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修道院を追放された落ちこぼれの大食い聖女は、グルメを堪能して聖女になります!

作者: モツゴロウ


 わたしはどうやら大食いらしい。

 人より少し食べるくらいかと思っていたけど、周りのみんなに言わせると「大食い」とのこと。


 10歳くらいのとき、両親に「リシアはよく食べるねぇ」なんて言われたけど、その時は単純に褒められただけだと思って喜んでいた。


 15歳になって聖女と認められたわたしは、修道院に入り他の聖女見習いたちと共同生活を送ることになったんだけど……。


 そこで、わたしの大食いが問題になる。


「ちょっと、リシアさん!? そんなに食べては皆さんの食べる分がなくなってしまいます!」


 修道院にやってきた初日の夜。


 わたしがパクパクと食事を食べすすめていると、修道院長がわたしの食べ過ぎを注意してきたのだ。


 余っているから。そう思って食べていたんだけど、どうやら余った分は明日の食事に回すらしい。


 そう、修道院で出てくるような量でわたしの空腹は満たされることはなかった。そのせいでわたしは常に空腹感に悩まされることになる。


「お腹すいたなぁ……」


 そうこぼす毎日。見かねた友達が食事を分けてくれようとするけど、さすがに他の人が食べる分を貰うのは申し訳なく思って断っていた。


「シルクサーモンが食べたい……」


 わたしの好物はお魚だ。内陸部にあるこの修道院では魚料理なんて出てきたことがない。わたしは小さい頃に食べたシルクサーモンの味を忘れられずにいる。

 

 ――そんな日々を過ごすこと1年。


 周りが聖女として実力を開花させていくのに対し、常に空腹で力が出なかったわたしは落ちこぼれ扱いをされるようになった。


 周りの友達からはそんな目で見られることはなかったけど、上の方の人たちからは無能だと思われていたことだろう。


 それから2年。18歳になったわたしは修道院を出ることになった。


 たくさん食べれない修道院の生活に耐えられなかったのもあるけど、上の方の人たちがいつまで経っても成長しないわたしを見限ったのが主な原因だと思う。


 でも、聖女として成功することより、お腹いっぱいに美味しいものを食べることの方が大事だったわたしにとって、修道院から追放されることは渡りに船だった。


 ――そして、3年ぶりに街の生活に戻ったわたしを待っていたのは、見たこともない食材をつかった見たこともない料理たち。


「うわぁ……! 美味しそう……!」


 たまたま見つけた少しおしゃれな酒場で、わたしは歓喜の声をあげる。


 これは、鶏肉かな? てらてらと光るお肉に、食欲をそそる香りのソースがかかって、ホカホカと湯気を立てている。その横にはふかしたイモにバターがたっぷり。


 ……こんなの美味しいに決まってるじゃん!


「いただきますっ」


 ナイフとフォークを持ってお肉を切り分け、パクり。ジューシーな鶏肉と甘辛いソースが口の中で一つとなって、噛み締めるたびに頭に美味しさをダイレクトに伝えてくる。


「お、おいひぃ……!」


 あまりの美味しさに涙が出てくる。


 修道院で出てくるのは儀礼的な質素なパンとスープ、たまにサラダとかチーズくらいのものだった。


 それに比べてこの料理は、食べる人に「美味しい!」と思ってもらうために作られている。


 料理を作ってくれた人に感謝を今すぐ伝えたくなったわたしは、カウンターで食器を拭いていた店主さんに声をかける。


「こ、これっ! すっごくおいしいでしゅ!」


 急いで話そうとしたせいで噛んでしまった。恥ずかしい。


「ありがとう、お嬢さん。そんなに気持ちよく食べてくれると作った甲斐があったよ」


 そう答えてくれる店主さんは、綺麗に整えられた紺色の髪に、切れ長の瞳を持ったクールな印象の爽やかな男性だった。店主というわりにはかなり若そうに見える。20代くらいかな?


