王子様はポジティブ オブ ザ ポジティブ
「サブリナ様とカイルがいました!!」
クリスタルの緊迫した声にジークは勿論の事、モニター越しに聞いていた他の艇からも驚きの声が上がる。
「どういう事だ?!」
「ちょうど、この下の木の影に隠れてしまいました。私にはサブリナ様が……カイルから逃げているように感じました」
「………」
充分な装備も無いまま夜の森に出るのは危険だ。しかしそれは外にいる2人にも言える事だ。このまま見捨てる訳にもいかない。
「よし、では、オレとお前とで外に出て確認しよう」
「はい」
待ってましたとばかりに即答するクリスタルの声を聞いて、アレクが慌てて割り込んでくる。
「待ちたまえ!準備もないまま外に出るなんて無謀だ!」
「しかし、無視する訳にはいきません。深追いはしません。危険と判断した時点で戻ります」
飛空艇に積んである緊急用の武器と防具装備しながらジークが冷静に答えた。
「では!僕も行く!」
「駄目に決まっているでしょう」
騎士団長が被せ気味にアレクの暴走を食い止めた。
「殿下……あなたに何かあったら私達が責任を問われます。どうか私達の為に残ってください」
「くっ……!」
「殿下、この状況では魔導使いの我々が外に出るのが1番の得策です。どうか御理解ください」
ジークはそう言うとアレクの返事を待たずにクリスタルに合図を送って飛空艇の外に出ようとしたが……。
「いや!ジーク隊長!待て!!」
騎士団長の緊迫した声が艇内に響き渡った。
「モニターを見ろ!ドラゴンに人が2人接近している!クリスタルが見たと言うのはこの者達か?」
驚いてモニターを確認すると、ドラゴンの親子の前に立ち尽くす人影、カイルとサブリナが映し出されていた。
「何をしているの?!」
クリスタルは小さく悲鳴のように呟いてモニターを食い入るように見つめた。
母ドラゴンは人間が突然姿を現したことに戸惑っているのか、ジッと2人の方を見ている。カイルは何やら詠唱をし始めたらしく手元に光が集まりだし、それをベビードラゴンに放った。
「捕獲魔導?!」
ベビードラゴンの全身が幾つもの光の輪で囲われ自由を奪われてしまった。当然、母ドラゴンが2人に素早く駆け寄り回転して長い尻尾で薙ぎ払った。
「奴らは何をしているんだ!」
騎士団長の怒号が響き渡る。クリスタルも同じ気持ちだが2人を救い出す手段を心のなかで必死に絞り出していた。
攻撃で吹き飛ばされた2人にドラゴンが更に近寄ってきた。するとカイルは何とサブリナをドラゴンの前に突き飛ばしてしまった。
「サブリナ様!!」
クリスタルは悲鳴を上げてジークに懇願した。
「あの場所が何処なのか教えてください!」
「……よし!」
ジークは操縦桿を握り飛空艇を浮上させた。
「ここだ!着陸出来るスペースはあるな」
クリスタルは窓から外の様子を伺った。
「なんて事…!」
サブリナはうつ伏せに倒れ、少し離れた場所でカイルがドラゴンに覆い被されている。
飛空艇が地上に降りて来る音と風に驚いたのか、ドラゴンはカイルから一旦離れるとベビードラゴンを口に咥えて素早く走り去ってしまった。
「カイル!サブリナ様!」
クリスタルは外に出るや否や二人のもとに駆け寄った。その後にジークが続く。
「オレがカイルを診るから、お前はサブリナ様を」
「はい!」
うつ伏せに倒れるサブリナの全身にはドラゴンの爪で引っ掻かれたであろう複数の傷が出来ていた。
「サブリナ様……」
そっとサブリナの体を反転させると肩の辺りが深く傷ついていた。顔色は悪いが息があったのでクリスタルは取り敢えず安堵した。
そこに飛空艇が2台到着してアレク達が降りてきて、負傷した2人を無事救出する事が出来た。
「カイル……何故あんな事を……」
王都に戻り治療を施されたが、痛々しい傷だらけの体で横たわるカイルにクリスタルは問いかけた。
カイルは弱々しく語りだした。
「国境侵略に出陣の前日…あの女から話を持ちかけられた」
「あの女…サブリナ様?」
「ああ。アイツの依頼を受ければ、娘の病気に効果のある薬を調合出来る医者を紹介してやると…」
「……まさか」
カイルは涙に喉を詰まらせながら続ける。
「クリスタルの飛空艇の魔石をアイツが渡してきた物とすり替えろと」
「………」
クリスタルは衝撃の真実に言葉が出なかった。
「君の……行方が分からなくなって、直ぐにアイツは約束通り医者への紹介状を渡してきた。医者の住む町は通うには遠すぎるという事で、アイツは家を用意してくれて、引っ越しまで手配してくれた…オレへの口封じだったんだろう」
カイルは怒りを思い出して次第に声色が強くなっていく。
「医者に会って治療が始まるかと思っていたが、その医者が薬は未完成だと言い出した。更に君が無事帰還したと分かると、今度は、オレが魔石をすり替えたことをバラさない替わりに君を再び罠にかけるよう脅してきた」
(サブリナ様は、殺したいほど私を嫌っていたの?)
