第25話:語られぬ真実
簡易的な宿泊施設の個室には、重苦しい空気が漂っていた。
部屋の中央には、俺たちが保護された際に指揮を執っていたリーダー格の男――たしか、バルガスと名乗っていた――が座り、歴戦の風格を感じさせる鋭い目で俺たちを見据えている。彼の前には、エリシアが代表して座り、遺跡での出来事を報告しているところだった。
「――深部で、私たちは未知の異常現象と、強力な存在に遭遇したのです」
エリシアは、俺のスキルや『バグ』の核心には触れず、「未知の異常現象」「強力な存在」という言葉を選びながら、慎重に説明を進めていた。バグ・キメラとの遭遇、エーテル結晶の発見、そしてその暴走……。
彼女が、カイトが殿を務めて俺たちを逃がしてくれた経緯を語り終えると、部屋の隅で俯いていたセリアが再び嗚咽を漏らし、ゴードンは固く拳を握りしめた。
バルガスは、腕を組んで黙って話を聞いていたが、エリシアの話が終わると、静かに口を開いた。
「……話は分かった。過酷な状況だったことは理解できる。だが、いくつか確認させてもらいたい」
彼の最初の質問は、ゴードンとセリアに向けられた。
「勇者パーティーが、なぜそのような異常事態に遭遇したのか。何か、きっかけはなかったのか? 例えば、遺跡の奥で何か特殊な遺物に触れたとか……」
その問いに、ゴードンとセリアの顔色が変わった。明らかに動揺している。あの『石版』のことだ。彼らは口をつぐみ、視線を合わせようとしない。
エリシアが助け舟を出すように口を開いた。
「私たちが合流した時には、すでに状況は悪化していました。原因については、私たちも……」
「そうか」
バルガスはエリシアの言葉を遮り、今度は俺に視線を向けた。
「君は、ノア、だったな。君は確か、パーティーでは荷物持ちだったと聞いている。戦闘能力はほとんどないはずの君が、どうやってあの激戦を生き延びることができたんだ?」
核心に迫る質問。俺は息を呑んだ。スキルのことは、話すべきなのか?
俺が答えに窮していると、再びエリシアが割って入った。
「彼は【収納】スキルを持っています。直接戦闘はできませんでしたが、瓦礫の除去や、私たちの避難経路の確保に、そのスキルで貢献してくれました。それに、私が彼を守っていましたから」
エリシアは、俺のスキルの異常性には一切触れず、当たり障りのない説明で切り抜ける。
俺は、エリシアが嘘をついてくれていることに感謝しつつも、胸の奥で罪悪感が疼いた。真実を隠している。それは、カイトの最後の行動に対しても、誠実ではない気がした。
バルガスは、俺とエリシアの顔をじっと見つめ、何かを探るような目つきをしていたが、それ以上は追求せず、ふう、と息をついた。
「……分かった。話は一通り聞いた。だが、腑に落ちん点もいくつかある。特に、勇者カイト殿の件は重大だ。王国にも報告せねばならんだろう」
彼は厳しい表情で告げた。
「詳細は、君たちの体調が回復し、状況が落ち着いてから、改めて聞かせてもらう。それまでは、ギルドの指示に従い、この拠点で待機してもらうことになる。いいな?」
俺たちに、否やはない。
「……はい」
エリシアが代表して頷くと、バルガスは「ゆっくり休め」と言い残し、部屋を出ていった。
後に残されたのは、重苦しい沈黙と、それぞれの胸に去来する複雑な思いだった。
ゴードンとセリアは、依然として憔悴しきっている。彼らは、カイトを失った悲しみと、そして、自分たちの招いた結果への後悔、あるいは責任から逃れたいという気持ちの間で揺れているのかもしれない。
俺は、彼らと、そしてエリシアと、これからどう向き合っていくのだろうか。
ギルドへの報告、失われた勇者、制御不能な自分の力、そして遺跡の謎……。
問題は山積みだ。
遺跡の外に出たことで、一つの戦いは終わった。
だが、それは同時に、全く新しい、そしておそらくは、より複雑な戦いの始まりを意味していた。