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君が思い出す

作者: 綿貫ソウ

 


 君がいなくなったのはもうずっと前のことなのに、きのうの夢に君が出てきた。


 君は制服を着ていて、僕の席の前で怒っていた。拳をにぎり、むすっと頬を膨らませていた。どうやらテストが上手くいかなかったみたいで、君は物理の先生の名前をあげて暴言をはいた。僕は勉強には自信があったから、まあまあと君をなだめ、今日気晴らしにどこか行こうと誘った。君は奢りならいいよ、なんて傲慢なことをいって、それでも嬉しそうに笑うから、僕もつい笑ってしまう。

 学校が終わり、近くのショッピングモールで僕と君は遊ぶ。ゲーセンで君がクレーンゲームの前でキレていて、僕がのぞくと熊のぬいぐるみを取ろうとしていた。僕がやろうか、と君に言うと、絶対とってよ、と君は涙目で僕に言う。結局僕も取れなくて、君に殴られて泣く。

 スイーツを奢り(君はパフェを食べた)、夕暮れの街に出ると、君は楽しかったと楽しそうにいう。それはよかったと、僕も楽しそうにいった。楽しそうな君と楽しそうな僕の二人で街を歩く。途中本屋によって、先週みた映画の原作小説をかう。君は読み終わったらかしてよ、といって何もかわずに本屋を出る。この時点で、僕はここが夢だと気づく。先週みたのは、君が死んだあとに公開された映画だったから。

 そのあと、僕と君は家に帰るために駅に向かう。僕と君の家は反対方向で、乗る電車も違った。ホームにつくと君はじゃあね、と僕に背を向けて、電車に乗ろうとする。僕はその手をとり、ちょっとだけ話さないか、と身勝手にいう。いいよ、と君はいうんだけど、内心ではきっと僕のことを心配してる。僕は基本的につまらない人間で、夜遅くまで遊ぶ、なんて考え方はしなかったから。

 夜のホームで、僕と君は電車を見送る。四席ある椅子の二つに僕と君は座って、寒いねと手をこすり合わせる。電車の光が、ちらつく雪を出現させては、消していく。

 そのまま一時間ぐらい、僕と君は無言で、その景色を眺める。そして君が僕の右手を握って、どうかしたの、って心配そうにいう。僕はなんでもないよ、なんて強がりをいって、君と手を繋いでる感覚を刻みつける。君のいない世界に行くときに、記憶を落とさないように。僕は君の手をにぎる。

 それでも終わりは来るみたいで、僕はもうすぐ、ここを離れないといけないことを直感的に知る。君は僕を見て、驚いた表情をする。なんで泣いてるの、君はそういって、僕の顔を覗きこむ。僕は泣いてないよ、なんてすぐばれる嘘をついて、君に向き直る。

「僕は君が好きだよ」

 君が生きてる世界でいえなかったことを、僕はいう。君は驚く。それでもすぐに笑って、また手をにぎる。涙は止まらなくて、君が、手をつないでない方の手で僕の目許を拭う。それでも涙は出てくるから、君は諦めてしょうがないなあ、と笑う。

 ずるいよな、と僕は思う。生きてる間に言えなかったことを今いったって、仕方ないのに。ごめんな、と僕がいうと、わかってる、と君は返した。僕はもう一度、ごめん、と謝った。君はうるさい、と僕の頭を(はた)いた。いたい。

 終電の電車がくる。さすがに君は、この電車に乗るよ、と僕にいう。発車時刻は12時ちょうど。あと数分、僕と君には、時間があまっていた。僕は最後に君の名前を呼んだ。君は、なに、と僕をみた。

「冬の道路は危ないから、気をつけて」

 わかってる、と君は答えた。

「スリップした車、ブレーキ効かないから」

 わかってるって、と君は怒ったようにいった。

「信号だって、当てにならない。青でもよく左右を確認して」

 はいはいわかってる、と君は呆れたようにいった。その表情が懐かしくて、僕はもう、ずっと泣いていた。君は、馬鹿だなあ、と僕にいって、頭をなでる。僕はされるがまま、君と最後の時間を過ごす。

 ホームの時計が、11時59分をさす。僕は右手の暖かさに意識を傾ける。目をつむって、その感覚だけを感じる。君の柔らかい手の感触も、君の体温も、君のその声も、きっといつか僕は忘れる。忘れたくない、と当たり前のように思う。

 じゃあそろそろ行くね、と君が席を立つ。明るい扉の前で、君が振り返る。正面から僕をみて、忘れてもいいんだよ、と君はいう。そして、僕を抱きしめて、もう一度。

「忘れてもいいんだよ」

 身体を離して、背を向けて、君は電車に乗り込む。扉がしまる。君は振り向かない。電車が走りだす。電車が照らす雪が遠く、遠ざかる。

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