26話:レベルアップ
ゴブリンとの初戦を終えて、緊張が和らいだ俺は走ってゴブリンへと向かう。
さっきは称号の効果は使わなかったが今からは使う。
ハッキリ言って姫川に負けたくないのだ。
姫川は既に臨戦体制といった具合に剣を構えてゴブリンが来るのを待ち構えているがそれを横目に通り過ぎる。
俺の狙うゴブリンは柴田、姫川が相対していないゴブリン2匹だ。
その為には先ずは速攻で1匹を倒す必要がある。
鞘から剣を抜くと剣先を下に向けたまま、左手は空の鞘が揺れないよう抑えながら走る。
帯剣した当初は上手く走れなかったものだが今は練習していて良かったと思う。
整地されたグランドとは違い、自然?な地面は凸凹とした窪みが多くあり、走り難いが戦闘に影響がある程ではない。
瞬く間にゴブリンとの距離が縮まり、交錯する寸前ギリギリ間合いに入る左を駆け抜けるようにサーベルを振り抜く。
俺が狙ったのはゴブリンの首だったが狙いは逸れて、ゴブリンの大きい口をさらに広げるようにサーベルが切り裂いていき、そのまま頭部を切断した。
下顎だけを残したゴブリンの身体は前のめりに倒れるように黒い霧へと変わっていった。
まだまだ、練習と実戦の必要性を感じるもののだいたいイメージした通りの結果に満足しつつ、次の獲物を見据える。
仲間がやられたことに怒っているのか俺に敵意を向けてくる。
止めた足を再び動かし進む途中、視界の端に姫川がゴブリンを倒すのが映る。
だが俺の方が早い!
走る勢いを利用して、サーベルを突き出したまま体当たりの要領で突進した。
「グギャァー!」
今度は狙った通り、ゴブリンの体の中心を穿つ。
「まだだぁっ!」
体を剣で突き刺そうが倒せない事は柴田の戦いを見て知っている。
抉るように剣を握る手に渾身の力を入れて捻る。
「グギャギャッ!」
ゴブリンは脱力するように腕が下がり、黒い霧へと変わる。
無事に姫川よりも先に2匹目を倒したことに安堵し、振り返ると鬼気迫る眼力を向けてくる姫川と目が合った。
やっぱり姫川も2匹目狙ってたようだ。
ピコン!
[レベルアップしました。]
おおっ!と内心で初めてのレベルアップに興奮を覚える。
能力の上昇値は解っているがステータスを見ずにはいられないだろう。
「ステータスオープン!」
名前:御堂 久遠
職業:なし 称号:大物喰い、完全試合
レベル:1→2 0P
筋力:14→15+20
体力:18→19+20
魔力:1→2+20
精神:14→15+20
耐性:8→9+20
器用:16→19+20+1
敏捷:14→15+20
魅力:11→12+20
幸運:13→14+20
技能
直感
装備中:無銘の軍刀
器用の指輪
[技能]
直感
「!?」
器用値だけが3も上がっている。
職業なしはALL+1だったはずなのになんでだ?
これは素振りを毎日していた賜物なのか?それとも俺だけの才能なのか…。
もしかして、[器用の指輪]の効果か…。解らない。
だからと言って指輪を外して試す気にはならない。
もし指輪の効果だとしたら+2も損をすることになるからな。
熟考したいところだが今は実習中、結論は後にしようと残り一匹のゴブリンを見るとまるでさっきの戦いを完全再現したかのような柴田の奮戦が目に映る。
これはまた時間が掛かりそうだと思い、姫川を見ると東雲先生の方へ向かって歩いていた。
「俺達、先に戻るから柴田!頑張れよ!」
「えっ?!ちょっ!まっ!」
俺も柴田に一声掛けてこの場を後にする。
東雲先生の所に戻った時、山口はゴブリンに馬乗りになり所謂マウントポジションってやつだ。
山口は必死に拳を振り下ろしていた。
「お前達、無事に終わったみたいだな」
腕を組み、渋い顔で山口から目を離さない先生が声を掛けてくる。
ゴブリンは最早抵抗する力も残っていないのかヨロヨロと腕を上げるだけで攻撃力はない。
それでも山口も息が切れており、その攻撃も命を断つには足りないのか泥試合の様相を呈していた。
「ところで柴田は・・・またか」
心底困った様子を隠しもしないこの人は教師に向いているのか疑問だがすんなりと倒せてしまった俺は気持ちがわからなくもない。
「お前達、レベル上がったか?」
「俺上がりました」
この発言に又もや姫川は俺を睨みつけてくる。
「そうか」
ひと言そう呟くと少し考える素振りを見せる。
「姫川、あそこにゴブリンが一匹いるのが見えるか?」
「はい」
「なら速やかに狩ってレベルを上げてこい」
「わかりました」
返事をした姫川の足取りは軽かった。
姫川の後ろ姿が小さくなると先生が話しかけてくる。
「御堂、初の実戦はどうだ?」
「緊張した。…けどモンスターも人と変わらない生物なんだとわかった」
そう人と同じで急所もあれば弱い部位も存在する。
落ち着いて対応すれば、充分に勝てる。
戦う前は漠然と人を襲う危険な生物だと考えて、何処か恐れていたが相対し、理解したことで俺の中の脅威度は下がった。
これは油断とかではなくて、俺でもモンスターと戦えるとわかったのだ。
戦える自信はあっても確信がなかった。
今回は良い経験になったと思う。
「そうか、油断と慢心だけはするなよ」
「はい!」
話も終わった頃、ガサガサと草を踏み締め疲労困憊の体で柴田が帰ってきた。
俺達の元に辿り着くなり、腰を降ろして休憩する。
柴田は2匹のゴブリンを倒しているので後1匹でレベルアップ出来るのだがこの様子では無理に戦わせても怪我の危険がある。
同じ判断を先生もしたようで何も言わない。
山口の方はゴブリンの終焉を迎えつつあった。
「これでどうだっ!オラァ!」
力の限りを込めて振り下ろした拳は鈍い音をたててゴブリンの顔面に落とされると漸く黒い霧へと変わり、山口はその場で大の字になる。
「山口!柴田!ダンジョンの中で無防備な姿を晒すな!死にたいのか!」
柴田は槍を杖替わりにしてヨロヨロと立ち上がるが山口はもう精魂尽きたのか、ぷるぷるするだけで立ち上がれない。
そこに笑顔の姫川が帰ってきた。
姫川の笑顔とか俺初めて見たんだがレベルアップがそんなに嬉しかったのだろうか。
そこまで考えて俺の直感がピンッときた。
恐らく姫川も敏捷値が3上がったのではないだろうか。
俺は器用の指輪、それに対して姫川は敏捷のピアスだった。
祝福で得た魔法具にはレベルアップの際にステータス値を上乗せする能力が付与されているのではないか。
御堂のこの直感はほぼ当たっていた。
姫川の上昇した値が2だったこと以外は…。
「今日のダンジョン探索はここまでだ。帰るぞ」
体力が切れて戦闘不能者が2人も出たことで今日のダンジョン探索は終わりとなった。
帰る時は山口を先生が肩に担ぎ、槍を杖替わりにふらふらとあるく柴田、祝福を受けた時と立場が逆転した様子で地上に帰るのであった。