33話:ポップコーンはキャラメルが好きです
「近藤さんと御堂君!ちょっと待って〜!」
仲良くコロシアムに向かう俺達を引き止めたのは回復科の担任。
確か名前は野々村先生だ。
駆け足で俺達の前に寄ってくるとその後ろには回復科と職業なしのクラスの面々がぞろぞろと歩いてくる。と言っても6人しかいないのだが…。
「午後の観戦は東雲先生の代わりに私が引率するのでついて来てくださいね」
丁寧で無難な対応はさすが社会を経験した人といったところか。
この野々村先生も東雲先生と同じように今年から赴任した特別講師だ。
ブレイバー学校は今年から職業なしにも特別講師を雇い入れたように専門教育にも力を入れており、野々村先生は医師の資格を持ち、さらには回復魔法も使えるという大変貴重な人である。
「それにしても生徒に何も説明せずに行っちゃうなんて東雲先生には困ったわね」
「ホントですよね」
やっぱりな!あいつならやると思ったよ。
たぶん、思っているのは俺だけじゃないだろう。
「それでは私の後について来てくださいね」
野々村先生は仕切り直しと言わんばかりに俺達の先頭を歩く。
保奈美と話しながら歩けば、すぐに大訓練場が見えてくる。
外観はスタジアムといった感じでここに来るのは入学式と決闘以来か。
野々村先生の後に付き、途中おろおろと2階への階段がどこにあるのか迷っていたので教えてあげて2階席へと向かう。
席は学年とクラス毎に大雑把に指定されているようだ。
まだ、開始まで30分位あるからか生徒の数は疎らだ。
そんな中、毛色が違う一団がやってくる。
その集団は松下さんを筆頭に最前列を占拠していく。
手にはいつの間に用意したのか中条先輩を推す団扇が握られている。
「どんな試合になるんだろうな?」
「そうだね、久遠くんが戦った時みたいな感じかな?」
「いや俺みたいな素人の戦いとは違うと思うよ」
「楽しみだね」
相変わらず緩い会話を続けているが売店とかあれば、ポップコーンかホットドッグ片手に試合観戦したいところだ。
他愛もない会話をしていると席は徐々に埋まり、開始5分前になった。
『あ〜あ〜、マイクO.Kです。それでは始めたいと思います』
アナウンスが流れ、観覧者の期待感が高まる。
『1年生は初めまして、そして2、3年生の方はご存知!実況は3年補助科の古館がそして解説はみんな大好き!序列第2位の立花円香さんが務めさせていただきます』
『私、魔法職だから近接戦の解説とか出来ないよ』
「立花先輩〜!可愛い〜!」
「円香ちゃ〜ん!好きだ〜!」
「俺と付き合ってくれ〜!」
『隣に居てくれるだけで問題ないです!それにしても流石、立花さん人気が凄いですね!』
「なあ保奈美、あの立花先輩も有名なのか?」
「うん、今日戦う中条先輩と人気をニ分するくらい有名だよ。中条先輩は女子からの人気が高くて、立花先輩は圧倒的に男子からの人気が高いんだよ」
なんとなく、解る気がする。なんかこう…守ってあげたくなるような?保護欲とでもいうのだろうか、心が掻き立てられる。
「ひょっとして久遠くんも立花先輩みたいな小柄で華奢な可愛い子が好きなの?」
私、拗ねちゃうよと言わんばかりに頰を膨らませて睨んでくるが逆に可愛く思ってしまう。
「俺は保奈美が世界で一番可愛いと思ってるよ」
「もう!ばかっ!」
「ちょっと、そこのバカップル静かにしてね」
話し掛けられるまで保奈美の隣に真由ちゃんがいるなんて気付かなかったぜ。
それにしても真由ちゃん、保奈美にも最近当たりがキツくなってきてないか。
『それでは選手の入場です!先ずは挑戦者!戦闘科3年佐藤海斗選手の入場です!』
「佐藤ぉー!頑張れ!」
「佐藤くん!中條さんに傷をつけたら許さないからねー!」
「待ってました!今日も噛ませ犬役、お疲れ!」
「また、簡単に負けんじゃねーぞ!」
「中條さんの前に平伏すがいい!」
『情報によると佐藤選手はこの日の為に過酷なレベルアップを重ね、ついにクラス3に到達したとのとこです!』
『クラスが上がっても朱里には勝てない』
同級生達からの応援は3割といったところで残りは聞いての通り、まあまあ酷い有り様だ。
それだけ中条先輩とやらの人気が凄いんだろうけど、この日の為にクラス3に上がった努力は認めてあげてもいいと思うのだが…。
入場してきた佐藤先輩、声援に応えて手を振ってるけど笑顔が引き攣ってるよ。
『皆さん!お待ちかね!本日の主役の登場だぁ!!!』
佐藤先輩がリングに上がるなり、アナウンスが流れる。
『最早!説明は不要!全生徒の頂点に咲く、孤高の花。その名は「中条朱里」!!』
入場口から現れた女性はパンツスタイルに腰には華美な装飾が目立つ細剣を差し、身長は170cm位と高い。
ベリーショートの髪は艶のある黒に顔立ちはハッとするような麗人。
まるで女性が思い描く、王子様が現実に顕微したかのような造形美。
芸能人やモデルだと言われても何ら疑問を抱かない容姿だ。
会場は黄色い声援どころかうっとりと憧れる溜息で満たされる。
「久遠くん、あの人が中条先輩だよ」
「うん、なんかキラキラしてるな…」
フィルターが掛かっていない俺でもキラキラと星が見える。女子が憧れるわけである。
『両者、位置につきました!立花さん!この試合どう見ますか?』
『朱里の圧勝』
『ズバリ!佐藤選手の見せ場はないと!』
『うん』
『観戦者の皆さんもそれを期待しているでしょう!』
試合前から佐藤先輩、メンタル削られ過ぎなのでは…。
両者が向き合っていると見慣れた男が中央に近寄っていく。
『なお、今回の審判を務めるのは新任の東雲講師!巷では最もクラス4に近い男と言われておりますが!個人的には中條さんの方がクラス4に近いと思っております!』
実況のコメントを受けて、東雲は実況席を軽く睨む。
『東雲講師!威圧を放つのはやめてください!』
『大人げない…』
東雲先生は小さく溜息を吐くと2人に向き合い、何やら確認を取る。
それに2人が頷き、互いに距離を取り構える。
『さぁ、いよいよ始まります!』
佐藤先輩は両手剣を正眼に構える。
それだけで会場の空気が一段重くなった。
対して中条先輩もレイピアを突き出すように構える。
その姿には麗しいという言葉がピッタリだと思った。
東雲先生が片手を上げて、勢いよく振り下ろす。
『試合開始だぁぁ!!!』
試合開始の合図と共に相対する2人はブレるように姿が消えた。
「「「おおぉぉー!!!」」」
歓声と共に2人は闘技台の中央で互いの武器をぶつけ合い火花を散らす。
一瞬の膠着、それすらも許さないと言わんばかりに中条先輩から鋭い剣戟がいくつも飛ぶ。
それをかろうじて防ぐ佐藤先輩。
試合開始から早くも一方的な展開となりつつあるがブレイバーの端くれとして訓練を始めた今ならコロシアムで戦う2人の凄さが解る。
今の俺では足元にも及ばないだろう。
2人の動きを遠目でさえ追えていないのだから…。
2、3年生は2人の試合に歓声を上げ、1年生の俺達は上級生の強さに度肝を抜かれて静まり返る。
そこには俺達の目指すべき明確な目標が体現されているのであった。