カイルの話を聞いていると胸が苦しくなってきた。
「話は断ったけど娘の治療方法を模索していてドラゴンの事を思い出した」
「……!まさか、ドラゴンの血を飲ませようと?」
「ああ。もちろん簡単な事では無いのは分かっていた。あの頃のオレは、君への罪悪感と娘の治療方法が見つからない焦り、そしてサブリナへの憎しみとで、正常な判断が出来ず狂っていた……母ドラゴンにサブリナを差し出して、その隙にベビードラゴンから血を採ろうなんてバカな行動に出た」
カイルは嗚咽し始めて息が荒くなる。
「血は採れなかったし、また君を危険な目にあわせてしまったし……オレは何をやっているんだ。クリスタル、本当に申し訳なかった」
彼の娘の事は気の毒に思うし、良き仕事のパートナーとしてカイルに支えられてきた事も数えきれない。
(でも……)
雪山で1人生死をさまよった恐怖を思い出すと心の底から許せる気持ちには未だなれない。
「貴方のした事は許せない……だけど、いつかは絶対に許したい。私達の友情を終わらせたくない。少し時間をちょうだい……!」
「ああ…待ってる」
クリスタルの涙と言葉にカイルは穏やかに応えた。
カイルと話をした後、クリスタルは町で日用品の買い物を済ませて自宅に戻った。
「………?」
自宅の扉の前でフードを深くかぶった3人の男性が何やら立ち往生している。1人が窓側に回って中を確認すると、もう1人は裏手に回ってみたり家の周りをウロウロしている。残った一際背の高い男は扉の前に立って彼らの様子をただ見守っていた。
(何?……まさかサブリナ様からの刺客?!)
自宅なは防犯の為に魔石と魔法陣を至るところに配備している。クリスタルは物陰に隠れて静かに詠唱を始めた。
「うわぁ?!」
「なんだ?!」
まず捕獲魔導で家を探りまわっていた男2人の自由を奪った。後は扉の前の男だけだ。
「クリスタルかい?!」
背の高い男が声を上げた。聞き覚えのある声だ。
「何をされてるんですか?!アレク様!」
「遊びに来たよ!」
「ええ?!そんな……」
フードをとってアレクが満面の笑みを見せた。
ごく普通の住宅の前に華やかなオーラをまき散らす綺麗な王子様が立っていると言うチグハグな光景にクリスタルは戸惑いしか無かった。
「と、とにかく中に入ってください!」
周辺の住人にアレクを目撃されるのは良くない。人気のある彼だから、たちまち人だかりが出来てしまうだろう。お付きであろう2人の男の捕獲魔導を解いて小声で中に入るよう3人を促す。
「……いえ、我々は目立たぬよう外で待機しておりますので」
「うむ、よろしく」
「えぇ……」
納得いかない様子でクリスタルはアレクを中に招いた。アレクはキョロキョロ部屋中を見渡している。
「あまり見ないでください。突然来られたので散らかってますし」
「ああ、コレは済まない。不躾だったね」
アレクは自分の行動をかなり恥じたらしく、シュンと大人しく素直に謝罪してきた。
「アレク様をこんな椅子に座らせるのは心苦しいのですが、こちらにお座り下さい」
「ありがとう。失礼するよ」
クリスタルはお茶を淹れてアレクに振る舞おうとティーポットを持って振り返った。小さなテーブルを前に姿勢良く座るアレクの姿がミスマッチ過ぎて思わず頬が緩んでしまった。
「どうしたんだい?」
「いえ、よろしければお茶をお入れします。念のため先に毒見いたしますね」
「いや、必要ないよ」
「そういう訳には参りません。万が一何かあったらどうします」
「……そうだね。君が責任を問われてしまう。僕は厄介な存在だな」
「………」
クリスタルはティーポットから注いだお茶を一口飲んだ。
(…美味しい!気持ちが沈んでたから奮発してチョット良い茶葉を買ったのよね。ちょうど良かったわ)
クリスタルが微笑むのをアレクも嬉しそうに眺めている。
「どうぞ」
アレクのカップにもお茶を注いで差し出した。
「ありがとう」
