第17話:暴走する結晶
ビキィッ!!
カイトの手がエーテル結晶に触れた瞬間、鋭い亀裂音が響き渡り、巨大な結晶の表面に稲妻のような光が走った。直後、部屋全体が凄まじい揺れに見舞われる。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
「きゃあああっ!」
セリアの悲鳴が響き渡る。立っているのもやっとの激しい振動。中央のエーテル結晶は、これまでとは比較にならないほど眩い、しかしどこか禍々しい輝きを放ち始め、周囲の空間をビリビリと震わせるほどの濃密なエネルギーを奔流のように放出し始めたのだ!
「まずい! 結晶のエネルギーが不安定になってる! 暴走する!!」
エリシアが叫ぶ。彼女の持つ解析ツールは、けたたましい警告音を発し続けている。部屋を満たすエネルギーはもはや神秘的なものではなく、触れれば焼き尽くされそうなほどの暴力的な熱と光を帯びていた。周囲に設置されていた古代の機械装置も、火花を散らし、いくつかは爆発を起こしている。
「ぐ、うあああっ!」
問題を引き起こした張本人であるカイトは、苦痛に顔を歪め、エーテル結晶に触れたまま動けなくなっていた。彼の右手は青白い光に包まれ、まるで結晶に吸い付いているかのようだ。無理に引き剥がそうとしているようだが、見えない力に捕らわれているのか、びくともしない。エネルギーが、直接彼に流れ込んでいるのかもしれない。
「カイト!」
「しっかりしろ、カイト!」
ゴードンとセリアが、慌ててカイトに駆け寄ろうとする。だが、結晶から放たれるエネルギーの奔流に阻まれ、近づくことすらできない。ゴードンが盾を構えて突っ込もうとするが、激しい衝撃と共に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ぐはっ……!」
「ゴードン!」
「ダメ! 下手に近づかないで!」
エリシアが叫び、咄嗟に俺たちの周囲に防御シールドを展開する。シールドがエネルギーの奔流を受けて激しく明滅し、亀裂が走る。これも長くは持たないだろう。
「結晶のエネルギー制御が完全に失われてる! このままだと暴走して、この区画全体が吹き飛ぶ……メルトダウンするかもしれない!」
絶望的な状況。原因を作ったカイトは結晶に捕らわれ、ゴードンは負傷し、セリアは恐怖で立ち尽くすだけ。エリシアのシールドも限界寸前。そして俺は、先ほどの戦闘とスキル行使で消耗しきっている。
(どうすれば……? このままじゃ、全員……)
俺は、カイトの苦悶の表情を見た。自業自得だ。彼の傲慢さが招いた結果だ。そう切り捨ててしまえば楽なのかもしれない。だが、俺を見捨てた彼と同じことを、俺はしたくない。そして何より、エリシアや、他の二人まで巻き添えにするわけにはいかない。
(スキルを……使うしかないのか……? でも、また暴走したら……今度こそ……)
恐怖と焦りが、俺の中で渦巻く。あの制御不能な力の奔流を、この状況で使えばどうなる? もしかしたら、さらに事態を悪化させるだけかもしれない。
「ノア!」
エリシアが俺の名を呼んだ。彼女はシールドを維持しながらも、必死に制御室の壁や祭壇を解析している。
「何か方法があるはず……! 古代の技術なら、緊急停止のプロトコルか、エネルギーを外部に逃がす機構があるかもしれない……!」
彼女は諦めていない。ならば、俺も。 俺は、まだ痺れの残る右手に意識を集中する。求めるのは『削除』や『過負荷』のような破壊的な力ではない。もっと精密な、『干渉』。
(カイトと結晶を繋いでいる、あのエネルギーの流れ……あれを、断ち切ることはできないか……? あるいは、暴走するエネルギーそのものを、一時的にでも『固定』して……)
