第27話:移送
ギルドの指示に従い、俺たちは移動の準備を整えた。といっても、持ち物はほとんどない。遺跡で与えられた僅かな装備と、ギルドから支給された毛布くらいだ。
エリシアが、消耗している俺の腕をそっと支えてくれる。
部屋の隅では、ゴードンがセリアの肩を叩き、立ち上がるように促していた。セリアは力なく首を振り、動こうとしない。ゴードンはため息をつくと、半ば強引に彼女を立たせた。彼ら二人の顔には、悲しみと共に、先の見えない不安が色濃く浮かんでいる。
ギルドの冒険者数名が護衛として付き、俺たちは馬車に乗せられた。おそらく、消耗した俺たちや、精神的に不安定なセリアを考慮してのことだろう。バルガスも同じ馬車に乗り込み、御者に出発の合図を送った。
ガタガタと揺れる馬車の中は、重苦しい沈黙に支配されていた。
窓の外には、急速に遠ざかっていく遺跡の入り口と、そこに設営されたギルドのテントが見える。あの悪夢のような場所から離れられる安堵感よりも、これから待ち受けるであろう現実への不安の方が大きかった。
「……ノア」
隣に座るエリシアが、小声で囁いてきた。
「ギルド本部では、あまり余計なことは話さない方がいいかも。特に、あなたのスキルの本当のことや、『バグ』についての詳細な推測はね」
俺は黙って頷いた。エリシアの言う通りだ。俺たちの話が、どこまで信じてもらえるか分からない。下手に話せば、危険な力を持つ存在として警戒されたり、あるいは研究対象として利用されたりする可能性だってある。
「カイトさんのことも……真実を話すべきだとは思うけど……」
エリシアは、ちらりとゴードンたちを見た。彼らは、馬車の隅で互いに身を寄せ合い、硬い表情で俯いている。
「……彼らが石版のことを話さない限り、私たちだけが原因を追及するのも難しいかもしれないね」
俺たちの証言と、勇者パーティーの生き残りである彼らの証言。ギルドはどちらを重く見るだろうか。考えれば考えるほど、状況は俺たちにとって不利な気がした。
馬車は、森を抜け、整備された街道へと出た。
どれくらい揺られていただろうか。やがて、前方に大きな街の影が見えてきた。石造りの高い城壁に囲まれた、活気のある都市だ。ここが、最寄りの都市であり、ギルド本部がある場所なのだろう。
都市の門をくぐると、道行く人々の視線が馬車に集まるのを感じた。ギルドの紋章が入った護送用の馬車と、中に乗る俺たちの疲弊した様子。何か大きな事件があったことは、彼らにも伝わっているのかもしれない。あるいは、勇者パーティーに関する何らかの噂が、既に広まっているのか……。
馬車は、都市の中央広場に面した、ひときわ大きく立派な建物の前で止まった。硬質で実用的なデザインのその建物には、見慣れた冒険者ギルドの紋章が大きく掲げられている。ここがギルド本部らしい。
「着いたぞ、降りてくれ」
バルガスの短い指示で、俺たちは馬車を降りる。セリアはショックからか足元がおぼつかず、ゴードンがさっとその腕を支えた。彼は憔悴しながらも、残された仲間を気遣っているようだった。
ギルド本部の内部は、多くの冒険者たちでごった返していた。依頼を探す者、仲間と談笑する者、武具の手入れをする者。その喧騒の中を、俺たちはバルガスに先導され、奥へと進んでいく。周囲の冒険者たちが、訝しげな、あるいは好奇の視線を俺たちに向けているのが分かった。
バルガスは、受付や依頼ボードが並ぶホールを抜け、関係者以外立ち入り禁止と思われる重々しい扉の奥へと俺たちを案内した。静かで、ひんやりとした石造りの廊下を進み、一つの部屋の前で立ち止まる。
「ここで待ってろ。担当者がすぐに来る」
バルガスはそう言い残すと、護衛の冒険者一人を扉の前に立たせ、自身はどこかへ去っていった。
通された部屋は、尋問室のような場所だった。中央に質素なテーブルと椅子がいくつか置かれているだけで、窓もない。壁には、おそらく魔法的なものであろう、防音や監視のための術式のようなものが刻まれているのが見えた。
俺とエリシア、そしてゴードンとセリアは、促されるままに椅子に座る。再び、重苦しい沈黙が訪れた。これから何を聞かれ、俺たちの運命はどうなるのか……。
しばらくして、扉が静かに開き、一人の人物が入ってきた。
ギルドの上級職員と思われる、整った制服に身を包んだ、年の頃は三十代半ばくらいの女性だった。鋭く怜悧な目つきをしており、その佇まいからは、バルガスとはまた違う、知的な威圧感が漂ってくる。
彼女は俺たち四人をゆっくりと見渡し、そして、感情の読めない声で言った。
「――さて、生存者の皆さん。お待たせしました。私はギルド特殊案件調査部のリゼットと申します。これから、あの忌まわしき遺跡での出来事について、詳しくお話を聞かせていただきましょうか」
本格的な事情聴取が、今、始まろうとしていた。