レオンからのアプローチは空気を全く読んでくれません
カイルと別れてクリスタルは1度事務所に戻った。中に入ると魔導騎士の団長がジークと共に応接椅子に座っていた。
「お疲れ様です!」
「ちょうど良いところに戻ってきたな。クリスタル」
白髪交じりの顎ヒゲをこすりながら団長はクリスタルに座るよう目で合図を送った。
「失礼します」
「急な話なんだが、明日、サバナ国王の護衛について欲しい」
「は?はい」
「王宮の騎士団が護衛にあたる予定だったが、魔導騎士もいた方がより安全だと言うことで、サバナの国王がお前を指名してきてな。知り合いなんだってな」
「はい……一応」
歯切れの悪いクリスタルの返事を気にすることなく団長は話を進める。
「明日はビードの商業施設を視察した後に城下町の散策をしたいそうだ。この後の騎士団の打ち合わせに参加してくれ。私も参加するから」
「はい、了解しました」
「では後ほど」
団長は用件だけ話すと部屋を後にした。
「クリスタル、大丈夫か?あの男の護衛なんて…理由をつけて断りを入れようか?」
「そうですね……気は進みませんが、これを断っても他の用事を作って私を引っ張り出そうとすると思うので今回やらせてもらいます」
「そうか……オレも参加出来るか掛け合ってみる」
「それは心強いです。強引な人なので、また薬でも盛られたら怖いですから」
「そうだな。騎士団との打ち合わせでオレも参加したいと話してみよう。さあ、一緒に行こう」
ジークに促されて2人で部屋を後にした。
翌朝、立派な赤い馬車がレオンの為に用意されていた。クリスタルとジークは馬車の後方を警護することになった。王宮の騎士団と共に馬車の前で整列して待機しているとレオン一行が姿を現した。
身につけているのはシンプルな黒の衣装だったが、彼の黄金の髪と瞳の魅力を最大限に引き出していた。
レオンはチラリと視線だけでクリスタルを確認すると片目を閉じて合図を送り人懐っこい笑顔を見せた。
クリスタルは苦笑いで応える。レオンの後ろに続いていたジラフは2人のやり取りを見て、クリスタルに申し訳無いと言わんばかりに顔を歪めて合図を送ってきた。
(ジラフさんは完全にレオンに従うと言う訳ではなさそうね)
クリスタルの憂鬱が少し晴れたところで、出発の合図が出された。
数件の商業施設を訪れたレオンだったが、どの施設でも彼の派手な外見と人懐っこさで女性からの視線は熱いものだった。さすがに国王という立場になると、あの遭難した小屋でのような、欲望のままのガサツな雰囲気は出さず、あくまで紳士的な対応をしていた。
クリスタルに対しても特にアクションを起こす感じでもなく、真面目に業務をこなしている。
「施設訪問はココで最後ですので次は昼食になります」
王宮の騎士団長が声をかけるとレオンは小さなため息をついた。
「ああ、休憩させて頂きます」
「昼食は隣のお店で御用意しておりますので、このまま移動しましょう」
「分かりました」
ぞろぞろと一行は移動して店に入るとクリスタルとジークは出入口付近のテーブルに着いた。任務中なので軽食で済ませてレオン達の食事が終わるのを待っていた。
「クリスタル」
レオンの座るテーブルに同席していた王宮騎士団長が彼女の名前を呼ぶと、コッチに来るように手招きをする。
「………」
嫌な予感しかしないが従うしかない。クリスタルは立ち上がるとレオンのテーブルに向かった。
「君、レオン陛下と知り合いだそうだな。陛下がお話されたいそうだ」
レオンはニヤリと意味深な笑みを浮かべてクリスタルを見上げてきた。
「いかがされましたでしょうか?」
クリスタルは視線を合わさず頭を垂れて問いかける。
「そんなに硬くならなくて良い。貴方は命の恩人なのだから。さあ、ここに座って」
そう言ってレオンは自分の隣の席を勧めてきた。
「……失礼します」
クリスタルが大人しく座ると、レオンは彼女の手を取り手の甲に口づけてきた。
「……?!」
レオンの行動に騎士団長が息を呑んだのが分かる。ジラフの小さなため息も聞こえた。クリスタルも咄嗟に手を引っ込めそうになったが、一国の王に皆の前で恥をかかせる訳にはいかない。
「元気そうで良かった。あの時は、ゆっくりとお別れが出来なかったので気になっていたんです」
