アレクVSレオン
(あまり眠れなかったな……)
クリスタルはデスクで書類と睡魔と戦っていた。
(アレク様……今までと距離感が変わるのは寂しいけれど、結末は同じなんだから、何かの間違いで好きになる前で良かったのよ)
眠気覚ましに大きく伸びをして、少し離れたデスクで何やら打ち合わせをしているジークに視線を向ける。
(ジーク隊長は結婚をほのめかしてたし…暴走気味よね)
ドラゴンの森でのジークとの一時は胸がときめくスペシャルイベントだったはずだ。なのに居心地の悪さしか感じないなんて……私は恋愛感情が欠落しているのか!クリスタルは若干の焦りを覚えた。
1人物思いにふけっていると隣に座っている同僚が話しかけてきた。
「クリスタルはレオン陛下の見送りには参加しないのか?」
「うん、メンバーに入ってないよ」
今日はいよいよレオンが帰国する。あの王宮騎士達からの白けた視線が痛かった視察同行をした日から彼とは会っていない。王宮騎士団長が上手く手を回してくれたのだろうか。
「クリスタル! 」
部屋の出入口付近から名前を呼ばれて振り向くと、彼女を呼んだ同僚の後ろに、小柄な青年とフードを深くかぶり顔を隠した女性が立っていた。
「お客さんだぞ」
「はい……」
誰だろう?青年には見覚えがなくフードの女性は顔が見えないので見当もつかない。
「何か御用でしょうか」
クリスタルが怪訝そうに尋ねると青年が口を開いた。
「ここでは何ですので、外に出てもらって良いですか?」
そう言って2人が部屋から出ていってしまったので仕方なく後に続いた。
結局、まだヒト気の無い庭園まで連れ出されたので流石に警戒してクリスタルは訪ねた。
「どこまで行くのですか?」
「……姉さん、この辺りで良い?」
青年がフードの女性に聞くと、女性はコクンと頷いてクリスタルの前に向き直りフードを外した。
「サブリナ様?!」
意外な訪問者にクリスタルは思わず声を上げてしまった。
「あの、もう歩いて大丈夫なんですか?お体は大丈夫ですか?」
愛らしかったサブリナの顔は青白く、左目を覆うように包帯が巻かれている。袖口から覗く腕にもミミズ腫れのような傷が痛々しく残っていた。
「痛みは癒やしの魔導で和らいでいるわ」
「そうですか。でも、まだ安静にされてた方がよろしいのでは?私に何か御用ですか?」
「ええ……貴方が私を助けてくれたと聞いてお礼を言いたかったの。ありがとう」
「いえいえ、そんな!」
いつもアレクの横でこちらを睨んでいたサブリナから素直にお礼をいわれるなど考えてもみなかったクリスタルは驚いてしまった。
「それでね、お礼になるかどうか分らないのだけれど、ウチの庭に咲く花でポプリを作ってみたの。どうか受け取ってください」
そう言ってサブリナは手のひらに乗る程度の小さな可愛らしい袋を差し出してきた。
「わあ、可愛い!わざわざありがとうございます!」
サブリナが何時になく優しいのでクリスタルは嬉しくなって彼女がくれたポプリの香りを楽しもうと思いきり鼻から吸い込んだ。
「不思議な香りですね。甘いような苦いような??……何処かで嗅いだことのある……」
確かにクリスタルはこの香りを知っている。記憶を手繰り寄せていると、急な眠気に襲われ足の力も抜けてしまい両膝を地面についてしまった。その時この香りの記憶が蘇った。
(しまった!まさか!!)
