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ジーク隊長は私の喜ばせ方を良く知っています


どこに連れて行かれるんだろう……。


クリスタルは昨日のジークの言葉を思い出していた。定時で仕事を終えて彼の執務室で落ち合う事になっている。お互い制服のままで何処に行くと言うのだろうか。考えても仕方ない事だと分かっていても気になってしまう…と1人考え事をしながらジークの執務室への道を歩いているとハイテンションな声が彼女を呼び止めた。

「クリスタル!仕事は終わったのかい?」

「こんにちは。アレク様」

相変わらず小鳥のブルーを肩に乗せてアレクが駆け寄って来た。

「仕事は終わりました。アレク様は何をなされてるのですか?」

「君に会いに来たに決まってるじゃないか」

「………そうですか。何か御用ですか?」

「騎士団長から聞いたよ。レオン陛下にプロポーズされたって」

(やっぱり、その事)

クリスタルは小さなため息をついた。

「一応、私は命の恩人なので感謝の気持ちからプロポーズされたのでしょう。私からは、ハッキリと断っていますし、レオン陛下の帰国まで接触しないように取り計らってくださるそうなので問題は解決するかと思います」

「しかし、サバナの男性は自身が欲した物への執着が激しいらしい。もちろん皆が皆そうでない事は分かっているが、前国王も女性を得る為に戦争を起こしたぐらいだし、警戒しておくに越した事はない」

確かに……クリスタルはレオンの自信に満ちた顔を思い浮かべた。昨日の態度といい、なりふり構わない所がある。

「そうですね。肝に命じておきます」

「うむ!分かってくれて良かった。それでクリスタル」

「はい」

「騎士団長と話したんだが、やはり君を1人にするのは危険だという事になってね」

「はい……」

「今日からレオン陛下帰国まで僕の部屋に寝泊まりして欲しい」

「お断りします!」

アレクが言い終えるのを待たずクリスタルは返事を被せた。

「くっ……!やはり駄目か。もしやと思い挑戦してみたのだが……」

「当たり前です」

「まあ、今の話は無かったことにしてだね……これは真剣な話だが僕の部屋でなくとも、レオン陛下帰国まで王宮内に留まって欲しいんだ。君が無理矢理にでもサバナに連れて行かれでもしたら……」

「分かりました。ですが…」

クリスタルは静かな口調でアレクに語りかける。

「アレク様との婚約の話はあくまで今だけのもので実際には無い話です。心配して頂いて有難いですが、側近の方々には真実を伝えてください」

「それは……」

アレクは言葉を探しているようだったが、やがて諦めた様に短いため息をついた。

「そうだな……すまない。だが、些細な事から情報が漏れる事はある。居心地が悪いだろうけどレオン陛下が帰国するまでは勘違いさせておきたいんだ。状況が落ち着いたら必ず皆の誤解は解くから。約束するよ」

「………」

しおらしくションボリしているアレクの姿にクリスタルの心が痛む。元気づけたいと考えてしまうが要らぬ期待を持たせてしまうのも酷な話だ。

「分かっていただけたのなら良いのです。お話は以上ですか?それなら失礼させて頂きます」

少しきつく言いすぎたか…自分の声が思っていたより冷たい物だったのでクリスタルは内心動揺していたが、アレクの前では表情をかえずに隠し通す事ができた。アレクは立ち去るクリスタルをただ見守る。

そんな彼の頬をブルーが慰めるかのように小さな口ばしで軽くつついた。



「え?!これに乗るんですか?」

クリスタルは思わず声を上げて隣に立つジークの顔を見上げた。

「ああ」

「私、大型の魔導飛空艇は始めて乗ります」

一般の魔導騎士は先達ての国境での戦争で乗った一人乗りの小型の物にしか乗れない。今、2人の前にあるのは空母の三分の一程度の大きさだが、中は操縦室の他に部屋が2つもある。

「あの……何かの任務なのでしょうか?」

「ああ、実は今からベビードラゴンの生存確認の定期調査に行かなければならないんだ。お前を連れて行くのは……言わば職権乱用だ」

ジークは気まずそうに首に手を当てて撫でた。

「前回の時は見れなくて残念そうにしていたから…」

「何だか凄く罪悪感はありますが、正直言って嬉しいです!」

クリスタルが素直な気持ちを話すとジークの表情がパッと明るくなった。

「そうか!良かった。真面目なお前のことだから、もしかしたら咎められるかと少し不安だった」

「確かに職権乱用は良くないですが、希少なベビードラゴンを生きている間に見れる幸運を逃すなんて出来ません!」

キラキラ目を輝かせるクリスタルにジークはすっかり安堵して口元をほころばせた。




「すごい!」

クリスタル達が乗る飛空艇がドラゴンの巣がある森の上空に到着した。陽はすっかり沈んで夜空となっている。クリスタルは上空から眺める地上の様子に感嘆の声を漏らした。

森全体の木々の隙間から青白い光が漏れ出していて、木に電飾でもつけられているかのようだった。

「あの明かりは何なのですか?」

初めて見る光景に興奮しながらジークに質問を投げかける。

「降りれば分かるよ。さあ、着陸だ」

クリスタルは急いでジークの隣に座り飛空艇の着陸を待った。小さな振動のみで着陸はスムーズに完了した。クリスタル達以外にも2ペアが任務に参加していたので残りの飛空艇が到着するのを暫く待つ事になっている。

