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第19話:闇の中の道標

冷たく硬い石の感触と、微かなカビの匂い。 そして、すぐそばで聞こえる、心配そうな声。


「……ノア? ノア、聞こえる?」


ゆっくりと目を開けると、ぼんやりとした淡い光の中に、エリシアの顔が見えた。俺は、あの隠し通路の階段の途中で、気を失っていたらしい。


「……エリシア、さん……?」


掠れた声が出た。喉がひどく渇いている。


「よかった、気がついたんだね! 丸一日くらい眠ってたんだよ」


エリシアは安堵の息をつき、すぐに水筒を俺の口元に差し出した。差し出された水をゆっくりと飲む。最後の一滴まで大切に飲み干すと、わずかに思考がはっきりしてきた。


「俺……どれくらい……」

「うん、丸一日。ノア、本当に限界だったんだね。今はどう? 体、動かせそう?」


エリシアは俺の額に手を当て、熱を確かめる。幸い、熱はないようだ。スキル暴走の直接的な反動というよりは、極度の消耗による気絶だったのかもしれない。


体を起こそうとすると、まだ全身に鉛のような重さが残っていたが、意識を失う前よりはだいぶ楽になっていた。頭痛も、鈍い痛みが残る程度だ。


「……はい、なんとか……。皆さん、は……?」


俺は周囲を見回した。狭い階段の踊り場のような場所に、俺たちは身を寄せ合っていた。光源は、エリシアの杖が放つ、以前よりもさらに弱々しくなった光だけだ。


ゴードンとセリアは、壁にもたれてぐったりと座り込んでいる。その顔には疲労と絶望の色が濃い。


そして、カイトは……ゴードンに寄りかかるように横たえられ、意識は朦朧としているようだった。右手の火傷はエリシアが応急処置を施してくれたようだが、顔色は悪く、苦痛に時折顔を歪めている。まだ自力で動くのは難しいだろう。


「……状況は、あまり良くないかな」


エリシアは声を潜めて言った。


「食料は完全に尽きた。水も、今ノアにあげたのが本当に最後の一口だった。杖の予備電力も、あとどれくらい持つか……」


絶望的な言葉が続く。 エーテル結晶は失われ、少なくとも転送装置による脱出の望みは絶たれた。残されたのは、この暗く危険な階段を上り、上層(制御室)へ戻るという道だけ。しかし、その道も安全とは限らず、俺たちの体力も尽きかけている。


「……ごめんなさい。俺のせいで……」


俺がスキルを暴走させなければ、もっと冷静に対処できていれば、エーテル結晶を確保できたかもしれない。そう思うと、申し訳なさで胸が締め付けられる。


「ノアのせいじゃないよ!」


エリシアは、きっぱりとした口調で俺の言葉を遮った。


「あの状況で、あなたは皆を助けるために最善を尽くした。それに、あの結晶は元々不安定だったんだ。カイトさんが触らなくても、いずれ暴走した可能性だってある。自分を責めちゃダメだよ」


彼女の真っ直ぐな瞳が、俺を力づけてくれる。


「それにね、悪いことばかりでもないんだ」


エリシアは少しだけ明るい声を出した。


「ノアが眠っている間に、この通路を少し調べてみたんだ。壁の材質や構造、空気の流れ……私の解析だと、この通路はかなり古いけど、構造的にはすごく安定してる。それに、空気の流れから見て、上層はそう遠くないはずだよ!」


彼女は解析ツールに表示された簡易的な図を示してくれた。確かに、緩やかなカーブを描きながらも、階段は着実に上へと続いているようだ。


「あと、これ」


エリシアは壁の一部を指差した。


そこには、風化しかけてはいるが、何かを示しているような線刻の図があった。


「古代の地図の一部みたいなんだ。完全に解読はできないけど、どうやらこの遺跡は、私たちが思っているよりもずっと広大で、地上への出口も一つじゃない可能性がある」


微かな、しかし確かな希望の光。エリシアは、この絶望的な状況の中でも、持ち前の知識と分析力、そして前向きさで、進むべき道を探し出そうとしてくれていたのだ。


「……行きましょう」


俺は、まだ重い体に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。


「ここにいても、何も変わらない。上を目指しましょう、エリシアさん」

「うん、そうだね!」


エリシアも頷き、立ち上がる。


俺たちは、消耗しきったゴードンとセリアにも声をかけ、意識のないカイトを再びゴードンが背負い、わずかな光を頼りに、再び階段を上り始めた。 空腹と渇きが、容赦なく体力を奪っていく。暗闇は精神を蝕み、時折聞こえる不気味な反響音や、壁を這う奇妙な生物の気配が、俺たちの神経をすり減らした。


それでも、俺たちは歩みを止めなかった。エリシアが見つけ出した希望と、互いを支え合う存在があったからだ。俺は、エリシアが転びそうになれば手を貸し、エリシアは、俺や他のメンバーの状態を常に気遣ってくれた。ゴードンは文句一つ言わずカイトを運び続け、セリアも、怯えながらも時折、小さな灯りの魔法でエリシアの杖の光を補佐してくれた。


どれくらい上っただろうか。 階段の傾斜が緩やかになり、明らかに空気の流れが変わったのを感じた。そして、遠くに、本当に微かだが、人工的な光が見えた気がした。


「……! 見て! あれは……!」


エリシアが声を上げる。


間違いない。階段の終わりが見えてきたのだ。その先には、石造りの重厚な扉のようなものが見える。扉の隙間からは、制御室で見たような、古代の装置が放つ光が漏れている。


「やった……! やっと……!」


ゴードンが安堵の声を漏らし、セリアも涙ぐんでいる。俺も、ようやくここまで来られたことに、全身の力が抜けるような安堵感を覚えていた。


だが、安堵も束の間だった。 扉に近づくにつれて、ある違和感に気づく。扉は固く閉ざされており、その表面には、これまで見てきたものよりもさらに複雑で、強力な封印が施されているような紋様が刻まれていたのだ。


「……この扉……ただの扉じゃないね」


エリシアが険しい顔つきで扉を調べる。


「強力な封印……それも、物理的なものだけじゃない。空間そのものを固定するような、特殊なロックがかかってる。私のツールじゃ、解除は難しいかも……」


ようやくたどり着いたと思った上層への道は、またしても強固な壁によって阻まれてしまった。 しかも、事態はそれだけではなかった。


扉の向こう側から、微かに音が聞こえてくる。 それは、機械の駆動音や、エネルギーの流れる音だけではない。 ジジッ……という、あの不快なノイズ音。そして……人の争うような声と、金属がぶつかり合う音……。


「……嘘でしょ……?」


エリシアが蒼白な顔で呟く。


扉の向こう――俺たちが目指してきた制御室のある上層区画は、決して安全な場所ではなかった。そこでは、今まさに、新たな『何か』が起こっている……。 俺たちは、絶望的な状況から抜け出した先に、さらなる絶望の入り口へとたどり着いてしまったのかもしれなかった。

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