「ありがとうございます。レオン陛下もご無事で何よりです」
「あの話は考えてくれているかな?」
「………あの話ですか……?」
クリスタルが眉をひそめているとレオンは口づけた手に更に自分の手を重ねて包みこんだ。
「私の妃になる話ですよ」
「え!ちょっ……!」
「ええ?!」
焦るクリスタルにかぶせて騎士団長も思わず声を上げてしまった。
「私が帰国する時に一緒に来ると良い。そうしないと悪い虫がつくからな」
チラリとレオンはジークに視線を向けた。ジークは任務中なので、ただ見守る事しか出来ない自分に苛立っている。
「お言葉ですが、そのお話は遠慮させて頂いたかと思うのですが……私などに到底務まる事ではありません」
クリスタルの言葉に騎士団長がウンウンと頷いている。……そんなに同意しなくても……クリスタルは若干傷つく。
「貴方は何もしなくて良い。美しく着飾って、私の執務に疲れた心と体を癒やしてくれるだけで良い」
「そんな訳にまいりません」
「大丈夫さ」
2人のやり取りをを固唾をのんで皆が見守っているのが分かる。居心地が悪い。話を終わらせたいが強く否定して恥をかかせてはいけない。
(………言いたくないけど、コレしかないか……)
クリスタルは悩みに悩んで決意した。
「恐れながらレオン陛下。先日お話させて頂いた通り、私は我が国のアレク殿下の花嫁候補の1人です。ですのでサバナ国に嫁ぐ事は叶いません」
王宮の騎士団達の前で宣言したくなかったが、逃げる手立てはコレしか思いつかなかった。
「その話、本当なのか?」
レオンは騎士団長に問いかけた。突然話を振られた団長は驚きながらもスグに質問に答えた。
「はっ、私共も、そのように認識しておりますので、陛下の今のお申し出には正直驚いています」
団長が話をあわせてくれてクリスタルはホッとした。
「まだ、候補の1人だろ?」
レオンの語気が少し強まる。
「はっ、候補ですが、ほぼほぼ確定です」
クリスタルは団長の言葉に違和感を感じる。ここまで合わせてくれるのは有難いのだが……。
レオンが苛立ちを見せ始めた所でジラフが声を上げた。
「陛下、クリスタルさんの説得は一旦止めましょう。時間です。これ以上続けると、この後のスケジュールに支障が出ます」
「ちっ!」
レオンは小さく舌打ちをして、クリスタルの手を開放した。
「さあ、出発の準備をしましょうか。レオン陛下は先に馬車へ戻りましょう」
口元をひくつかせながらジラフはレオンを外に誘導する。レオンは不貞腐れながら出口に向かう為に立ち上がると、流れるような動作でクリスタルの頭に口づけた。
「?!」
ジラフの言葉で緊張感の崩れた店内の空気が再び凍りついた。
「陛下」
呆れた声でジラフがレオンを連れ出す。それに皆もバタバタと続いて配置につく。
驚いている場合ではないとクリスタルも急いで配置についた。隣には苛立ちを隠しきれていないジークがいる。
(気まずい……私、何も悪くないよね?!)
任務中で私語は一切禁止なのでピリピリした空気だけが伝わってくるのであった。
昼食を終えて王宮へ戻るまでも、レオンは事あるごとにクリスタルと接触を図り、皆の空気を凍らせた。
心身ともに疲れ果てたクリスタルは、王宮につくと開放された気分になった。
(やっと終わる……)
馬車が停止し、レオンが降りてくるのを皆で整列して待った。扉が開かれてレオンが姿を表すと頭をたれて迎える。スタスタと前を通り過ぎて行くレオンは案の定クリスタルの前で立ち止まった。
(何なのよ……)
彼の行動を予測出来ず、彼女は不安を募らせる。すると、レオンの手がクリスタルの顎を捉えて顔を上げさせたかと思うと頬に唇を軽く押し付けてきた。
「ちょっと……!」
小声で抗議するクリスタルにレオンはニカッと白い歯を見せて笑う。
「オレは諦めの悪い男なんだ。欲しい物は何としてでも手に入れる」
騎士達もレオンの行動に慣れてしまい、今となっては空気が凍りつく事がなくなったが、変わりに「またか…」と呆れた空気が漂う。
「これ以上クリスタルさんを困らせないで下さい。今日は有り難うございました」
ジラフがクリスタルと騎士達に礼を述べると、面倒くさそうにレオンの背中を押して2人は王宮内に姿を消した。