「見てみろ」

ジークはデッキに出ようとクリスタルに手を差し伸べてきた。彼女は、その手にそっと自分の手を添えてジークにエスコートされるがままに外にでた。

「………キノコ」

木の根元や幹には淡く青白い光を放つキノコが所々に生えており、それが暗い森を明るく照らしだしていた。

「すごい……!」

「キレイだろ?ドラゴンを見せたいのもあるが、この景色も見せたかった」

「感動です!」

自然の創り出した不思議な光景に見惚れているクリスタルの横顔にジークは安堵して優しく見つめていた。

「だが、あのキノコは決して食うなよ。薬師が適正に処理して調合すれば良い薬になるが、処理をせず体内に入れた場合、高熱を発症して最悪死に至る」

「こんなに美しいのに」

「この毒性の高いキノコをドラゴンは好んで食べる。その事から毒に耐性のあるドラゴンの血を飲むと、どんな病でも治るという言い伝えがある」

「肉食じゃないんですね?!」

「ああ、物語なんかのドラゴンは城よりも大きかったりするが、ビード国のドラゴンは立ち上がった状態で2メートル程だな」

自分の知らない事を教えてくれるジーク。彼に想いを告げられてから、2人の間に流れる空気に居心地の悪さを覚える事が多かったが、久しぶりにリラックスして何も考えず話せている事にクリスタルは懐かしさを覚えた。

「小柄で温厚な性格だが、魔力と身体能力は人間とは比べ物にならない程強い。決して怒らせないように細心の注意が必要だ」

「子供を産んだばかりですしね。刺激しないように気をつけます」

「そうだな……」

ドラゴンの知識を饒舌に語っていたジークが、急に黙り込み何やら考え込んでいる。

「………?」

クリスタルが無言で見守っていると、意を決したようにジークは顔を上げた。

「クリスタル……子供は好きか?」

「子供……」

何やら会話の雲行きが怪しくなってきた……自惚れかもしれないがクリスタルの心が警鐘を鳴らし始めた。

「好きか嫌いか考えた事がありません。身近に子供がいないので触れ合う機会もないので……」

「そうか。オレの同期のところに子供が生まれてな。オレより堅物な仕事人間だったんだが、子供が生まれてからは人が変わったように毎日定時で帰る」

「それは素敵な事ですね」

「ああ、そうなんだ。それで、家庭を持つのも良いものだなと……」

(やばい。交際どころか、まさか結婚をチラつかされている?いや、ただの世間話かもしれない。でも、気まずいのでこの話は終わらせて頂きます!)

「そういえば、オスのドラゴンは何処にいるんですか?」

話しの流れが変わってジークは一瞬戸惑った表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して質問に答えた。

「ドラゴンに性別はない。1人で卵を産み育てる。どのような体の仕組みなのか、どんなタイミングで産むのかは未だ謎だ」

「神秘的ですね」

上手く会話の内容を変えた所で、2人の立つ飛空艇が上空からのライトの光に照らされた。

見上げると、同じ様な大きさの飛空艇が2艇こちらに近付いてきていた。

「着いたな。中に戻ろう。夜の森で飛空艇から降りて打ち合わせるのは危険だから、お互い艇内で通信しあう」

クリスタルは最後に幻想的な景色を目に焼き付けておこうと振り返ってからジークに続いて中に戻った。



中に戻ったジークは大きめサイズのモニターの前で何やら操作を始めた。きっと、他の艇と映像と音声をつなげるのだろう。武闘派のジークしか見たことの無かったクリスタルは、複雑な機器を慣れた手付きで操作する彼の後ろ姿を新鮮な気持ちで見ていた。

(隊長ともなると筋肉だけでは務まらないものなのね)