誰かに助けを求めようと声を上げようとしたが既に体の自由が効かなくなっていた。
意識も朦朧としてくる。薄れゆく意識の中でクリスタルは思いを巡らす。
(このポプリの香りは雪山の小屋でレオンと過ごした時に刺された痺れ薬と同じ香りだわ……)
そこでクリスタルの意識は完全に途絶えた。
ガタガタと心地よい揺れと音が聞こえる。寝不足もあったが良く眠れたようで頭がスッキリと冴え渡る。意識を取り戻してクリスタルはパッと目を開いた。
体の自由は相変わらず効かない。見覚えのない天井が見えるだけだ。目だけで周りを観察するとカーテンが掛かっているが隙間から流れる景色が見えた。
(馬車……)
「お!目が覚めたか」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、視界にレオンが現れた。こちらを見下ろしている。
「何なの……」
クリスタルは嫌悪の眼差しでレオンを睨みつけた。
「そう怒るなよ。全然会えなかっただろ?」
「会う必要が無いからよ」
「俺に惚れてしまうから?」
レオンはニヤリと自信満々の笑み浮かべてクリスタルの髪を撫でた。
「何処に行く気なの?まさかサバナに向かってないでしょうね」
「それ以外どこがある」
動けないクリスタルの額にレオンは優しく口づけた。
「サバナも良い国だぞ?お前は好きなことをして暮せば良い」
「……サブリナ様が何故あなたの手助けをしたの?」
「ん?ああ、ドラゴンの森の一件でサブリナの情報が入ってきてな。こちらからコンタクトをとった。あの女、アレク殿下の婚約者候補なんだろう?しかも猛烈にアレク殿下を慕っている。彼の想い人のお前を殺そうとするぐらいに」
レオンは上機嫌で穏やかに話しながらクリスタルの手や腕に口づける。
「アレク殿下との結婚に邪魔なお前をサバナに連れて行くのを手伝えと言ったら喜んで飛びついてきた」
クリスタルはぼんやりと最後に見た傷だらけのサブリの姿を思い浮かべた。
「あんな目にあったのに諦めてなかったのね」
(こんな事しなくても私がアレク様と結ばれる事なんてないのに……アレク様には素敵な令嬢と結ばれて欲しい。サブリナ様以外で)
「大丈夫だ。アレク殿下よりお前を幸せにする自信がオレにはある」
2人が乗っている馬車はかなり大型でクリスタルが横たわっているのは椅子と言うよりベッドに近いサイズの物だった。レオンがいよいよクリスタルに覆いかぶさってきた。
「……やっ!」
レオンはクリスタルが逃げないように、彼女の両頬を手で包み込み深く口づけてきた。
「……!」
クリスタルは手足を動かそうと必死に試みてみたが残念ながら薬の効果は続いている。
「気持ちよくしてやる…と言いたいところだが、薬が効いて感覚が鈍っているから気持ちよさは半減だな」
再び口づけながらレオンは躊躇なくクリスタルの胸に手を伸ばして優しく包みこんだ。
「ふっ……!」
鈍感になっているとは言え、初めての感触に驚いてクリスタルは思わず声を上げた。
(もう、どうする事も出来ない。レオンは私を好きだと言ってくれている。王様に見初められるなんて光栄な事だわ。顔もカッコいいし。お父さん、お母さんも大喜びよ。それに気持ちよくしてくれるって言ってるし、どうせなら気持ちよくなろう……どうって事ないのよ)
心が壊れてしまわないよう、自分自身に懸命に言い聞かせた。
「恥ずかしがらずに声を出せばいい」
そう言ってレオンはクリスタルの唇から離れて彼女の顔を覗き込んだ。
「……なぜ泣く」
「………」
泣きたくない!こんな事どうって事ない!思えば思う程クリスタルの視界がボヤケて温かい涙が頬を伝って行く。
レオンは指で彼女の涙を拭き取って軽く瞼に口づけをした。
「参ったな。この場面で女に泣かれるのは初めてだ」
バツが悪そうな顔をしてレオンはクリスタルの乱れた衣服を整えだした。
「焦りすぎたな、済まない。サバナに帰ったら暫く一緒にゆっくり過ごそう。絶対幸せにしてやるから」
「………」
取り敢えず、今、レオンに抱かれる事は回避出来たが、ただ先延ばしになっただけのことだ。
(サバナには魔導が無いと言ってた。もう魔導騎士として勤務する事は無いんだな。ジーク隊長にも同僚達にも嫌な先輩にも会えない。そうだ家の物は後から運び出してくれるのかしら)