危険すぎる賭けだ。今の俺の状態で、そんな繊細なコントロールができる保証はない。だが、やるしかない。
「エリシアさん……俺が、やってみます……!」
「ノア!? 無茶だよ! あなたの体は……!」
「でも、他に方法が……!」
俺がスキルを発動しようと右手を構えた、その時。エリシアがある一点を指差して叫んだ。
「あそこ! あの台座の側面! 何か操作パネルのようなものが!」
見ると、部屋の中央、エーテル結晶が浮かぶ場所のすぐ近くにある祭壇のような台座の側面に、普段は隠されているであろう、小さなパネルが開いている。おそらく、先ほどの振動かエネルギーの衝撃で偶然開いたのだろう。
「あれが緊急停止のスイッチかもしれない! でも、結晶に近すぎる……!」
エリシアが歯噛みする。あのエネルギーの奔流の中、台座に近づくのは自殺行為に近い。
「俺が行く!」
声を上げたのは、意外にもゴードンだった。彼は壁際でうずくまっていたが、仲間の危機を前に、恐怖を振り払ったようだ。
「俺の盾なら、一瞬なら耐えられるかもしれん! その隙に!」
「ゴードンさん!?」
「援護は頼む!」
ゴードンはそう言うと、巨大な盾を前面に構え、雄叫びを上げてエネルギーの奔流へと突っ込んでいった! 盾が激しい光と熱に晒され、端から溶けていく。だが、彼は怯まなかった。
「セリア! ゴードンさんの援護!」
エリシアが叫ぶ。セリアも、恐怖を振り払い、最後の魔力を振り絞ってゴードンに防御魔法をかける。
「ノア! ゴードンさんが近づく瞬間、結晶のエネルギーを少しでも抑えて!」
「は、はい!」
俺は再びスキルに意識を集中する。狙うは、エーテル結晶から放出されるエネルギーそのもの。それを、ほんの一瞬だけ、『固定』するイメージ。
『ストレージ……空間固定、指向性……!』
ズンッ! と右腕に重い負荷がかかる。視界が再び霞む。だが、確かに、結晶から放たれるエネルギーの奔流が、ほんの一瞬だけ、勢いを弱めた!
「今だ、ゴードン!!」
ゴードンはその瞬間を見逃さなかった。溶けかけた盾を突き出し、エネルギーの壁を強引に突破し、祭壇のパネルへと手を伸ばす! そして、何か大きなボタンのようなものを力任せに叩きつけた!
直後、部屋全体をさらに強い振動が襲った! エーテル結晶の輝きが、一瞬、最大まで増幅し―――そして、急速に収束していく。暴走するエネルギーが、まるで何かに吸い取られるかのように、結晶の内部へと戻っていくかのようだ。
「やったか!?」
ゴードンの声が響いた直後、カイトが結晶から解放されたように手を引き抜き、床に倒れ込む。彼の右手は赤く焼け爛れていた。
だが、安心するのは早かった。 エネルギーの暴走は収まったかに見えたが、エーテル結晶そのものが、ビキビキと音を立てて、その表面に無数の亀裂を走らせていたのだ。そして、周囲の機械装置も、完全に沈黙してしまった。
「まずい……! 緊急停止の負荷で、結晶自体が限界を超えたんだ! 崩壊が始まる!」
エリシアが絶叫する。
彼女の言葉通り、巨大なエーテル結晶は、内部から不気味な光を漏らしながら、砕け散ろうとしていた。部屋の天井や壁も、連鎖するように崩落を始める。
「脱出しないと!」
エリシアは叫び、俺の手を引いた。ゴードンも負傷したカイトを担ぎ上げ、セリアがそれを手伝う。 目指すは、来た道――上層へと続くあの隠し通路だ!
だが、部屋の崩壊は予想以上に速い。隠し通路の入り口へと続く道も、落下する瓦礫で塞がれようとしていた。 俺たちは、迫りくる崩壊と、砕け散るエーテル結晶の最後の輝き(あるいは脅威)から、果たして逃げ延びることができるのだろうか。