第23話:帰還、そして
眩い光が収まり、浮遊感と激しい衝撃が同時に襲う。
俺は、叩きつけられた硬い床の上で、咳き込みながらゆっくりと目を開けた。
「……はぁ……はぁ……ここ、は……?」
息を切らしながら周囲を見渡す。
そこは、石造りの比較的小さな部屋だった。壁の一部には複雑な紋様が刻まれた円形の台座があり、俺たちが今まさにそこから転がり出てきたであろう場所が、不安定な光の粒子を散らして揺らめいている。あの転送ゲートだ。
「ノア! 大丈夫!?」
すぐそばで、エリシアが俺の体を支えてくれた。彼女も息を切らしており、顔には疲労の色が濃いが、その瞳には安堵の色が浮かんでいた。
「エリシアさん……俺たちは……助かった……?」
「うん……たぶんね」
エリシアは周囲を見回し、懐から小型の解析ツールを取り出す。幸い、まだ機能するようだ。
「このエネルギーパターン……間違いない! ここは、私が最初に見つけた、遺跡の入り口近くの転送装置の部屋だよ! ノアが生成してくれた代替エネルギーで、正確にここまで飛べたんだ!」
入り口近く……!
その言葉に、俺は全身の力が抜けるような感覚を覚えた。本当に、あの悪夢のような遺跡の深部から脱出できたのだ。
部屋の隅では、ゴードンとセリアが床に座り込んでいた。ゴードンは力なく壁に頭をもたせ、セリアは膝を抱えて俯いている。二人とも、助かったという安堵よりも、深い喪失感に打ちのめされている様子だった。
「……カイト……」
セリアが、消え入りそうな声で呟く。
そうだ、カイトは……いない。俺たちを逃がすために、あのバグ空間に残ったのだ。彼の安否は……絶望的だろう。
重い沈黙が部屋を支配する。
彼の最後の行動。俺を追放した彼が見せた、あの覚悟。俺の中で、彼に対する感情は、もはや憎しみだけではなかった。
「……とにかく、今はここから出よう」
エリシアが、沈痛な空気を振り払うように言った。
「この部屋は入り口に近いはず。外に出れば、助けが……」
その時だった。
ガコンッ! ドンッ! ドンッ!
部屋の唯一の扉――おそらく外へと繋がるであろう古い石の扉――が、外から激しく叩かれる音が響いた!
「!?」
俺たちは咄嗟に身構える。まさか、バグがここまで!?
「誰かいるのか! 返事をしろ!」
扉の向こうから、野太い男の声が聞こえた。バグではない、人間の声だ!
エリシアと俺は顔を見合わせる。
「……助け、かもしれない!」
エリシアが震える声で叫ぶ。
「ここに人がいます! 助けてください!」
すると、扉を叩く音は止み、代わりに何か硬いものをこじ開けるような音が響く。しばらくして、ギィィ……という重い音と共に、石の扉がゆっくりと外側へ開かれた。
扉の向こうから差し込む、松明の強い光。そして、その光の中に浮かび上がったのは、見慣れた冒険者ギルドの紋章を付けた、屈強な武装した男女の姿だった。数人の冒険者たちが、警戒しながらも驚いた顔で、部屋の中にいる俺たちを見つめている。
「……生存者だ!」
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
先頭にいた、リーダー格と思しき屈強な戦士が、俺たちに駆け寄ってくる。
「あなたたちは……ギルドの方々ですか?」
エリシアが尋ねると、戦士は頷いた。
「ああ、そうだ。数日前からこの遺跡で異常なエネルギー反応が観測されてな。調査に来てみれば、入り口付近は無事だったが、奥から断続的に戦闘音や爆発音が聞こえたもんで、捜索隊が編成されたんだ。まさか、こんなところに生存者がいたとは……」
異常なエネルギー反応……おそらく、エーテル結晶の暴走や、俺がスキルを使った影響だろう。それが、外部にまで伝わっていたのか。
「他の仲間は!? 勇者カイト殿のパーティーが入ったはずだが!」
リーダーの戦士が鋭い目で尋ねる。
その言葉に、ゴードンとセリアの肩が再び震えた。
エリシアが、代表して重々しく口を開く。
「……私たちは……そのパーティーの……。でも、カイトさんは……」
リーダーは、俺たちの疲弊しきった様子と、カイトがいない事実、そしてゴードンとセリアの様子から、おおよその事情を察したようだった。それ以上は深く追求せず、部下たちに指示を出す。
「……そうか。状況は後で聞こう。まずは負傷者の手当と保護が最優先だ! 水と毛布を! 応急手当の準備!」
ギルドの冒険者たちは、手際よく俺たちに駆け寄り、水筒を差し出し、毛布をかけ、簡単な手当てをしてくれた。セリアは差し出された水を受け取ると、再び堰を切ったように泣き出した。ゴードンは、ただ黙って空を見つめている。
俺も、差し出された水を受け取り、ゆっくりと喉を潤す。助かったのだ、という実感が、じわじわと湧い上がってきた。
「よし、ここもいつまでも安全とは限らん。すぐに外へ運び出すぞ!」
リーダーの号令で、俺たちはギルドの冒険者たちに支えられながら、転送室を出て、遺跡の入り口へと向かった。
そして――
久しぶりに見る、外の光。
木々の緑と、土の匂い。
遺跡の外には、ギルドの大きなテントが設営され、多くの人々が慌ただしく動き回っていた。
俺たちは、ついに生きて、この遺跡から帰還したのだ。
だが、戦いは終わっていない。
勇者の犠牲。『バグ』というこの世界の謎。そして、俺の中に眠る、未知なる力。
新たな始まりは、多くの代償と、未だ見えぬ未来への不安と共に、静かに幕を開けたのだった。
これにて第1部は完結です。
初めての作品で至らないところが多々あったと思いますが、ここまで読んでくれた方、ありがとうございますmm