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第28話:調査官の鋭い視線

尋問室のような部屋には、重苦しい空気が漂っていた。

窓もなく、壁に刻まれた術式が監視の目を光らせているかのようなその部屋の中央には、ギルド特殊案件調査部のリゼットと名乗った女性調査官が、俺たち四人の前に座り、その怜悧な目で俺たち――エリシア、ゴードン、セリア、そして俺を見据えている。


俺たちも、促されるままに着いた椅子から、彼女に向き直る。尋問が始まろうとしていた。


重苦しい空気の中、エリシアは背筋を伸ばし、落ち着きを払ってリゼットに向き合っている。


「まず、基本的なことから確認します」


リゼットは手元の書類に視線を落としながら、淡々とした口調で切り出した。


「あなた方が『忘れられた実験場』……あの古代遺跡に入った目的と、パーティー構成について、それぞれ教えていただけますか?」


最初に答えたのはエリシアだった。

「私はエリシア・フォルク。古代技術の研究者です。遺跡の調査のために入りました。単独行動でした」

彼女は研究内容の詳細には触れず、簡潔に答える。


次に、リゼットの視線がゴードンとセリアに向けられた。

「……俺たちは、勇者カイトのパーティーだ。遺跡の最深部攻略のために……」

ゴードンが、重い口を開いた。その声は力なく、覇気がない。セリアは隣で俯いたまま、肩を震わせている。


「最深部攻略、ですか。その過程で、エリシア・フォルクと合流し、その後、異常事態に遭遇した、と?」

リゼットは確認するように問いかける。


「……はい。深部を進んでいたところ、偶然出会い……その後、奇妙な現象と、見たこともない強力な魔物のようなものに襲われました」


エリシアが、事実を一部省略・改変しながら説明を引き継ぐ。彼女は『バグ』や『何か』といった存在の核心には触れず、「奇妙な現象」「強力な存在」という言葉でぼかしていた。


「詳しく聞きましょう。その『奇妙な現象』とは? 『強力な存在』とはどのようなものでしたか?」

リゼットの追及は容赦ない。


エリシアは、空間の歪み、バグ・キメラやバグ・スライムの出現、エーテル結晶の発見と暴走について、客観的な事実を中心に語っていく。彼女の説明は淀みなく、研究者らしい冷静さを保っていた。


しかし、リゼットの鋭い視線は、時折、話の細部や、ゴードン、セリアの反応に向けられていた。特に、異常事態の発生経緯について尋ねられた時、ゴードンとセリアが明らかに動揺し、口ごもったのを、彼女は見逃さなかったようだった。


「……あなた方が、その異常事態を引き起こす『きっかけ』を作った可能性は?」

リゼットが静かに問う。


「そ、それは……!」

ゴードンが狼狽し、セリアはびくりと体を震わせた。あの『石版』のことだ。

「……い、いえ……特に、何も……」

ゴードンは目を逸らしながら、かろうじて否定する。


リゼットはそれ以上追求せず、ふ、と息をつくと、今度は俺に視線を向けた。


「そして、君だ。ノア、とか言ったかな。君は元々、勇者パーティーの荷物持ちだったそうだな。戦闘能力はほとんどないと聞いているが、なぜ君だけが、これほどの激戦を生き延びることができた? エリシア・フォルクが君を守っていた、というだけでは説明がつかないように思えるが?」


核心を突く質問に、俺は息を呑んだ。どう答えるべきか……。


「先ほども申し上げた通りです」

エリシアが、俺が答える前に割って入った。


「彼は【収納】スキルを持っています。直接戦闘はできませんでしたが、瓦礫の除去など、後方支援に徹していました。私が常に彼のそばにいて守っていましたし、最後の脱出時も、彼の機転がなければ私たち全員が危なかったかもしれません。彼が生き残れたのは幸運と、そして私たちの連携の結果です」


「【収納】スキル、ね……」

リゼットはエリシアの言葉を遮るように呟き、俺の右手を――スキルを発動する手を――じっと見つめた。その視線は、まるで俺の能力の奥底まで見透かそうとしているかのようで、俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

「……なるほど。荷物持ちの少年が持つには、少々『都合の良い』幸運が重なったようだ」


彼女は何かに気づいているのか? それとも、単なるカマかけか?

俺は、黙って彼女の視線を受け止めるしかなかった。


リゼットは、しばらく俺を見つめた後、再び手元の書類に視線を落とした。

「……君たちの話は、一通り理解した」


彼女はそう言うと、立ち上がった。


「だが、正直に言って、まだ不可解な点が多い。特に、勇者カイト殿の最期と、ノアの生存についてはね」

その言葉は、静かだが、確かな疑念を含んでいた。


「今日のところは、ここまでにしておこう。君たちも疲れているだろう。ギルドで部屋を用意させる。そこで次の指示があるまで待機するように」


リゼットは事務的な口調で告げる。


「だが、勘違いしないように。調査はまだ終わっていない。ギルドの許可なく、この都市から出ることは許されない。いいね?」


有無を言わせぬ命令だった。俺たちは、力なく頷くしかなかった。

リゼットは俺たちに最後の一瞥をくれると、音もなく部屋を出ていった。


後に残されたのは、先ほどよりもさらに重く、疑念と不安に満ちた空気だった。

ゴードンが、低い声で俺に呟いた。

「……おい、ノア。お前、一体……何なんだ……?」

その声には、深い困惑と、拭いきれない疑念、そしてやり場のない苛立ちがない混ぜになったような、複雑な響きがあった。彼の視線は、俺の持つ力の底知れなさを測りかねているようでもあり、同時に、この状況を生んだ何かを非難しているようでもあった。

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