アレクはすっとカップを持ち上げて香りを少し楽しんだ後に一口飲んでソーサーに戻した。手慣れた美しい所作にクリスタルは思わず見惚れていしまった。
「君が淹れてくれたから、より美味しくなってる!」
「ありがとうございます。それより、どうされました?こんな所に起こしくださるなんて」
「会いたかったんだ」
「召還されれば私から会いに行きますのに」
「……そうじゃないんだ……」
アレクは寂しげな表情になる。
「カイルとは仲が良かったんだろう?サブリナ嬢の事もあるし……君が気落ちしていないかと心配でね」
「はい…気落ちはしています。ですが、落ち込んでいても何も解決しません。あの、カイルとサブリナ様はどうなるんでしょう?」
許可なくドラゴンの森に入っただけでなく、国の希少種に危害を加えようとしたのだ。何かしらの罰則がくだされるはずだ。
「まだ、何とも言えないね。サブリナ嬢は顔や体に跡が残るような傷を負ってしまって取り乱して何も話さないんだ。カイルと2人の話を照らし合わせて照査しないとね」
「そうですか……」
「クリスタル」
「はい」
「君が落ち込んでいるのではないかと心配して来たのは本当の話だ。でも、会いに来たのはそれだけじゃあ無い。ボクも気落ちしててね…気持ちを紛らわせたかった」
アレクは珍しく緊張しているのか少しかすれた声でクリスタルに語りかけた。
「君の能力を信用していない訳ではない。ドラゴンから彼らを救出すると迷いもなく勇敢に向かった姿には関心した。それと同時に一緒についていけない自分に腹が立った。君に何かあっても助ける事も出来ないなんて」
「貴方は責任ある御立場です。優しい方なので心苦しかったでしょうが責務を全うされたのです」
「ありがとう…正直、君が危険な任務につく事に不安はあるけど、君の仕事へのプライドと情熱は理解しているつもりだよ。でも、絶対に生きてボクの所に戻ってくると約束して」
(この人は本当にいつも私の事を尊重して理解してくれようとしている。アレク様のお気持ちは充分伝わっている。軽薄な気持ちで女性に接する方ではない事も分かっている。分かっているけど……私達の間にはとてつもなく高い壁がある)
「もちろん生きて帰る事はお約束します。……アレク殿下の魔導騎士として」
「クリスタル……」
あくまでも王族とそれに仕える従者としての答えにアレクの表情が曇りクリスタルの心は痛む。
(この壁は気軽に超えられる物ではない。1度超えてしまうと2度と戻れないのだから)
「それにしてもドラゴンを初めて見ましたが、あんなに美しいなんて感動しました」
重苦しい空気になる前にクリスタルは話題を変えた。アレクは上の空で微笑んで聞いていたが意を決してクリスタルの視線を捕らえた。
「もし、僕が王族から抜けて王子という肩書がなくなれば、君は僕を受け入れてくれるだろうか」
「殿下……」
真剣な眼差しに心臓がギュッと掴み取られてしまい全身が熱くなったが、動揺を気取られまいとクリスタルは心を無にする。
「仮にアレク様が王族を抜けても暫くの間は護衛が必要ですからね。お世話になりっぱなしですし、ぜひ志願させてもらいます」
アレクの言葉の意味は理解しているが、いつものように敢えてとぼけて聞き流した。
「違うよ」
すかさずアレクが口を開く。
「そう言う意味じゃあない。僕と結婚……いや、そうか、いきなりは怖いよね。ただの男になったら僕の恋人になってくれる?」
「殿下…その冗談はいつになったら飽きてくれるんですか」
クリスタルは大袈裟にため息をついて、未だ半分しか減っていない自分のティーカップにお茶を注ごうとポットに手を伸ばした。
「クリスタル」
その手をアレクが力強く握り締めテーブルの上で優しく両手で包みなおした。
「僕はいつでも本気だよ。君こそ、いつになったら真面目に聞いてくれるんだい?」
「ちょっ…!お茶をのお代わりさせてください」
「ダメ」
いつもなら手を離して諦めてくれるアレクから、少し強めに否定されてクリスタルは驚いた。
