアは真剣な表情に戻る。
「もし深部の転送装置を見つけて再起動できれば、入り口近くの装置まで一気にワープできる。そこから外に出るのは簡単だし、何より……」
彼女は俺の右手――スキルを発動する手を、じっと見つめた。
「ノアのその不思議なスキルがあれば、転送装置の修理や起動に、何か役立つかもしれないって思ったんだ! さっきみたいに、普通じゃない方法で機械に干渉できるなら、可能性は広がるでしょ?」
エリシアの瞳には、強い期待の色が宿っていた。俺のスキルが、役に立つかもしれない。その言葉が、俺の心を強く打つ。
追放され、無力だと絶望していた俺に、新たな道を示してくれるような提案だった。
「それに、どうせならこの遺跡の深部も調査したいしね! きっと面白い発見がたくさんあるよ!」
研究者としての好奇心も、彼女を突き動かしているようだ。
通常の出口から地道に脱出するか、それとも、危険を冒して遺跡の深部へ進み、転送装置という未知の古代技術に賭けるか。
答えは、もう決まっていた。エリシアとなら、後者を選んでみたい。俺のスキルが、本当に何かの役に立てるのなら。
「……分かりました。行きましょう、遺跡の奥へ。転送装置を探しに」
俺がそう言うと、エリシアは満面の笑みを浮かべた。
「決まりだね! よーし、じゃあこっち!」
彼女は先ほどまで進んでいた方向とは逆を指差し、意気揚々と歩き出す。俺も、新たな決意を胸に、その後を追った。目指すは、遺跡の深部。
道中は、エリシアの独壇場だった。
「あ、そこの床、踏んじゃダメだよ。重量感知式の罠だから」
「この壁の模様は、古代のエネルギーラインを示してるんだ。近くに動力源があるかも」
彼女は遺跡に関する豊富な知識を披露し、次々と現れる仕掛けや罠を、こともなげに解除していく。
時には、例の機械的な杖を取り出し、壁に向けて何かを照射することもあった。
「これはね、『簡易マッピング機能付き解析ツール』。私の自作! 壁の向こうの構造を簡易的に表示したり、エネルギー反応を探知したりできるんだ。まあ、精度はそこそこだけどね」
杖の先端から放たれた淡い光が壁に当たり、空中に簡単な立体図のようなものが投影される。古代技術の応用なのだろうか。すごいものを作る人もいるものだ。
「それにしても、ノア。よく今まで無事だったね、こんな場所に一人で」
道すがら、エリシアが尋ねてきた。
「運が良かっただけですよ……。魔物の気配がしたら、ひたすら隠れてましたし……」
「ふーん。もしかしたら、ノアのスキルが、無意識に気配を『収納』したりして、魔物に見つかりにくくしてた、なんて可能性もあるかもね?」
「ええっ!?」
そんなことまでできるというのか、俺のスキルは。
しばらく進むと、比較的安全そうな小部屋を見つけた。ここで少し休憩しつつ、再びスキルについて試してみることにした。
「まずは、基本からね」
エリシアはそう言って、自分の携帯食の中から、乾パンを一枚取り出した。
「これを、普通に収納・取り出ししてみて」
俺は言われた通りにスキルを発動する。乾パンはスムーズに消え、そして現れた。
「うん、やっぱり通常のアイテムは問題ない。じゃあ次は……」
エリシアは周囲を見回し、壁から剥がれ落ちた、手のひらサイズの石の破片を指差した。
「あれを収納できる?」
俺は頷き、スキルを発動。石の破片も、問題なく収納できた。
「よしよし。じゃあ、その石の破片を、収納したまま……中で、少し形を変える、とかってイメージできる?」
「え? 形を……?」
「そう。粘土をこねるみたいにさ。収納空間の中で、その石の『情報』をちょっとだけ書き換えるイメージ!」
無茶な要求に聞こえたが、エリシアは真剣だった。俺は目を閉じ、収納した石の破片を思い浮かべる。そして、その角を少し丸くするようなイメージを……。
『収納』
……特に、何も起こらない。右手の先に、何か硬い壁に阻まれるような、弱い抵抗を感じるだけだ。
「……ダメみたいです。イメージしても、何も……」
「そっか。まあ、いきなりは難しいよね。でも、抵抗を感じたってことは、やっぱり何らかの干渉は試みてるのかも。面白いなぁ」
エリシアはまたメモを取っている。
「じゃあ、最後に一つだけ。何も対象がない状態で、さっきゴーレムの拳を止めた時みたいに、空間に干渉するイメージは?」
俺は頷き、再び試してみる。あの、紙が空中で静止した時の感覚を思い出す。
『収納』
意識を集中する。
すると……。
ピシッ……
部屋の空気が、微かに軋むような音を立てた気がした。
そして、目の前の空間の一部が、ほんの一瞬だけ、水面のように揺らいで見えた。
「……今、何か……」
「うん、見えた! 空間が歪んだ!」
エリシアが興奮気味に叫ぶ。
「やっぱりできるんだよ、ノア! まだほんの一瞬、ほんの少しだけど、確実に空間に干渉してる!」
俺も、今度ばかりは確かな手応えを感じていた。俺のスキルは、ただの【収納】じゃない。何か、もっと別の、とんでもない力なのかもしれない。
「よし、この調子なら、転送装置の修理も夢じゃないかもね!」
エリシアは希望に満ちた表情で言った。
スキルへの新たな可能性を感じ、俺たちは再び遺跡の奥へと歩みを進めた。
エリシアの知識と、俺の未知のスキル。ちぐはぐな二人だが、不思議な連携が生まれつつあるのを感じていた。
転送装置に繋がると思われる、さらに深部へと続く通路に入り込んだ時だった。
通路の壁や床の一部が、奇妙な光を発していることに気づいた。それはまるで、さっきスキルで干渉したゴーレムの装甲のように、細かな砂の粒子が集まっているかのようにざらつき、その模様が乱れたモザイク画のようになっている。
「……エリシアさん、これ……」
俺が指差すと、エリシアも目を見開いた。
「これって……まさか……!」
彼女が解析ツールをかざす。ツールは異常を示すかのように、けたたましい警告音を発した。
「ダメだ! この先の空間情報が、めちゃくちゃになってる! これは……大規模な『バグ』が発生してるんだ!」
エリシアの叫びと同時に、通路の奥から、形容しがたい、空間が軋むような轟音が響き渡ってきた。
それだけではない。轟音に混じって、奥の方から複数の人間が争うような叫び声と、何か巨大なものが暴れるような破壊音、そして……聞き覚えのある、傲慢な声が微かに聞こえてくるような気がした。
「まさか……あの人たちか……!?」
俺とエリシアは顔を見合わせる。新たな、そしておそらくはこれまで以上に厄介な事態に、足を踏み入れようとしていた。
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