第18話:崩落からの脱出
「脱出しないと!」
エリシアの叫びが、崩壊し始めたドーム空間に響く。 天井からは巨大な岩塊が絶え間なく降り注ぎ、床は亀裂を走らせながら波打ち、暴走したエーテル結晶から放たれる制御不能なエネルギーの奔流が、壁や機械装置を破壊しながら渦巻いていた。
「こっち! あの通路へ急いで!」
エリシアは、俺たちが下層に降りてきた隠し通路(階段)の入り口――今は唯一の脱出路に見えるそこ――を指差した。しかし、それはこの広大なドーム空間の反対側にあり、ここからでもかなりの距離があるように見えた。
「ゴードンさん! カイトさんを!」
「おおっ!」
ゴードンは負傷して意識も朦朧としているカイトを担ぎ上げ、屈強な体で前を向く。
「セリア、援護!」
「は、はいっ!」
セリアも顔面蒼白ながら、ゴードンとカイトの周囲に防御魔法を展開する。
エリシアを先頭に、俺たちは決死の脱出を開始した。 だが、道は決して平坦ではなかった。
ドドドドッ!
行く手の床が突然大きく陥没し、深い亀裂が走る。
「うわっ!」
「飛び越えて!」
エリシアの指示に従い、俺たちは必死に亀裂を飛び越える。カイトを担いだゴードンは、その巨体にも関わらず驚くべき跳躍力を見せたが、着地の衝撃に顔を歪めた。
ビュンッ!
頭上からは、暴走したエネルギーの余波なのか、鋭い熱線のようなものが降り注ぐ。
「盾を使え!」
カイトが苦痛に呻きながらも叫ぶ。ゴードンは担いだカイトを庇いながら盾を掲げ、熱線を弾くが、盾の一部が赤熱し、溶け落ちていく。
「ノア! 右前方、壁が来る!」
エリシアが叫ぶ。見ると、側面の大壁が巨大な口を開けるように崩れ落ち、俺たちの進路を塞ごうとしていた。
(まずい!)
このままでは押し潰される! 俺は咄嗟に右手を向けた。消耗しきった体に鞭打ち、イメージを集中する。 (収納! あの瓦礫を!)
『収納!』
バチィッ!!
右腕に激痛が走る。だが、落下してくる壁の一部分が、ノイズを発しながら空間に吸い込まれ、わずかな隙間が生まれた! 完全ではないが、通り抜けられる!
「今だ! 走れ!」
俺たちはその隙間を駆け抜ける。スキルを使った反動で、俺の視界は大きく揺らぎ、足元がおぼつかない。
「しっかり!」
エリシアが俺の腕を掴み、半ば引きずるようにして走ってくれる。
「はぁ、はぁ……あと、少し……!」
隠し通路の入り口が見えてきた。だが、そこにも新たな絶望が待ち構えていた。 入り口の真上の天井が、巨大な岩盤となって剥がれ落ち、通路を完全に塞ごうとしていたのだ! あれが落ちれば、万事休すだ。
「ダメだっ、間に合わない!」
カイトを担いだゴードンが悪態をつく。カイトもセリアも、なすすべなくその光景を見上げるしかない。
(……やるしかないのか……最後、だけど……!)
俺は、朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞った。 収納じゃない。固定だ。あの巨大な岩盤の落下を、ほんの一瞬でもいい、空間ごと停止させる!
『ストレージ……空間固定……!』
ズゥンッ!!
世界が、一瞬だけ無音になったような感覚。 右腕から先の感覚がなくなり、全身の血液が逆流するかのような激しい負荷が俺を襲う。 だが、確かに、落下しつつあった巨大な岩盤の動きが、ほんのわずかな間だけ、空中でピタリと静止した!
「……!! 行けええええっ!!」
俺が叫んだのか、エリシアが叫んだのか。 その一瞬の隙を突き、ゴードンが、セリアが、そしてエリシアに引きずられる俺が、隠し通路の暗闇へと転がり込んだ。
直後、背後で全てが崩壊する、天地がひっくり返るような轟音が響き渡った。 スキルによる固定が解けた岩盤が入り口を完全に砕き、塞ぎ、暴走したエーテル結晶の最後の輝きが通路の奥まで一瞬だけ差し込んだかと思うと、すべてが完全な闇と静寂に包まれた。
「……はぁ……はぁ……はあっ……」
狭く、暗い階段の途中で、俺たちはただ互いの荒い息遣いだけを聞いていた。 全身が痛い。頭が割れそうだ。もう、指一本動かせない。
「……助かった……のか……?」
ゴードンの声が、闇の中で震えていた。
「……分からない。でも、ひとまずは……」
エリシアが、か細い声で答えた。彼女も限界に近いのだろう。杖を取り出し、予備の明かりを灯そうとするが、チカチカと数回点滅するだけで、安定した光にはならない。
「もうっ、光源まで……!」
エリシアが悔しげに呟く。
俺は、壁にずるずると座り込むしかなかった。意識が急速に遠のいていく。
「……エリシアさん……結晶は……?」
最後の力を振り絞って尋ねる。
エリシアは、暗闇の中で首を横に振る気配があった。
「……ごめん。あの状況じゃ……破片一つ、拾えなかった……」
希望の光だったエーテル結晶は、完全に失われた。 転送装置による脱出の道も、おそらくは潰えた。
食料も水も尽きかけ、仲間(?)は負傷し、俺自身も限界。 光源すら、ままならない。
俺たちは、かろうじて命は繋いだが、状況は絶望的だった。 追放された時よりも、さらに深い闇の中にいるような気がした。
(結局、俺は……何も……)
そこで、俺の意識は完全に途切れた。 遠のく意識の片隅で、エリシアが俺の名前を叫ぶ声が、微かに聞こえたような気がした。