「ほ、他にもおすすめの料理とかありますかっ!」


「そうだね……。今日は活きのいいフェザーフィッシュが入ったから、それを使ってなにか作ろうか」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 わたしの注文を聞いた店主さんは、後ろの魔導冷蔵庫から1匹の魚を取り出し、それを慣れた手つきで捌いていく。その華麗な包丁さばきに、わたしはつい見惚れてしまう。


「……そんなに見られると緊張するなぁ」


「あ、ごめんなさい! あんまり上手だからつい……」


「ふふっ。これでも一応料理人だからね」


 会話しながらもその調理の手は止まらない。いつの間にか綺麗に捌かれたお魚は、フライパンの上でジュージューと焼かれていく。そこに色とりどりの野菜と見たこともない調味料が加えられ、あっという間に一つの料理として完成してしまった。


「余ったところは刺身にしようかな。新鮮だから生で食べても大丈夫だよ」


 一切れの切り身が、魔法のような包丁さばきで等間隔に切り分けられていく。白身に乗った脂が店内の照明に照らされ、キラキラと輝いている。


「はい、完成。フェザーフィッシュの甘酢あんかけと、お刺身です。どうぞ召し上がれ」


 カウンターに置かれたその料理たちは、宝石のように燦然と輝いている。食べるのがもったいないくらいだ。でも美味しそう……! ヨダレが止まらない。


「い、いただきますっ!」


 まずは甘酢あんかけの方からパクリ。出来立てでアツアツだったから、ハフハフしながら少しずつ味わう。


 程よく火が入れられたお魚は、口の中でホロホロとほどけてゆく。しっかりと脂の乗った身から溢れ出す旨みと、野菜たっぷりのトロトロのソースが絡み合い、口の中が幸せでいっぱいになる。


 しっかり味わい飲み込む。甘めに味付けされたソースが後味に少しの酸味を感じさせ、飲み込んだあとも爽やかな余韻を残す。


「美味しいですか?」


「は、はい! 美味しすぎますっ!」


「魚、好きなんだね」


「はいっ! 特にシルクサーモンが大好きで……!」


 飲み込んだ後もその美味しさにふわふわしていたわたしに店主さんが声をかける。そのクールな瞳がわたしに優しく向けられている。食べているところをじっと見られていたと思うと、わたしの顔が赤くなっていく。


「ごめんごめん。あんまり美味しそうに食べるものだからさ。嬉しくなっちゃって」


「うぅ……。わたし、大食いらしいので恥ずかしいです……」


「そうなんだね。なら、僕にとっては最高のお客さんだ」


 わたしのコンプレックスだった大食い。それを褒めてくれた店主さんは初めてわたしに笑顔を向けてくれた。


「大食いでも引かないんですか……?」


「そんなわけないよ。もっともっと食べて、幸せそうな顔を見せてほしいくらい」


 ――大食いでよかった。こんな美味しい料理をたくさん食べらるんだから。


 その後、しっかりとお刺身も味わう。店主さんはずっとニコニコと私を見つめていた。


「ごちそうさまでした! すっごく美味しかったですっ」


「お粗末さまでした。また来てくださいね。あ、自己紹介を忘れてたな。僕の名前はノアです。これからもどうぞご贔屓に」


「ノアさん、ですね! はい! ぜったいまた来ます!」


 お会計をしっかりとして店を出る。思ったより安かったけど、3品も食べたからさすがにそこそこの値段になった。でも、幸せだったからオッケーですっ!


 ◇◇◇


 しかし、ここでも私の大食いが問題になった。


 ……お金がない!


 毎日お店に通っているうちに、修道院で貯めていた手持ちがほとんどなくなってしまった。普通に生活するだけなら三ヶ月は持つくらいのお金が、たった一週間で。


 これは由々しき問題だ。どうにかしてお金を稼ぐ必要がある。しかし、聖女として落ちこぼれのわたしにお金を稼ぐ方法はそんなにない。


 普通の聖女なら、その神聖魔術で人々を癒し、お布施をもらって生活ができる。でもわたしは、初級のヒールですらまともに使うことができないのだ。


「どうしよう……。わたしには冒険者はムリだろうし……」


 お金を稼ぐなら、冒険者が一番手っ取り早いと思う。けど、こんな落ちこぼれヒーラーを雇ってくれるパーティなんてないだろう。


「だ、だれかっ! 神聖魔術の使い手はいないかっ!?」


 そんなことを考えながら冒険者ギルドの前をウロウロしていると、大怪我を負った冒険者さんが二人に肩を担がれながら運ばれてくる。


 肩から腕にかけて大きなひっかきキズ。この辺りだとシルバーウルフあたりにやられたのだろうか。


「今はみんな出払ってる! すまないが、教会に行ってくれ!」


 大柄な男性が出てきて、怪我をした冒険者たちにそう答える。

 

 ……どうやら冒険者ギルドには神聖魔術を使える人はいないみたいだ。


「あ、あのっ! わたし、少しだけなら神聖魔術を使えます! 応急処置程度ならできると思います!」


「本当かっ!? 悪いが、治療を頼む!」


 わたしのヒールくらいじゃ大した効果はないかもだけど、やらないよりはマシ!


