私のためにケンカはヤメて
「貴様ら!!クリスタルに何をしてる!!」
ジークは右手の平に蒼白く輝く光の珠を創り出していた。魔導力の知識が無くとも、それが放たれれば危険な物と分かる程禍々しい光を放っている。
「何だ…お迎えが来たのか」
レオンの表情にも影が差す。
「ジーク隊長!やめてください!」
「!」
思い掛けないクリスタルの制止にジークは驚いて魔導の珠を消し去った。
「戦争は終わったんですよね?ジーク隊長に無駄な殺生はさせたくありません」
「あぁ…終わった。お前は大丈夫なのか?」
ジークはレオンとジラフを押しのけるようにしてベッドに横たわるクリスタルの傍らに跪いた。
「はい。幸運にも大きなケガは無く…コレはレオンに痺れ薬を盛られただけです」
「どういう状況だ?」
ジロリとジークは男2人を睨みつけた。レオンは負けじと睨み返したが、ジラフが2人の間に割って入った。
「お嬢さんの救助がいつ来るのか分からなかったから、ウチで保護しようかと思って。でも、自分の国に帰ると聞かなくって」
おどけて話すジラフにほだされる事なく、ジークはクリスタルに目線で本当か?と確認する。
(ジーク隊長に、あんな事されたなんて知られたくない)
「はい。私とレオンが此処に避難していたところ、このジラフさんが救助に来てくださりました。でも、私は自国に戻りたくて揉めていたところです」
「そうか、それは失礼な態度をとってしまった。彼女は私が連れ帰るので、貴方達も気にせず帰ってください」
「は?クリスタルはオレとサバナに帰るんだぜ」
「おい、空気を読め。レオン」
「話の分からん奴だな!クリスタルは行きたくないと言ってるだろう!」
「ジーク隊長!」
一触即発の事態にクリスタルは思わず身を起こした。
(あれ?薬の効果が無くなった?)
クリスタルは慌ててジークの前に立ちはだかった。
「レオン!私は隊長と国に帰るから!アナタも帰りを待ってる人がいると言ってたでしょう?ここで揉めるのは時間の無駄よ」
「あー、確かにレオンの帰りを待ちわびてる人達がいるよ。早く帰らないとあの子達、大変な事になるよ。今回の侵略戦争に関わってるんだから」
「……どういう意味だ」
ジラフはサラリと重要機密を漏らした。ジラフ以外の3人に緊迫した空気が流れる。だがジラフは我関せずとヘラヘラわらっている。
「どうせ直に貴方達の国にも伝わる話だからね。今帰れば、このお嬢さんにもまた会えるって。だから行くよ!」
有無を言わせぬ空気でレオンの首根っこを締めて耳元で囁く。
「お前が、前から疑ってた事だよ」
「!!」
事態の理解できないクリスタルとジークは、ただ2人を見ることしか出来ずにいた。
(どうやら帰ってくれそうだな)
「分かった。すぐに戻ろう。クリスタル」
レオンが再びクリスタルの元に歩みよってきた。色々あったが、お互い死の淵を乗り越えた同士。クリスタルも別れの挨拶をしようとレオンに向き合った。
「また会おう。オレの事忘れるな」
レオンはクリスタルの体を引き寄せると首筋に唇を寄せた。
「!痛っ!なになに!また薬?!」
さっと唇を離して人懐っこい笑顔を見せると、今度はスッと軽く口づけを交わす。
「ちょっと!」
「ケダモノ!いい加減もう行くよ!」
ジラフに苛立たしげにまくしたてられ、レオンは名残惜しそうに軽く手を振って小屋を後にした。
嵐のような時間が終わった。
レオン達が出ていくとクリスタルの心に平穏が戻った。
(騒がしい人達だったわ。それにしてもレオンの大切な人が戦争に関わってるって…直に分かるとジラフさんは言ってたけど…気になるわ)
窓越しにソリに乗りこむ2人を眺めていると、突然ジークがクリスタルの腕を掴んで引き寄せてきた。
「な、どうしたんですか?」
「見せてみろ」
「あ、さっきのですね。チクッとしたのですが腫れてたりしますか?また変な薬じゃなければ良いのですが」
先程、レオンに口付けられたのか噛みつかれたのか分からない首筋を見せる為、クリスタルは髪をかきあげた。
ジークは首を掴むようにそっと触れて赤くなった箇所を親指でなぞっている。
「どうなってます??」
「ああ…マーキングされたようだ。消すからジッとしてろ」
「えっ、はい…」
ジークの言っている意味は分からないが、消してくれると言うならばとクリスタルは更に彼に見やすいように首を傾けた。
ジークは両腕でクリスタルを包みこんで、そっと首筋に唇を近づけてきた。
「…っ!」