当たり前に過ごしていた日常が、あっけなく終わる事に虚しさをかんじる。
自宅に置いている荷物の事を考えている内に庶民的なシンプルなテーブルにキチンと座っていたアレクの姿を思い出した。
(アレク様………)
アレクの顔を思い浮かべると何故だか涙が再び溢れ出してきた。
「おいおい、泣かないでくれよ」
アレクとの思い出が次々と蘇る。いつもハイテンションで人の話を聞かないお調子者と思ったら、細やかな気遣いや紳士的な態度で人の心を魅了する。
(私がサバナに連れて行かれたと知ったら悲しまれるだろうか……優しい方だもの。神様、どうかアレク様を長く悲しませないでください)
クリスタルが祈りを捧げた途端、馬車の速度が落ちてきたかと思うと完全に停止した。
「……なんだ?」
予定外の停車なのかレオンが怪訝な表情を浮かべて警戒心を露わにする。しばらくして馬車の扉が軽くノックされた。
「レオン陛下」
「ジラフ、何かあったのか?」
「ええ、中に入ってよろしいですか?」
「……ああ」
扉が静かに開かれてジラフが素早く乗り込んでレオンの前にドカッと座った。横たわるクリスタルを見て舌打ちすると大きくため息をついた。
「本当に連れ出してたのかよ。あのね、バレてるよ」
不機嫌な声でジラフは話しだした。
「は?」
「クリスタルが乗ってる事がバレてる」
「追手が来たのか?そんなの放っておけばいいだろう」
「そんな訳にいかないんだよ」
2人の会話にクリスタルの諦めていた心に再び帰りたいと言う想いが蘇ってきた。
「来てるんだよ」
「誰が」
「アレク殿下が直々に来てる。飛空艇で先回りして僕たちを待ち伏せしてた」
思いもかけずアレクの名を聞いてクリスタルの心臓が跳ね上がった。
ジラフが苛立たしげにレオンを責め出した。
「お前も外に出てアレク殿下を見てみるか?静かに話されていたけど、直ぐにでもこの馬車に乗り込む勢いだったんだぞ。あまり待たせると……」
ジラフが言い終わらないうちに激しく扉がノックされた。
レオンとジラフの間に緊張した空気が流れる。
「失礼、レオン陛下。アレクです。先程お別れの挨拶をさせてもらったばかりですが、手違いで私の婚約者がついて行ってしまったと報告がありましたので、彼女を迎えにきました」
間違いなくアレクの声だった。彼の声に安心しきったクリスタルは嗚咽が漏れるほど泣き出した。
「………」
ジラフはレオンと視線を合わせると、無言で扉に目線を送って、レオンに返事をするよう促した。
しかし、レオンはクリスタルを抱き上げると、彼女が寝そべっていたソファの座面をズラした。中は空洞になっておりクリスタルが1人入るには充分なスペースが出現した。
「少しだけ我慢しててくれ」
そっとクリスタルを中に降ろすと、レオンは何処からか小さな瓶を取り出して彼女の顔に近づけてきた。身に覚えのある光景だ。山小屋でジラフに香りを嗅がされて眠らされそうになった、あの光景。レオンが蓋を開けようとしたのでクリスタルは咄嗟に叫んだ。
「……アレク殿下!」
レオンは驚いた顔をしたがジラフは呆れ顔だった。
「なっ……!」
「そりゃそうでしょ」
勢いよく扉がバンッと開かれて、アレクの声が飛び込んできた。
「クリスタル!」
いつも柔らかな雰囲気を放つアレクだが、今、扉の外に立つ彼は別人のように冷たい表情でレオンを真っ直ぐに睨みつけている。
「レオン陛下……何のつもりかは問いません。ただし、今すぐ、彼女を引き渡していただければの話です」
「………」
アレクの冷たい声にレオンが返事をこまねいていると、彼は無言で馬車に乗り込んで横たわるクリスタルを覗き込む。泣き腫らした顔を優しく撫でた。
「動けないのかい?」
「……はい」
「そうか……ちょっと我慢してもらうよ」
そう言ってアレクは愛おしそうにクリスタルを抱き上げて馬車を降りた。
それを黙って見守るしかないレオンを振り返った時には、いつもの柔らかな王子様オーラのアレクに戻っていた。
「ジラフさん、クリスタルは動けないようですが?」
「あ、ええ……おそらく何らかの手違いで我が国で使われる薬を摂取したようです。主に医療で使っているので危険な物ではありませんし、休んでいれば早ければ数十分後に動けるかと思うのですが……」
ジラフはチラリとレオンを見ると、彼は不機嫌そうに首を傾けてジラフに耳打ちをした。
「やはり、あと1時間程かかるかもしれません」
