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第26話:これから


バルガスが部屋を出ていくと、後に残されたのは、重く、息苦しいほどの沈黙だった。

扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


俺とエリシア、そして部屋の隅でまだ憔悴しきっているゴードンとセリア。四人だけが、この簡易的な個室に取り残された。

窓の外からは、遺跡周辺に設営されたであろうギルドのキャンプの喧騒が微かに聞こえてくるが、それもどこか遠い世界の出来事のように感じられた。


ゴードンは壁に背を預けたまま、膝を抱えて顔を伏せている。その大きな体が、今はひどく小さく見えた。

セリアも、嗚咽は止まったものの、虚ろな目で床の一点を見つめている。時折、彼女の肩が小さく震えるのが分かった。


カイトは……もういない。

その事実が、重い現実としてのしかかってくる。

追放された俺でさえ、胸の奥が締め付けられるような感覚があるのだ。ずっと彼と共に戦ってきたゴードンとセリアの喪失感は、計り知れないものだろう。


「……」

俺は、なんと声をかければいいのか分からなかった。かけるべき言葉が見つからない。

ギルドへの報告で嘘をついたことへの罪悪感も、まだ胸に残っている。


「……今はまず、休みましょう」

沈黙を破ったのは、エリシアだった。彼女は努めて落ち着いた声で言った。

「ギルドの人が、食事と水を用意してくれてる。少しでも口にして、体力を回復させないと」


彼女が指差したテーブルの上には、ギルドの職員が置いていったであろう、簡単な食事スープとパンと水差しが用意されていた。


エリシアは立ち上がり、それぞれの前に食事を配る。

ゴードンもセリアも、最初は反応を示さなかったが、エリシアに促され、力なくパンを手に取った。俺も、まだ重い体を起こし、差し出されたスープをゆっくりと口に運ぶ。温かい液体が、冷え切った体にじんわりと染み渡っていった。


食事中も、会話はほとんどなかった。

ただ、食器の音と、セリアのかすかな啜り泣きだけが部屋に響く。


食事が終わると、エリシアが俺の隣に座った。

「ノア、体調はどう? 無理してない?」

彼女は心配そうに俺の顔を覗き込む。


「はい……だいぶ楽になりました。ありがとうございます」

「そっか、よかった」

エリシアはほっと息をつくと、声を潜めて続けた。

「ギルドへの報告……ごめんね、ノアのスキルのこと、本当のことを言えなくて」


「いえ……助かりました。俺も、どう説明すればいいか……」

あの力のことを、どう話せば信じてもらえるだろう。信じてもらえたとして、ギルドや他の人々が、俺の力をどう見るか……。考え出すと、不安しかない。


「今は、これで良かったんだと思う」

エリシアは静かに言った。「あなたの力は特別すぎる。それに、まだ制御もできないし、リスクも大きい。迂闊に情報を漏らすのは危険だよ。それに……」

彼女はちらりとゴードンたちを見た。

「彼らが原因を作った『石版』のことを隠している以上、私たちだけが全てを正直に話すわけにもいかないしね」


確かにそうだ。あの二人が真実を話さない限り、俺たちだけが本当のことを話しても、話が食い違い、余計に疑われるだけかもしれない。


「……でも、カイトさんのこと……」

俺は、彼の最後の姿を思い出す。俺たちを逃がすために、一人で『何か』に立ち向かっていった彼のことを、嘘で覆い隠してしまったような罪悪感があった。


「……彼の行動は、勇気あるものだったと思う」

エリシアは静かに言った。


「理由はどうあれ、結果的に彼は私たちを助けてくれた。その事実は、私たちが忘れないでおかないとね」

彼女の言葉は、俺の心の澱を少しだけ軽くしてくれた気がした。


「これから、どうなるんでしょうか……?」

俺が尋ねると、エリシアは少し考えてから答えた。

「分からない。バルガスさんは『待機しろ』って言ってたけど……。カイトさんのことが王国に報告されれば、もっと上の人間が出てくるかもしれない。私たちの処遇も、ギルドの判断次第かな」

彼女は窓の外に視線を向ける。

「それに、遺跡のバグも気になる。あの後、どうなったのか……」


問題は山積みだ。俺自身のスキルのこと、エリシアの研究、ゴードンとセリアの今後、そして、カイト不在の勇者パーティーが世界に与える影響……。


その夜は、それぞれの思いを抱えたまま、重苦しい空気の中で過ぎていった。俺もエリシアも、そしてゴードンたちも、疲労困憊のはずなのに、なかなか寝付けずにいた。


翌朝。

簡素な朝食がギルド職員によって運ばれてきた。昨日よりは少しだけ落ち着きを取り戻したのか、ゴードンもセリアも無言ながら食事には手をつけている。だが、彼らと俺たちの間に会話はない。見えない壁が、そこには存在していた。


食事が終わってしばらくした頃、再び部屋の扉がノックされた。

入ってきたのは、バルガスだった。彼の表情は昨日よりもさらに険しい。


「少しは落ち着いたか?」

バルガスは部屋の中を見渡し、低い声で言った。

「では、改めて話を……いや、その前に、君たちには移動してもらうことになった」


「移動……ですか? どこへ?」

エリシアが尋ねる。


バルガスは答えた。

「この遺跡の調査と管理を担当している、最寄りの都市のギルド本部だ。そこで、専門の部署が君たちから正式に事情を聞くことになる。特に……勇者カイト殿の件についてはな」


ギルド本部……。それはつまり、俺たちの証言が、より厳しく精査されるということだろう。

そして、俺たちの運命も、そこで決まるのかもしれない。

俺は、エリシアと、そしてゴードン、セリアと、再び無言で視線を交わした。

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