驚いて思わず後退りしようとしたがジークがソレを許さず強い力で引き寄せられた。ジークの息が首に当たるくすぐったさに肩をすくめて身を固くしているとジークが苛立たしげに首元で話しかけてくる。
「我慢しろ。消せないだろ」
「はっ、はい!」
頑張って力を抜くと、ジークの唇が首筋に触れて、レオンにされた時と同じような痛みが走った。
レオンは一瞬だったがジークは丁寧にユックリと触れてくれている。
(くすぐったかったけど、何だか気持ちよくなってきた……治療が効いてるのね。恥ずかしがってる場合じゃないわ)
しばらくしてジークの唇が離れて、ホッとしたような名残惜しいような変な気持ちにさせられた。
そのままジークはクリスタルを自分の胸に押し付けるように抱きしめた。
「生きていて良かった」
「!はい!ご心配とお手間を取らせてしまいました。ありがとうございます。」
「あの男に本当に何もされなかったのか?」
「は、はい。お互い体も弱ってましたし…ワガママな人でしたが、自分が救えた命だと思うと変な愛着が湧くというか…」
「……惚れたのか?」
「えぇ?!とんでもない!あんなエロ……ん゙ん゙!」
墓穴を掘りそうになりクリスタルは咳払いで誤魔化した。
ジークはクリスタルの唇を親指でそっと撫でてくる。どうしたものかと反応に困っているとジークが意を決したように真剣な眼差しを向けてきた。
「……口づけをして良いか?」
「え?!え?!私に…え?!」
思ってもみなかった言葉に混乱して何も言えずにいるとジークの顔が近づいてくる。全身緊張で硬くなりギュッと両目を閉じると、ジークの唇が頬に触れて離れれ、彼の抱擁も解かれた。
「すまない…これじゃあ、あの男と同じだな」
バツが悪そうに無造作に頭を搔いてジークは謝罪してきた。早鐘を打っていたクリスタルの心臓はナカナカ治まってくれない。挙動不審な自分を見られまいとクリスタルは取り敢えず床に座って荷物をまとめ始める。
「で、では、我々もそろそろ戻りましょうか」
「好きなんだ」
背中越しにジークの言葉を聞いて心臓が飛び上がった。
(なんのこと?愛の告白みたいでビックリするじゃない。心臓に悪いわ)
一瞬動揺してしまった自分に可笑しくなってクリスタルは少し冷静を取り戻した。振り返ってジークに笑いかける。
「何がですか?」
「………」
ジークはクリスタルに近寄ると片膝をついて彼女の右手を取った。
「クリスタル。お前のことが好きなんだ。愛している」
まるで物語の中の姫に忠誠を誓う騎士のようにジークはクリスタルの手の甲に口づけて彼女の目を見つめている。
「……それは、どういう意味でしょう」
「意味……そのままだが。困ったな。どう言えば伝わるだろう」
「あの、ジーク隊長の様な素敵な方に、そんな事を言われたら、いくら私でも自惚れて勘違いしてしまうので気を付けてください。部下の1人として…ですよね?ファミリー的な」
「ふっ」
ずっと張り詰めていたジークの表情が和らいだ。
「お前の、そう言う控えめな所が好きな所の1つだが、もう少し自惚れて欲しいと思う。部下でもファミリーでもない。1人の女としてオレはお前を愛している」
「ジーク隊長が私を……?」
「ああ」
ずっと抑えていた恋心を遂に伝える事が出来たジークは、すっかり吹っ切れてしまったようで、ニコニコと嬉しそうに遠慮なくクリスタルを見つめてくる。
「……」
本気なのか冗談なのか…本気であれば茶化すのは失礼だし、冗談であれば真に受けると恥ずかしい思いをしてしまう。でも、ジークはこんな冗談を言う性格ではない。
彼の豹変ぶりに戸惑ってしまい、どう接すれば良いのか困っていると、ジークはクリスタルの両方の頬を挟みこんで彼女の唇に軽く口づけた。
「ジーク隊長?!」
驚いて尻もちをついたクリスタルに楽しそうにジークは手を差し伸べた。
「やっぱり、ココもあの男の跡を上書きして消しておく。さあ!帰ろう。今すぐお前の気持ちを聞かせろとはいわない。その様子ではオレの事は上司としてしか見てなかったんだろう?もっと男として意識してもらわないとな」
「……お手柔らかにお願いします」
クリスタルは、また何かされないかと警戒しながら差し出されたジークの手を取った。
「フッ。本当に可愛いな。早くオレを好きになってくれよ」
「か、からかわないで下さい」
先程から心臓が早鐘を打ち続けて体の火照りも治まらない。
(奇跡の生還の場面のハズなのに…なんだかグダグダで感動する暇もなかったな。早く帰って休もう)