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第10話:制御室の秘密と選択

第10話:制御室の秘密と選択

カイトが、おもむろに俺の前に立ちふさがった。

「……ノア。少し、話がある」

その瞳には、先ほどまでの疑念や嫉妬とは違う、何か別の……探るような色が浮かんでいた。彼の視線は、俺の右手――スキルを発動する手に注がれているように感じられた。


「……スキル、のこと……ですか?」

俺は、緊張で少し掠れた声で問い返した。カイトの探るような視線が痛い。どう説明すればいいのか、俺自身も分かっていないというのに……。


カイトの威圧的な視線に、思わず喉が詰まる。恐怖がないわけではない。だが、エリシアが隣にいてくれること、そして自分の力が未知ながらも何かを起こしたという事実が、ほんの少しだけ俺を支えていた。それでも、彼に対して強気に出られるほどの余裕は、今の俺にはなかった。


「……俺のスキルは、【収納】です。それしか、知りません……」

俺は途切れ途切れに、正直な気持ちを口にした。

「さっきの光だって、俺にも何が起きたのか……よく、分からないんです……」

俯きがちにそう言うのが精一杯だった。


「ちっ!とぼけやがって……」

カイトは明らかに納得していない様子で舌打ちしたが、それ以上俺に詰め寄る前に、エリシアが割って入った。


「――そこまでにしてくれるかな」

冷静な、しかし有無を言わせぬ響きを持ったエリシアの声が響く。彼女は古代文字が刻まれた壁から顔を上げ、毅然とした態度でカイトを見据えた。

「今は個人的な詮索や言い争いをしている場合じゃない。この部屋の安全を確保し、情報を収集するのが最優先事項だ。違う?」


エリシアの真っ直ぐな視線に、カイトは一瞬言葉を失い、忌々しげに顔を歪めた。だが、彼女の言うことは正論であり、今の状況でリーダーシップを取っているのがエリシアであることは明らかだった。彼は小さく舌打ちすると、不承不承といった体で俺の前から離れた。


「……みんな、少し聞いて」

エリシアは場を仕切り直し、解析ツールを操作しながら話し始めた。

「この部屋は、やはり転送装置の制御室、あるいはそれに類する重要区画で間違いないと思うよ。壁の紋様や構造が、入り口近くで見つけた転送装置の制御盤と酷似しているし。それに、この区画だけ妙に安定しているのも、古代の防御機構か何かが働いているからだろうね」

彼女は壁に刻まれた古代文字を指差す。

「問題は、この文字なんだ。かなり古い時代の言語で、しかも一部が欠損・摩耗してるから解読に時間がかかりそう。でも、これが読めれば、転送装置の起動方法や、どこへ繋がっているのかが分かるはずだよ」


エリシアは再び壁に向き直り、解析ツールと自らの知識を総動員して、古代文字の解読に集中し始めた。その姿は真剣そのもので、周りのことなど目に入っていないかのようだ。


俺は、まだ残る疲労感と頭痛に耐えながら、壁にもたれてエリシアの作業を見守る。カイトたちは、部屋の隅で距離を取り、武器の手入れをしたり、あるいは小声で何かを話し合ったりしていた。


「なあ、本当に大丈夫なのかよ、カイト」

ゴードンの不安げな声が聞こえてくる。

「あんな得体の知れない力を使う奴や、妙に偉そうな女と一緒にいて……俺たちは利用されるだけなんじゃないか?」


「黙ってろ、ゴードン」

カイトは低い声で制する。「今は他に選択肢がないだけだ。それに……あのノアの力は気になる。もし利用できるなら……」

彼の声には、黒い計算高さが滲んでいた。やはり、俺の力を自分の都合の良いように使おうと考えているのだろう。


「でも、もしあいつが私たちに牙を剥いたら……」

セリアが怯えたように言う。さっき俺が見せた力の暴走は、彼女に相当な恐怖を与えたらしい。


(……結局、俺のことは力や利用価値でしか見ていないのか)

彼らの会話を聞きながら、俺は胸の内に冷たいものが広がっていくのを感じた。初期メンバーだった頃の僅かな思い出も、今の彼らの前では色褪せて見える。


そんな中、エリシアが「あっ」と小さく声を上げた。どうやら解読に進展があったらしい。

「……読めた……一部だけど!『アーク・ゲートウェイ制御室』……これがこの部屋の名前みたいだよ!『複数座標への接続を管理』……やっぱり、転送先は一つじゃないんだよ!」

彼女は興奮気味に続ける。

「でも……『起動シーケンスには高純度エーテル結晶、もしくは同等の代替エネルギー供給が必須』……か。やっぱりエネルギー源が必要なんだね! どこかにあるかな……?」


エリシアはさらに解読を進めようとするが、ある箇所で唸り声を上げた。

「うーん、この部分、文字が潰れてて読めない……。起動シーケンスの重要な部分っぽいんだけど……」


それを見て、俺は無意識に壁に近づいていた。あの、スキルを使った時の奇妙な感覚。対象の『情報』に触れるような……あれを使えば、何か分かるかもしれない。

疲労はまだ残っている。下手に使えば、また暴走するかもしれない。だが……。


俺は意を決して、エリシアが読み解こうとしている文字の部分に、そっと右手を触れた。

そして、意識を集中する。『収納』のイメージではない。ただ、壁に刻まれた文字――その『情報』を感じ取ろうとするイメージ。


瞬間、右手にピリピリとした微かな痺れが走った。そして、頭の中に、断片的なイメージが流れ込んでくる。光の線が複雑に絡み合い、特定の紋様が強く輝く……。


「うっ……!」

急な情報の流入に、軽い目眩を覚える。


「ノア!? 大丈夫?」

エリシアが驚いて振り向く。

「い、いえ……今、壁に触れたら、何か……光の、流れのようなものが……」

俺がしどろもどろに説明すると、エリシアは目を見開いた。

「光の流れ? それって、もしかしてエネルギーラインの経路図なんじゃ……!? 私のツールでも読み取れなかったのに……すごいよ、ノア!」


どうやら、俺のスキルは、物理的な接触を通して、古代技術が持つ微細な情報を読み取るようなこともできるらしい。まだ断片的で、制御もできないが、新たな可能性が見えた気がした。


「そのイメージ、思い出せる? どんな模様が光ってた?」

エリシアに促され、俺は必死に頭の中のイメージを反芻し、指で床に簡単な図形を描いてみせる。

「……こう……こんな感じの線が、いくつか……」


「これは……!」

エリシアは俺が描いた図形を見て、息を呑んだ。

「間違いないよ! これは起動シーケンスの一部なんだ! しかも、エネルギーを供給する場所も示してる!」

彼女は興奮して、壁の文字と俺の描いた図形を照合し始める。


希望が見えてきた。転送装置を起動できるかもしれない。

だが、エリシアは解読を進めるうちに、ある一点で動きを止め、その顔から血の気が引いていくのが分かった。


「……どうしたんですか?」

俺が尋ねると、彼女は震える声で答えた。


「……読めた……警告文が……! 『座標デルタ・シグマへの転送は厳禁』……『指定座標は高度なバグ汚染区域なり』……『侵入者の精神は汚染され、存在は変質し、二度と帰還は叶わぬ』……」


部屋の中に、重い沈黙が落ちた。

転送先の一つは、ただ危険なだけではない。侵入者の精神と存在そのものを変質させてしまうほどの、恐ろしい『バグ汚染区域』に繋がっているというのだ。


俺たちは、希望と共に、とんでもない危険の扉の前に立たされていることを知った。

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