「はぁ……」
皆の空気が一気に緩んだ。昼食以降はレオンの言動に振り回された1日だった。
「クリスタル」
騎士団長がコソッと声をかけてきた。聞きたいことが山程あるのだろうとクリスタルは彼に向き合った。
「ご苦労だったな。今日の事はアレク殿下の耳に入れない方が良いかな?」
予想外の言葉にクリスタルは戸惑う。
「あの!花嫁候補の話は断る口実でして……」
「隠さなくても良い。皆知っているから」
「何をですか?!」
団長は安心したまえと言うようにクリスタルの肩をポンポン叩いた。
「アレク殿下の想いをようやく受け入れたんだろう?」
「いや、だから、断る為のウソでして……」
必死に否定するクリスタルに、団長は言いにくそうに小声で彼女に耳打ちした。
「一昨日、アレク殿下と寝所を共にしたんだろう?」
「え!」
「あの日は殿下の想いが叶ったと皆大喜びで、側近達はちょっとしたお祭り状態だった。だから、君が今日レオン陛下にされた事を殿下に知られたくなければ皆に口止めしておくが……逆に報告した方が良いかな?」
「いえ……報告しなくても……」
クリスタルは状況についていけず放心状態で答えた。
「よし、分かった!念のためレオン陛下が君へ求婚した事は報告するが、それ意外の事は皆に口止めしておこう。困った事が起きたら相談するんだぞ。外交問題に発展しかねない事案だ。レオン陛下が帰国するまで君とは接触出来ないよう取り計らおう」
「はい……」
レオンと会わずに済むのは喜ばしい事だが、アレクとの関係が誤解されている事には納得がいかず、クリスタルは歯切れの悪い返事になってしまう。
「いや、しかし、アレク殿下程の男はナカナカいないぞ。やったな!」
団長は高らかに笑いながら今日の任務の事後処理に戻って行った。
(つ、疲れた…なぜ私が悩まされないといけないの?!アレク様とレオンが勝手な思いこみをしているだけで…私、ハッキリと断ってるよね?!)
話の通じない2人の顔を思い浮かべて、胸の内で怨みつらみを募らせながら、とりあえず魔導騎士団の執務室へ向かった。
「クリスタル」
後ろからジークの声がした。今日はクリスタルがレオンからの猛アタックを目のあたりにされた事で、彼女とジークの間に気まずい空気が流れていた。
「ジーク隊長…お疲れ様でした」
「今日は大変な1日だったな」
「ははは、本当に話しの通じない方で。でも、今日の事でレオン陛下の帰国まで私と接触できないように取り計らってくれるそうなので、結果的には良かったです」
「そうか!今日、参加した甲斐があったな」
ジークは心底ホッとした表情を見せたが、それも一瞬で消えてしまい何か言いたげに眉をひそめる。
「どうかされましたか?」
「ああ……」
ジークはクリスタルから視線をそらし、手で顎をさすりながら言葉を続けた。
「さっき、聞こえてしまったんだが、アレク殿下と寝所を共にしたと……」
「?!」
一難去ってまた一難。今度はジークに誤解を解かねばならない。
「違うんですよ!一昨日、確かにアレク様の部屋に泊めて頂いたのですが、アレク様と私は別室で寝ていたので、寝所を共にというのは誤解です!」
「そうなのか……」
まだ何かスッキリしない表情でジークは自分を納得させようとしている。
「でも、側近達はお前とレオン様が恋仲だと思っているんだろう?」
「そうみたいですね。まぁ、レオン対策なので、敵を騙すなら味方からってとこですかね」
「悔しいな……」
「ジーク隊長……」
ジークの瞳が心なしか潤んでいるように見える。弱々しく呟いた彼の様子にクリスタルの心が痛む。
「クリスタル」
濡れた瞳でジークに真っ直ぐ見つめられてクリスタルの心臓はギュッと締め付けられた。
「オレにもチャンスをくれないか。余裕がない男で申し訳ないんだが……明日の夜、予定あるか?」
「……今のところ特にありません」
「じゃあ、空けておいてくれ。お前と行きたい場所がある」
「分かりました」
ようやくジークの口元が緩んだ。クリスタルの頭を優しく撫でると自分の執務室へ戻っていった。
(どこに行くんだろう……)
彼の後ろ姿を見送りながら、期待と不安の両方がせめぎ合いで高鳴る心臓を落ち着かせようと大きく深呼吸した。