申し訳無さそうにジラフが答えると、アレクは小さく頷いた。
「分かりました。しかし、もし、彼女の身に何か起きた時は報告させて貰いますね」
「勿論でございます。全力でサポートさせて頂きます」
ジラフが丁寧に応える横でレオンは不服そうな顔で立っている。対照的にアレクは満足気に微笑みながら数歩後ろに下がる。
「では、我々も戻りますので、レオン陛下も道中お気をつけてください」
アレクにジラフが会釈をして馬車の扉を閉じた。程なくして馬車は再び動き出した。
「………」
「穏便に済んだんだから、これに懲りて彼女は諦めなよ。あの王子様の様子だと次は無いよ。彼、国民の人気がずば抜けてあるらしいから、女の事で彼を敵に回すのは得策じゃない。それに、国でハーレムの娘達がお前の帰りを待ってるだろ」
怒りのオーラを醸し出すレオンをジラフが諭すが、レオンは窓の外を険しい顔で眺めている。
「今回は時間が足りなかったんだ。もっとクリスタルと会う時間があれば口説き落とせただろうよ。だから意地になるな」
今度は持ち上げて機嫌をとってみた。
「……そんなんじゃない」
レオンがポツリと漏らした。国境の小屋の中、死を覚悟して気を失った後に目が覚めた時の光景を思い浮かべた。
光の中、温かい体温で自分を包みこんで眠っていたクリスタル。命の恩人だから特別な感情を抱いたのかもしれない。サバナに戻ってからも彼女の顔がチラついて、ハーレムに通うのさえ億劫になっていた。そしてアレク殿下の婚約者だと分かった時の胸の痛みは初めて体験するものだった。それでも彼女が欲しいと強く願った。
「運命の相手だと思ったんだが……」
外を眺めたまま、レオンはため息をついた。そんなレオンをジラフは呆れ顔で眺めるだけだった。
レオンの馬車を見送って、アレクはクリスタルを抱きかかえたまま穏やかに飛空艇に乗り込んだ。クリスタルは皆の前で抱きかかえられている事が恥ずかしくて、ずっとうつむいていた。
「時間が経てば動けるそうだから、部屋で休ませるよ」
「分かりました。外に控えておりますので何かございましたらお声掛けください」
個室のドアが開かれてアレクはそのまま中に入った。
「降ろすよ」
優しく丁寧にクリスタルはベッドに横たわされた。
「アレク殿下……」
まず礼を述べなければとクリスタルはアレクを見上げて心臓が跳ね上がった。
真っ直ぐに自分を見下ろす美しいブルーアイから涙がこぼれ落ちていた。
「間に合って良かった…!」
少し震えた声を絞り出すと、アレクはクリスタルの手をとり自分の頬に押し当てた。
彼の涙を拭って拭ってあげたいが、まだ、指も動かせない。
「本当に、ありがとうございます。あの…何故、私が連れ去られたと分かったのですか?」
「サブリナ嬢に監視をつけていたんだ。それなりの身分のある令嬢だからね。君の事故の件で彼女が関わったという確かな調査結果が出ない限り、即拘束という訳にもいかなくて」
アレクはハンカチを取り出すと一旦涙を拭った。
「監視者からサバナの人間が彼女に接触したと報告があって警戒はしていたのだけど…彼女も監視に気づいていたから、今日は上手く撒かれてしまって居所が分からなくなっていたんだ。彼女は君に恨みがあったようだから、念のため状況の説明をしに騎士団の事務所に遣いを送ったんだ。そうしたら君に来客があってから誰も姿をみていないと言うじゃないか」
アレクはクリスタルの顔にかかった髪を優しく払い除けた。
「確証はなかったけど、恐らく来客者はサブリナ嬢だろうと思い、彼女の自宅を訪ねたら幸い戻っていたんだ。それで……」
何故かアレクは言葉につまる。
「それで、どうされたんですか?」
クリスタルが問いかけると彼は申し訳なさそうな辛い表情をした。
(何かしら…何か言えないような恐ろしい事があったの?)
アレクの表情から話の続きを聞くのが怖くなっていたが、彼が話を再会した。
「サブリナ嬢に甘い言葉を掛けて、君の居所を聞き出したんだ」
「はい…」
「………」
「……それで、どうされたのですか?」
「サブリナ嬢が君の居所を漏らしたので飛空艇で先回りしてレオン陛下を待ち伏せたんだ」
「……サブリナ様はどうされてるんですか?」
「今回の件は自白が取れたので処罰が決定するまで自宅軟禁だ」
(ん?それだけ?さっきの変な間は何だったの?)