やがて、モニターに反応が出ると後から来た2艇の船内が分割して映し出された。1つには男性2人が、残り1つには見知った顔の王宮騎士団長の姿が確認された。

「おや、クリスタル」

団長はジークの後ろに立つクリスタルを確認した。すると団長側の艇からガタガタッと騒がしい音がしたかと思うと、団長の肩越しに美しい顔がこちらを覗き込んできた。

「ええ?!クリスタル?!」

キレイなブルーアイをこれでもかと言うぐらい大きく見開いて彼女の名を口にする。頭の上で青い鳥がバタバタと暴れている。

「ア、アレク様?」

先刻、少々険悪なムードで別れたところだったので突然の再会にクリスタルは戸惑ってしまった。

「君、そっちに乗ってるのかい?ジーク隊長以外は誰がいるんだい?」

「………ジーク隊長と私の2人です」

「なっ!……あー、そうなのか」

一瞬、アレクがまた絶叫するかと思ったが、彼はクリスタルと2人きりでは無い事を思い出して平静を装った。

「アレク様、予定時間です。とりあえず出発いたします」

団長はアレクに後ろから押しのけられながらも真顔で声をかけた。

「う、うむ。そうしよう。あ!ジーク隊長、通信は切らないでくれたまえ」

「分かりました」

ジークが返事をしたと同時にモニターが真っ暗になった。

「ん?なぜ黒くなったんだ?」

「映像が切れたのでしょう。ジーク隊長、そちらにはこっちの映像は映っているかな?」

「いえ、こちらも映っておりません」

「うーむ…まあ、音声が繋がっているので問題ないだろう。よし、出発準備に入るぞ」

「了解しました」

ジークがチラリとクリスタルを振り返り、ニヤニヤしながら舌を少しだした。

(ジーク隊長が映像を切ったのね。そんな事もするんだ)

彼の意外な1面を見てクリスタルも声を抑えて笑ってしまった。

「目的地までどれぐらいですか?」

「10分程度だ。離れた場所から望遠鏡で確認する」

「そうですか」

クリスタルは窓から外を見下ろした。キノコの光で森全体が淡く青白く輝いている。

(結婚…子供か…)

先程のジークの言葉を思い出す。クリスタルがアレクからは会うたびに求愛され、レオンからもプロポーズされたのでジークは焦ってしまったのだろうか。クリスタル自身、絶対に結婚をしたくない、子供が欲しくない訳ではない。しかし、結婚して出産を必ずしたいとも思っていない。まず、愛し合えるパートナーに未だ出会えていないので、そこまで考えが至らないと言うのが本音である。

(……ん?もしかして、私の恋愛対象は男性じゃないとか?いや、でも女性に特別な感情を持った経験もないし……)

クリスタルは自分で導き出した答えに困惑した。

(じゃあ、凄く年上じゃないと駄目だとか?まさか、人を愛せないなんて事は……)

美しい景色を眺めながら、どうでも良い事を考えて勝手に焦っているとジークに声をかけられた。

「目的地に到着だ」

「は!はい!」

「見てみろ」

ジークはモニターを見るよう促してきた。

「……わあっ!」

モニターには白銀の鱗のドラゴンがキノコをついばんでいる姿が映し出されていた。しなやかな曲線を描く長い尻尾の先に小さなドラゴンがじゃれついているのが見える。

「なんて美しい……!」

想像していたより遥かに美しく気高いオーラを放つドラゴンの姿に圧倒されてしまったが、母親の尻尾に一生懸命じゃれつくベビードラゴンと、それに対して尻尾を軽く振って相手をする母の姿には親近感が湧いた。

「この辺りに棲み家があるのですか?」

「ああ、今は食事タイムだな。母子ともに異常なさそうだな。子供も前回確認した時より成長している。順調だな」

他の艇からジークに呼びかけがあった。確認事項を照らし合わせている。クリスタルは彼の邪魔にならないように静かにモニターを眺めていた。

ベビードラゴンが母親の尻尾に飽きたのか、ヨチヨチとおぼつかない2足歩行で母親の正面を目指して歩き出した。

(か、かわいい!!!)

ふと、実際のドラゴンとの距離が気になったクリスタルは正面の窓から外を見下ろした。やはり肉眼で見える距離ではなさそうだ。そりゃそうだと再びモニターでの観察に戻ろうとしたクリスタルの視界の端で何かが動いた。巨木の影で何やらユラユラ動いている。キノコの淡い光のみなのでハッキリと見えないが、おかしな動きが気になって双眼鏡を手に取り覗き込んだ。

すると動いていた物が巨木の影から姿を現した。

「?!」

飛び出してきたのは人間の女性だった。そしてクリスタルにはその女性がアレクの側に良く控えているサブリナに見えた。

そしてサブリナらしき女性の後ろから、もう1人男性が姿を現したかと思うと彼女の口を塞ぎ羽交い締めにして再び巨木の影に引き戻してしまった。

予期せぬ事態にクリスタルは当然驚いたが、サブリナを追っていた男の顔を見て心臓が早鐘を打ち始めた。

「お話し中に申し訳ありません!ジーク隊長!」

クリスタルは緊迫した声を上げた。

「地上に人がいました!おそらく……」

名前を告げる事を一瞬ためらったが一刻を争う事態に迷っている暇は無い。

「サブリナ様とカイルです!」


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