第37話:忍び寄る脅威
「……ギルドは他にも同じような『バグの種』みたいな物を保管してるってこと!? しかもノアはそれを感知できるなんて!」
エリシアの言葉は、俺たち二人がいる廊下の隅に、重い響きを持って落ちた。
ギルドの倉庫に、バグの種……? あの遺跡で経験した恐怖が、こんな場所にも潜んでいるというのか?
「ま、待ってください、エリシアさん!」
俺は慌てて声を潜める。幸い、近くに他のギルド職員の気配はない。
「本当に……? あの箱、ただの保存食じゃ……」
「分からない! でも、ノアが感じた『空間のノイズ』や『揺らぎ』は、私が文献で読んだバグ汚染の初期兆候と酷似してる! それに、私が今日見つけた過去の記録……数十年前にも、別の遺跡から持ち込まれた遺物が、似たような『空間異常』を引き起こして地下保管庫に移されたって書いてあったんだよ!」
エリシアは早口で捲し立てる。その瞳には、研究者としての強い好奇心と、同時に隠しきれない危機感が浮かんでいた。
「もし、あの木箱が本当に『バグの種』だとしたら……他の物資に影響を与えたり、何かのきっかけで、あの遺跡みたいに大規模なバグを引き起こしたりしないとも限らない。ギルドは、その危険性をどこまで認識してるんだろう……」
俺たちは顔を見合わせる。どうすべきか?
すぐにギルドに報告する? でも、どうやって? 俺の特殊な感知能力のことを話さなければ、ただの憶測になってしまう。それでは、リゼット調査官のような鋭い人物が信じてくれるとは思えない。逆に、スキルについて話せば、俺たちはさらに危険な存在として扱われるかもしれない。
「……とにかく、もっと情報が必要だね」
エリシアは少し冷静さを取り戻し、考えをまとめようとする。
「ノア、あの木箱の管理番号とか、何か特徴は覚えてる?」
「は、はい。確か……側面に『L-773』って焼印がありました。他の木箱とは少し違う、古い感じの……」
俺は必死に記憶を辿る。
「L-773……よし!」
エリシアは頷いた。「明日、資料室でもう一度調べてみる。その番号の木箱の出所とか、中身の詳細な記録が残ってるかもしれない」
「俺も……倉庫で、他の物にも注意してみます。同じような『気配』がないか……」
危険かもしれないが、何もしないでいるわけにはいかない。
「うん。でも、絶対に無理はしないで。監視の目もあるんだからね。あくまで、普通の作業の範囲で、だよ」
エリシアは念を押した。
俺たちは、この新たな不安と決意を胸に、その日はそれぞれの部屋へと戻った。
翌日。
俺は再び、ユレクの監視の下、広大な地上階の倉庫での物資整理作業にあたっていた。
ふと、昨日エリシアと話したL-773木箱のことを思い出し、それが置かれていたはずの棚に目をやる。……やはり、ない。
(……移されたのか。でも、どこへ? まさか、本当に地下の……)
胸騒ぎがする。もし本当に危険なものだったら?
(いや、でも下手に探りを入れて怪しまれるのはまずい……。だけど、場所くらいは……)
そういえば昨日、あの箱を扱う俺の様子を、ユレクが何か端末にメモしていたような気がする……。彼は何か知っているかもしれない。
俺は意を決して、近くで他の指示を出していたユレクに声をかけた。
「あの、ユレクさん」
「ん? なんだ、ノア」
ユレクは無愛想にこちらを向く。
「すみません、昨日、俺が整理していた物資の中に……L-773と書かれた木箱があったと思うんですが、あれは今どちらに……?」
俺は努めて平静を装って尋ねた。
「あぁ、あの箱か」
ユレクは特に気にした様子もなく答えた。だが、俺には彼の目が一瞬だけ鋭くなったように見えた
「あれなら今朝、規定通り地下保管庫のD-7区画に移送されたぞ。通常の移送だ、問題ない」
「……っ! そう、ですか……」
やはり、地下保管庫へ……。しかも、俺が以前危険物を運んだ、あのD-7区画に。俺の胸のざわめきは、さらに大きくなった。ユレクの「問題ない」という言葉が、ひどく空々しく聞こえた。
俺はユレクに礼を言うと、自分の持ち場に戻った。
地下保管庫へ運ばれたあの木箱のことが、頭から離れなかった。それと同時に、俺の意識は、昨日よりも鋭敏になっているのを感じていた。 スキルを意図的に使うのではなく、ただ、周囲の空間や物に意識を向けると、流れ込んでくる膨大な『情報』の中に、異質な『ノイズ』や『揺らぎ』がないか、過敏に探してしまう。
(……こっちの棚の……奥の方にある、古い金属製の箱……? 微かに、何か……)
(あっちの、薬品が詰まったらしい樽からも……少しだけ、変な振動が……?)
気のせいかもしれない。あるいは、俺の感覚が過敏になっているだけかもしれない。
それでも、確かに、あの木箱以外にも、注意を払うべき物がこの倉庫には複数存在するような気がした。
このギルドの倉庫は、もしかしたら俺たちが考えている以上に、多くの『問題』を抱え込んでいるのではないか……?
そんな不安を感じながら作業を進めていると、集中力が散漫になっているのをユレクに咎められた。
「おい、ノア。手が止まってるぞ。ぼうっとするな」
「は、はい! すみません!」
俺は慌てて作業に戻る。今は、疑われるわけにはいかない。
一方、エリシアは資料室で、L-773の木箱に関する記録を探していた。
膨大な量の羊皮紙や書類の束。ギルドの記録管理は、必ずしも整理されているとは言えず、目的の情報を見つけ出すのは困難を極めた。資料室の管理を担当する、年配のギルド職員の視線も気になる。
(あった……!)
数時間に及ぶ探索の末、エリシアはついに、古い保管物資リストの中に「L-773」の記述を発見した。
内容は、やはり「長期保存用レーション(特殊環境用)」とだけ記されている。出所は……「第三次遺跡調査団 回収物資」とあった。私たちが迷い込んだ、あの遺跡のことだ!
(やっぱり、あの遺跡から持ち込まれたものだったんだ……! しかも、ただのレーションのはずなのに、なぜあのノイズが……?)
エリシアがさらに詳細な記録を探ろうとした、その時だった。
バタバタバタッ!
突然、資料室の外の廊下が騒がしくなった。複数のギルド職員が慌ただしく行き交う気配がする。
「おい! 地下保管庫で異常が発生したらしいぞ!」
「なんだって!? まさか、あの『指定保管物』か!?」
「担当者はどうした! すぐに応援を!」
緊迫した声が、扉越しに聞こえてくる。
地下保管庫……異常発生……!?
エリシアは息を呑んだ。まさか、あの木箱が?
***
エリシアが異常を察知してたのとほぼ同時に、俺が作業していた倉庫にも、警報のような甲高いベルの音が鳴り響いた!
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 地下保管庫D-7区画にて、高エネルギー反応及び空間異常を確認! 付近の職員は直ちに退避せよ!」
ユレクの顔色が変わる。彼は弾かれたように俺を見た。
「地下保管庫のD-7区画……!? まずい、あそこにはたくさんの危険物が……!」
彼の言葉が終わる前に、倉庫の床が、ミシリ、と嫌な音を立てて軋んだ。
そして、俺の『感知』能力が、地下深くから急速に広がりつつある、強烈な『バグ』の波動を捉えた!
昨日、俺が感じた微かな違和感は、現実の脅威となって、今まさに牙を剥こうとしていたのだ。