「今日は逃さない」
真っ直ぐに見つめられたクリスタルは、とうとう逃げ場を失って彼に追い詰められてしまった。
「君が好きなんだ。僕の恋人になって欲しい」
真剣に気持ちをぶつけられてクリスタルの心臓は早鐘を打ち、顔どころか全身が真っ赤になる。物語の中にいるような美しく優しい魅力的な王子様から愛を語られると、自分がヒロインになったような錯覚に陥る。夢物語なら、このまま彼の手を取って、愛を語られながら大切にされる幸せな日々を過ごすのだろう。しかし、現実は違う。
「……なれません」
「なぜ?」
「身分が違いすぎます」
「それは問題ないと以前話したよ?もしかして恋人か好きな人がいるの?」
「いません」
「じゃあ、僕の事は好き?」
「………」
アレクを傷つけてしまうが、好きではないと答えれば早い話だ。なのに何故かクリスタルの心の中は葛藤していた。
「あの、恋だの愛だのの好きとは違いますが、人としては尊敬していますし好きです」
「男としての魅力は感じない?」
「そういう訳ではないのですが……うーん…」
クリスタルの心の葛藤がハッキリしない言葉を紡ぎ出している。アレクの恋人にはなれないが、彼が自分から離れて行くのは寂しい……そんな嫌らしい気持ちに自分自身で苛立ちを覚えた彼女は、ソレを断ち切るため腹をくくる事にした。
「アレク殿下」
「はい」
「正直申し上げますと、私は殿下に人としても男性としても魅力は感じております。しかし、私は殿下の王子としての部分しか知りません。逆に殿下は魔導騎士としての私しか知りません。そんな2人が恋人になり、果たして上手くいくのでしょうか?更に常々申し上げている通り、身分の差も不安材料の1つです。殿下は平民の私が突然王族の生活に順応出来るとお考えですか?先程、王族から抜けるとおっしゃっていましたが、殿下は平民の生活が分かっているのでしょうか。私が貴族の令嬢であれば、迷わず殿下の恋人になったでしょう。しかし、残念ながら私はただの平民で殿下をお守りする魔導騎士です。愛があれば大丈夫……は夢物語です。これ以上、私の気持ちを掻き乱すのはお辞めください」
クリスタルは正直な心の内を一気にまくしたてた。
「……ふむ」
静かにクリスタルの話しを聞いていたアレクは少し驚いてはいるが、特に取り乱す様子もなく何やら考え込んでいる。
「恋人になる覚悟もないくせに、殿下に好きと言って貰えて浮かれていた部分がありました。そんな理由で殿下への返事をはぐらかして……私にはこんな醜い心があります。知らなかったでしょう?これが恋人にはなれない理由です。お分かりいただけたでしょうか?」
クリスタルは自分の醜い本心を打ち明けて恥ずかしさでアレクの顔を直視出来なかったが、全てをさらけ出せたからか意外に心はスッキリとしていた。
「うむ!よく分かった」
アレクは握っていたクリスタルの手をポンポンと優しく叩いた。
「僕が好きと言うと浮かれてしまうんだね」
「は?ん?いや……そう言いましたけど」
「確かに、僕達はお互いの事を知らなさ過ぎる。こんなに真剣に考えてくれていたなんて思ってもみなかったよ」
戸惑うクリスタルにアレクはキラキラの笑顔を向けた。
「君の気持ちは分かった。1つずつ問題をクリアして行けば大丈夫だね」
「私はアレク様の気持ちが分かりません。私は恋人になれないと……」
「ああ!すっかり長居してしまったね!突然お邪魔して申し訳なかったけど、話せて良かったよ」
クリスタルの言葉を遮るようにアレクは大声を出しながら立ち上がりそそくさと外への扉にむかった。
「君たち!待たせたね!」
声を掛けると外で待機していた従者が扉を開いた。
「クリスタル、美味しいお茶を有り難う!帰って早速準備を始めるよ」
「え?何の……」
「お邪魔しました!」
妙なハイテンションでアレクは出て行ってしまった。
「何の準備……??」
クリスタルはアレクが自分の言葉をどう解釈したのか気になり、その夜はナカナカ寝付けなかった。