「はいっ! ……『癒しの愛を注ぎたまえ、ヒール』!」


 これでもかというくらい全力で魔力を注ぎこみ、傷ついた冒険者さんにヒールをかける。これで止血くらいは出来たらいいんだけど……。


「お、おお……! すごい、すごいぞ!」


 目を閉じて集中していたわたしの耳に、そんな驚きの声が届く。えっ、なにが起こったの……?


 目を開けたわたしの目に飛び込んできたのは、さっきまで痛ましいキズのあった冒険者さんが、元気に立ち上がっている姿だった。その肩からはキレイさっぱり傷が消えている。


「ありがとうございます、聖女さま! こんなすごい神聖魔術は初めて見ました!」


「え、あ、あの……? キズはどうしたんですか?」


「どうって、あなたが治してくれたんじゃないですか! おかげさまですっかり治りましたよ! それに、なんだかすごく体が軽いんです!」


 目の前の状況がうまく理解できない。わたしの出来損ないのヒールでこんなにキズがすぐに治るわけがない。というか、上級神聖魔術の『キュア』でもこんなキレイにキズを消すことはできないはず……。


「本当にありがとうございます! ……あの、それで代金の方ですが……」


 代金? お金を貰うようなことはやってないのに、なぜそんなことを言うんだろう。


「いえ、お金はいりませんけど……」


「そんなわけにはいきません! いまは手持ちがあまりないので、少し待ってもらうことになると思いますが……」


「じゃ、じゃあ! 1200ゴールドでいいですっ!」


 お金を払うと譲らない冒険者さんの勢いに押され、そう答えてしまう。

 

 いつものお店のいつものメニューがたしかそのくらいの値段だったはず。とっさに思いついた値段がご飯の値段なんて、どれだけわたしは食い意地が張っているんだろう……。


「えっ……。そ、そんな値段でいいのですか!?」


「は、はいっ! これ以上は受け取りません!」


「お、おお……! ありがとうございます、聖女さま!」


 なぜかわたしに向かって頭を下げている冒険者さんたち。というか、気づけば周りに人だかりができていた。その人たちはみな、感動の声をあげている。


「すごい、あんな神聖魔術初めて見たぞ」「あの詠唱、ヒールだったよな?」「1200ゴールドって安すぎないか? 教会なら10万ゴールドは取られるぞ」「慈愛に満ちた聖女さまだ……」


 ……なんかすごい騒ぎになってるんだけど。大人から子どもまで、わたしのことをキラキラとした瞳で見つめている。なかには飛び跳ねて喜んでいる人まで。


 気恥ずかしくなったわたしは、お金を受け取りお辞儀をすると、その場から逃げ出すように走る。なんでこんな騒ぎになっちゃったんだろう?


「はぁ、はぁ……!」


「どうしたんですか、そんなに慌てて」


 気づけばいつものお店に来ていたわたしの前に、ノアさんの姿があった。なぜかものすごくお腹が空いているような……。


「あ、あのっ! お店、いつから空いてますか!」


「えっ……? ちょうど今から開けようかと思ってたところだけど」


「じゃあ、いつものあのメニュー! お願いしますっ」


「もちろん。それと、今日はシルクサーモンが手に入ったんだ。よかったら、どうかな?」


 し、シルクサーモン!? たしかにこの辺りは海辺が多いけど、かなり珍しい魚のはずなのに……!


「ほ、ほんとうですかっ!? ぜひ、食べたいです!」


「それでは、1200ゴールドになります」


「えっ……。み、見てたんですかっ!?」


 まさか見られてたとは思ってなかったわたしは、おもわず大きな声を出してしまう。そんなわたしを見て、店主さんはニコニコと微笑んでいる。


「さぁ、どうでしょう? ささ、早く入りましょう」


「ちょっと待ってください〜っ!」


 意味深な言葉を残して店内に入っていくノアさん。見られてたのは恥ずかしいけど、まさかシルクサーモンが食べれるなんて……!


 ――そうしてわたしはいつものメニューと、シルクサーモンを使った絶品料理に舌鼓を打つのだった。うん、やっぱり最高に美味しい!



お読みいただきありがとうございましたっ!

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