クリスタルが拍子抜けしているとアレクは突然頭を下げてきた。
「アレク様?!どうされたんですか」
「君の居場所を聞き出す為とは言え、他の女性に触れたり甘い言葉を掛けたり、挙げ句に君の事を悪く言ってしまったんだ。謝ったところで僕の胸の罪悪感が薄れるだけで、事実は取り消せないのは分かっているんだが……申し訳ない」
真剣に話すアレクにクリスタルは呆気にとられていたが、こんなに真剣に謝るとは、どんな悪口を言われたのか気になってしまったので彼に聞いてみた。
「その、君に弱みを握られて脅されているから仲良くしているとか、サブリナ嬢と結婚するには君が邪魔だからレオン陛下が連れ出してくれないかな、とか……」
「他には?」
「え?!これ以上酷いことは言ってない!本当に!」
全力で否定するアレクの様子にクリスタルは再度呆気にとられてしまった。
「……それだけですか?!そんなの全く悪口でも何でもないじゃないですか。ただの作戦です。驚かさないでください」
「何と!君は何て慈悲深いんだ」
クリスタルの言葉にアレクは心底感心しているようだ。
「逆です。殿下が慈悲深すぎるんです。心が美しすぎます!」
アレクの純真さが逆に心配になりクリスタルは何故か喧嘩腰になってしまった。
「僕の心は美しくなんかないよ。そう在りたいとは願うけどね。君に関しては醜い心だらけだ」
「何ですか、それ」
アレクは拗ねたように少し唇を尖らせてクリスタルの横たわるベッドに両肘をついた。
「醜い嫉妬ばかりしているし、君が嫌がっているのに会いに行ったり……もう、この際だから正直に言うけど、君との淫らな想像もする!君は僕に王族として敬意を払ってくれるけど、器の小さい、ただの馬鹿な男なんだよ」
一気にまくし立てて姿勢を正すと腕組みをして片手で口元を覆い気まずそうに、そっぽを向いてしまった。
「ちょっと……殿下!……スミマセン」
クリスタルは真剣に話してくれたアレクに対して吹き出してしまったので謝罪した。
「ん?」
「さっきから沢山謝ってくださってますけど、どれも、謝るような事ではありません。どんな恐ろしい事を言われるのかと思ったら。アレク様、大丈夫です。全て普通の事です」
クリスタルは自分1人でアレクの言葉に振り回されてしまった事が面白くなって笑いが止まらなくなってしまった。
アレクもホッとしたようで表情が柔らかくなった。
「とにかく国境を超える前に追いついて良かったよ。君へのサブリナ嬢の仕打ち……どう証明すれば良いものか。カイルとの事は認めていないし、レオン陛下に手を貸したことも最終的には脅されたと主張しているんだ」
「そう言うしかないですもんね……」
「彼女が君と2度と接触出来ないようにしたいんだが」
アレクは再びクリスタルの顔を覗き込んで、冗談ぽく彼女の鼻先をつついた。
「やっぱり、僕のお嫁さんになるのが1番じゃないかな?」
いつもの調子が戻ってきたようだ。ここでクリスタルが「なりません」と言うのが2人のセオリーだったが……。クリスタルは目を見開いて驚き、言葉をつまらせてアレクを見上げている。
「……ん?どうかした?」
いつもと違う反応にアレクも戸惑った表情でクリスタルの顔を覗き込むと、彼女の顔が見る間に紅く染め上がった。体が動かないクリスタルは顔だけ横に向けてアレクの視線から逃れた。
「見ないでください」
「……もしかして、少しは考えてくれてるのかい?」
「知りません」
「……さっき言ったように、僕は醜い心だらけだから、体が動くようになるまで心配だから君を抱きしめていたいのだけれど……」
「……」
顔を赤らめてそっぽを向くだけで何も言い返して来ないクリスタルを前に、アレクまで頬を赤く染めてワナワナと震えている。
「クリスタル?返事しないと抱きしめてしまうよ?」
「……別に構いません」
初めての反応にアレクは1人無言でのけぞって大袈裟に驚き、胸に手を当てて深く深呼吸すると咳払いをして、クリスタルの横たわるベッドに座ろうとした。
「そうか、では、失礼するよ」
クリスタルの背後でベッドがグッと押し下げられる感覚が伝わった。アレクがベッドに入って来る気配を感じて、クリスタルの心臓は今にも口から飛びでそうなくらい高鳴る。
アレクの長い指かクリスタルの顎を優しく摘んで自分の方に向き直らせる。クリスタルも抵抗せず、思い切って彼の顔を見上げた。
「え………?」
熱を帯びて潤んだブルーアイでクリスタルを見下ろすアレクの美しい髪の上に小鳥のブルーがちょこんと立っていた。
「クリスタル……」
ブルーに気づいていないのか、アレクはクリスタルを抱きしめようと彼女の頭の下に手を潜り込ませた。
その途端、ブルーが激しくアレクの頭を突きだした。
「え?!痛っ!!いたたたっ!」
アレクが思わず頭に手をやるとブルーはバタバタと飛び去って部屋を一周した後、クリスタルの枕元に降り立った。
「ブルー!いつの間に入ってきてたんだ。ビックリするじゃないか」
アレクが頭をさすりながら抗議するとブルーはアレクを真っすぐ見上げた。
「イチャつくのは結構だが、俺の前では辞めてくれ」
ブルーは2人の前で人間の声を発した。